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内分泌かく乱化学物質問題-着実に進む研究

研究をめぐって

 内分泌かく乱化学物質研究は、人間への影響に大きな関心が払われ、動物実験から疫学調査まで幅広く行われてきました。現在までに野生生物では内分泌かく乱化学物質による悪影響が実証されています。一方で、人の健康への影響については、必ずしも明確にはなっていません。野生生物への影響に関する研究が明らかにしたことを、今後さらに充実させていく必要があります。

世界では

 1991年7月、当時WWFに所属していたシーア・コルボーン女史の呼びかけで開催された「野生動物種の性器異常及び生殖異常に関するウィングスプレッド会議」(米国・ウィスコンシン州)で、化学物質が持つホルモン様作用が参加した科学者の共通認識となりました。その後、同女史の「奪われし未来(原題はOur Stolen Future)」出版(1996年)を契機に、内分泌かく乱化学物質に対する関心が世界中で高まりました。

 その後、人間への影響に関する調査・研究では、精子数の減少などに関するものだけでなく、大規模な疫学調査が米国などで実施されようとしているほか、極微量の化学物質が生物の内分泌系をかく乱するという“低用量効果”や、複数の内分泌かく乱化学物質が作用すると単独で作用したときよりもその効果が強まるという“相乗効果”、世代を超えて悪影響が生じるという“継世代影響”などの研究が続けられています。

 一方、免疫系や神経系に対する内分泌かく乱化学物質の影響も調査・研究が少しずつ進みつつあります。さらに、薬物で動物細胞を処理した後の遺伝子発現の変化の解析を行うことにより、遺伝子(ゲノム)レベルで毒性発現メカニズムの解明や毒性予測を行う「トキシコゲノミクス」という新たな研究手法が、最近、内分泌かく乱化学物質による影響研究に導入されてきました。

 これに対して野生生物に対する影響の調査・研究では、たとえば巻貝類や甲殻類などの無脊椎動物から魚類、両生類、爬虫類、鳥類および哺乳類などの脊椎動物に至るまでさまざまな生物を対象に行われてきました。そのうち、生殖に関連した異常とその原因物質が特定されているものは、巻貝類の140種以上で観察されてきたインポセックス(船底防汚剤などに含まれるTBTやTPT)、ヨーロッパタマキビにおける間性(TBT)、アワビ類における雌の雄化(TBTおよびTPT)、また魚類ではローチ(コイ科)などの雄の雌化(羊毛工場や下水処理場の排水中のノニルフェノールおよび17β-エストラジオール)です。その他の野生生物でも生殖や免疫機能、行動に関する異常がいくつも観察されていますが、必ずしも原因物質の特定には至っていません。

 これらの研究成果はWHOによる国際評価などに反映され、同時に、化学物質の安全性を確保するために、OECDでは内分泌かく乱作用の評価方法を国際的な枠組みで定める作業を進めています。

日本では

 国内でも一部の研究者の間では1980年代から研究は始まっていましたが、本格的に取り組まれ出したのは、1998年に政府が多額の予算を内分泌かく乱化学物質研究に投入してからです。その後、急速に全国の大学・試験研究機関で内分泌かく乱化学物質による人間や野生生物への影響に関する調査・研究がなされるようになりました。

 研究の多くは人間への影響を明らかにするためのもので、実験動物を用いたメカニズム研究などで成果をあげてきていますが、人間集団に対する疫学調査は長い時間と多くの費用がかかることもあり、現状では十分に研究が進んだとはいえず、今後の課題として残されています。

 一方、野生生物に対する影響の調査・研究は、実態解明に関するものが少なく、多くが飼育可能な種を用いて室内実験で影響や作用メカニズムを調べたものです。実態解明に関する調査・研究は、巻貝類(イボニシ、バイ、アワビ類など)の他、魚類(コイ、マダイ、マコガレイなど)や両生類(カエル類)、爬虫類(クサガメ)、鳥類(トビやカワウ)などで行われてきましたが、生殖に関連した異常とその原因物質が明確に特定されているものは、本号で取り上げた研究だけです。今後はさらに、異常と認められる現象とその原因究明に向け、系統的なサンプリングによるフィールド調査が必要です。また個体群の減少に対する内分泌かく乱作用の寄与度を推定する必要もあります。

 行政面に目を向けますと、環境庁(当時)は1998年5月に「内分泌かく乱化学物質問題への環境庁の対応方針について-環境ホルモン戦略計画-SPEED'98」(Strategic Program for Environmental Endocrine Disruptors '98)を発表し、内分泌かく乱作用の疑いのある物質について、組織的な環境調査と影響評価を進めてきました。

 そして2005年3月、SPEED'98の改訂版ともいえる「化学物質の内分泌かく乱作用に関する環境省の今後の対応方針について-ExTEND2005」(Enhanced Tack on Endocrine Disruption 2005)を発表し、一部の野生生物(巻貝など)に内分泌かく乱化学物質による影響が観察されるものの、動物実験と疫学調査の結果から人間への影響は明らかでないとして、リスト化した物質の内分泌かく乱作用の評価から、野生生物の観察、いろいろな化学物質の環境中濃度の実態把握および曝露量測定、環境教育やリスクコミュニケーションといった側面に施策の中心を移しつつあります。

国立環境研究所では

 国立環境研究所では、2001年より内分泌かく乱化学物質およびダイオキシン類のリスク評価と管理研究プロジェクトを開始し、同年に竣工した環境ホルモン総合研究棟を拠点として研究を進め、多くの研究成果を上げ情報を蓄積・発信してきました。本稿で取り上げた研究以外では、

  1. すべての環境媒体中に含まれる内分泌かく乱化学物質の量を定量的に測定するための高感度計測技術の開発

  2. 内分泌かく乱の強度を測定するための生物や受容体結合性等を用いた評価法の開発

  3. 人や動植物への曝露の程度を測るためのバイオマーカーの開発

  4. 内分泌かく乱化学物質がヒトの脳・神経系や免疫系に与える影響を解明するための超高磁場MRIを用いる画像診断法の開発

  5. 実験動物を用いる行動科学的、神経生化学的、分子生物学的および組織学的手法の研究

-等を行っています。

 国立環境研究所では、内分泌かく乱化学物質の問題は、野生生物の異常だけでなく、人の次世代影響のような未解明の現象について、見逃すべきでない重要な示唆を含んでいる可能性を考えています。欧米諸国を含め、世界の国々との研究協力のもとで、今後とも着実に本課題の調査・研究を進めていきます。

森田 昌敏 博士の写真(右から2番目)
本研究プロジェクトを推進した前プロジェクトリーダー(2001~2004年度)
森田 昌敏 博士(右から2番目)