研究者に聞く
Interview
稲森 悠平(写真左)
循環型社会形成推進・廃棄物研究センター バイオ・エコエンジニアリング研究室室長
水落 元之(写真右)
循環型社会形成推進・廃棄物研究センター バイオ・エコエンジニアリング研究室主任研究員
循環型社会形成推進・廃棄物研究センター バイオ・エコエンジニアリング研究室室長
水落 元之(写真右)
循環型社会形成推進・廃棄物研究センター バイオ・エコエンジニアリング研究室主任研究員
バイオ・エコエンジニアリングを使った水質浄化システムの開発と,その開発途上国への適用について取り組んでいる稲森悠平さんと水落元之さんに研究のねらい,成果,エピソードなどをお聞きしました。お二人はこのほど新設された「バイオ・エコエンジニアリング研究施設」で,この分野の研究を精力的に進めています。
開発途上国の排水処理事情
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Q:開発途上国では排水処理はまったく行われていないのですか。その事情についてさらにお聞かせ下さい。稲森:私たちはタイ,フィリピン,インドネシア,マレーシアなどいくつかの途上国で調査を行ってきましたが,汚水処理システムの導入はきわめて少ないです。基本的な汚水処理計画すらないところが多く,途上国では計画づくりから携わり,それに沿った形で技術導入を考える必要があります。
とくに,途上国では電力事情が問題です。地方では電気が十分に普及していないところが多いです。そうした地域に日本で行っているような電力多消費型の下水道システムを導入しようとしても無理です。 -
Q:人口が集中し,汚濁負荷も大きい大都市部ではどうですか。稲森:まだほとんど整備されていませんが,バンコクやマニラのような大都市では下水道が必要になるでしょう。実際にバンコクでは整備計画が動き出しています。ただ,バンコクでは現在,各家庭にし尿を嫌気条件で腐敗して分解するセプティックタンク(腐敗槽)と呼ばれる簡単なし尿処理システムがあり,そこで処理された水が水域に流れています。ですから下水道を整備する場合には,こうした従来からある排水処理システムなども考慮する必要があります。
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Q:しっかりした排水処理システムが必要なことはよくわかります。でも開発途上国では下水道など大規模なシステムの導入は資金的にも厳しそうですね。稲森:開発途上国では低コストでかつ省エネルギー,省メンテナンスな技術が求められています。下水道のような大規模集約型の施設よりも浄化槽のような小規模分散型の施設の方が適していると思います。そこで,バイオ・エコエンジニアリングの活躍の場が出てくるのです(図1参照)。
バイオエンジニアリングとは
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Q:先ほどバイオ・エコエンジニアリングは,バイオエンジニアリングとエコエンジニアリングを融合した技術だとお聞きしました。そこで,まずバイオエンジニアリングについて説明して下さい稲森:ここでいうバイオエンジニアリングを利用したシステムとしては,微生物の働きを利用して窒素・リンが除去できる「高度処理浄化槽」があります。すなわち,酸素がないと生きられない「好気性微生物」と酸素がなくても生きられる「嫌気性微生物」を活用するのです。これらの微生物がうまく働く場所をタンク内で組み合わせて,汚水を浄化するのが高度処理浄化槽です。具体的にいえば,まず嫌気性微生物はアミノ酸,たんぱく質のような有機性窒素が入ってくると,それをアンモニアに変えます。アンモニアは好気性微生物によって硝酸に変化します。それを嫌気性のタンクに戻すと,嫌気性微生物の脱窒細菌が亜硝酸(NO2),硝酸(NO3)中の酸素を呼吸に使い,残った窒素はガスとして大気中に排出されます。
一方リンは,微生物体の重要な構成物質ですから,微生物の増殖に伴い汚水中から除去されます。さらに,嫌気と好気の条件をうまく組み合わせると,リンを蓄積する微生物が増殖し,リンが効率的に除去されるようになります。これがバイオエンジニアリングを利用した「高度処理浄化槽」の一連の流れです。
エコエンジニアリングとは
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Q:好気性微生物を使う活性汚泥法は下水処理でもよく使われていますから分かりますが,嫌気性微生物をうまく組み合わせることで高度化を可能にするんですね。次にエコエンジニアリングについてもお話し下さい。稲森:自然生態系の中には土があり植物があります。この土や植物の働きに工学的な技術を組み合わせて機能アップを図ろうというのが、ここでいうエコエンジニアリングの具体的な利用法です。
ただ植物を使った浄化の場合は,浄化に使った植物の処理処分が問題になります。そのまま放置しておくと,窒素やリンを吸収した植物は枯れて沈殿してしまい,水域の負荷を削減できませんから,植物を取り出さなければなりませんし,その後の処理がけっこうやっかいです。私たちはその方法として,取り出したものをコンポスト化の助剤として使う方法などを提案しています。もちろん食用になる植物を浄化に使う方法もあります。これらはいずれも資源循環も考えたもので,この視点は開発途上国では今後ますます重要になってきます。
研究の成果
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Q:少し具体的な研究の成果についてお話いただけますか。稲森:国立環境研究所で以前いっしょに研究していた上海交通大学の孔海南先生といっしょに,エコエンジニアリングの革新的な技術を開発しました。北京・中南海の汚水処理システムとして導入されているこの技術は,動力とエネルギーをまったく必要としないのが特徴です。純粋なエコエンジニアリングというよりもバイオエンジニアリングとミックスした技術(つまりバイオ・エコエンジニアリング)といってもよいのですが,前段に嫌気性微生物が棲み着くタンクを組み込み,その後段に土の中に箱型のますを入れ,そこに砂利を敷いて配管を通した,いわゆる土壌トレンチ(図2参照)を組み込みます。これが1セットの装置です。
このセットを1段,2段,3段と組み合わせることで汚水はさらに浄化されていきます。実験では,流入口でBOD200mg/l,窒素50mg/l,リン5mg/lの排水が,出口ではBOD5mg/l,窒素5mg/l,リン0.1mg/l以下にまで下がっています。ちなみに,富栄養化対策としては,下水道や合併処理浄化槽で窒素10mg/l以下,リン1.0mg/l以下にするのが目標とされています。
このシステムは自然の勾配を利用して汚水を流すのでエネルギーを使いませんし,目標とする水質によって段数を増やしていけばよいわけですから,開発途上国向けの省エネ,省コストの技術といえます。
他の処理法との比較
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Q:どのくらい省エネ,省コストですか。水落:コストについていえば,建設から維持管理まで含めて通常の汚水処理に用いられる活性汚泥処理法に比べて1/2以下です。また電力は,土壌浄化や植生浄化では流入部でポンプを使う程度です。活性汚泥処理法では,ばっ気などで電力を使いますから,比較すると1/10以下になると思います。
しかし土地はかなり必要です。たとえていえば広さは電気の使用量とバーターともいえます。水処理には酸素が必要です。その供給を自然の力で行うのか,それともポンプを使うのかという違いです。土壌処理の場合は,活性汚泥処理法と比べておよそ10倍ぐらいの面積が必要になるといわれています。植生浄化の場合は,浄化のスピードがもっと遅くなるのでさらに面積が必要になります。そこをどう考えるかということですが,基本的に自然の能力に頼っている以上,面積を抑えるのは非常に難しいですね。面積を抑えると処理が非効率になってしまいます。面積の便益をどう考えていくか。まさしく,ここが今後の検討課題です。 -
Q:途上国でも汚濁がひどいのは都市部です。そうした場所で,活性汚泥処理法に必要な面積の10倍の広さを使って自然浄化を行うことができるのでしょうか。水落:中国の例でいいますと,排水を池に滞留させて浄化するラグーン浄化,いわゆる酸化池法が天津で実際に使われています。20万〜30万人規模の排水を処理しています。他には,青島近郊の10万人規模の町で,干拓事業の一環として塩分除去を目的に人工湿地を使って汚水を浄化をしています。この場所はやがては農地として使うようです。やはり本法は都市部の近郊および郊外に適した処理法といえます。
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Q:土壌浄化と植生浄化では,水質浄化能力に差があるのでしょうか。稲森:汚濁負荷量など流す汚水の条件によって差が出てきます。土壌トレンチの場合,汚水を流し過ぎると目詰まり現象が起きます。これは,汚水の中に有機物が多いとカビやバクテリアが増え,それによって土の中が微生物だらけになりパンクしてしまう現象です。そこにシマミミズなどの小動物を棲まわせると目詰まりは改善できますが,負荷が多過ぎるとその効果も消えてしまいます。
しかし適正な負荷条件で比較すると,もっとも性能のよいのは土を使った浄化です。土による水ろ過の効果もあり,非常にきれいになります。また植生浄化でも,クレソンやクウシンサイなどを使った水耕栽培浄化ではアシに比べて10倍以上の効果を得た場合もあります。 -
Q:クレソンやクウシンサイというと農産物ですね。水質浄化だけでは都市部に広い土地を確保するのは難しいですが,浄化とともに農産物生産事業を結びつけると新しい可能性も出てきそうですが,いかがですか。稲森:われわれは水耕栽培を利用した「水耕生物ろ過システム浄化法」をタイや中国で実験しました。その際には,水耕栽培した植物の市場での価格や生産するための敷地面積,さらには従業員の賃金なども考慮に入れシミュレーションしました。その結果,面積が100m2の浄化システムを作ることで,投入する資金を1年間で回収し利益も出るという試算が出ました。途上国では単なる汚水浄化システムではなかなか実現が難しいので,産業としての付加価値も加えた方がよいと考えています。
クウシンサイ
NPOとのつながり
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Q:琵琶湖,霞ヶ浦など,日本にもたくさんの閉鎖性の湖沼があり,下水道や合併処理浄化槽は普及しつつあるものの湖沼の浄化はなかなか進まないですね。日本の場合は生活排水の問題も大きいですが,湖沼内にこれまで蓄積した栄養塩が問題になっていると聞いています。湖沼の浄化というと,エコエンジニアリングを利用したシステムは効果がありそうですが,最近は周辺住民などで作るNPOの活躍が聞かれます。エコエンジニアリングシステムを通してNPOとのつながりもあるのではないですか。稲森:印旛沼で活動されているNPOの方がわたしのところに相談にきました。「食用になる植物をカゴに入れて湖に浮かべると,1mぐらいの根が付き,非常によく繁殖します。これは見方を変えれば窒素・リンを食用植物が吸収する水質浄化といえるのではないでしょうか」というものでした。
NPOの方々は,この浄化法について県に説明に行ったものの疑問を持たれたそうで,「この浄化手法はおかしいのですか?」と聞かれました。
「根が湖の底に定着し底泥から生える植物がたくさん増えると,動物プランクトンが周りに生息してアオコなどを食べますからりっぱな浄化です。こうした原理はもっともですよ」と説明すると,
「初めて論理的な説明をお聞きできました。自分たちがやっていることは間違っていないことがよく理解できました」
と喜んでくれました。このNPOはいま,イカダを用いた浄化に取り組んでいます。食用の植物の苗を格子の付いた細長いイカダに密植させ,そのまま印旛沼のほとりに浮かべ,浄化を行うとともに収穫して市場にも出荷しようというものです。こうした取組みにも今後技術面からの協力関係が成り立つでしょう。 -
Q:目に見えるところで浄化が進んでいくことが重要ですね。家庭から出る生活排水が浄化されていく過程を見ることができれば,そのたいへんさを認識するとともに汚さないことへの心がけが進むと思います。いかがですか。稲森:自分の出した汚濁物がどうなっていくかということに関心を持つことは非常に大切です。下水道でも浄化槽でもマンホールだけでは利用者も理解できません。都会ではなかなか難しいでしょうが,公園や池などで,まず食用の水耕植裁を地元の人たちといっしょに行うなど,エコエンジニアリングシステムを活用して水辺を身近に感じることから始めるといいのではないかと思います。
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Q:土壌浄化と植生浄化では,水質浄化能力に差があるのでしょうか。稲森:汚濁負荷量など流す汚水の条件によって差が出てきます。土壌トレンチの場合,汚水を流し過ぎると目詰まり現象が起きます。これは,汚水の中に有機物が多いとカビやバクテリアが増え,それによって土の中が微生物だらけになりパンクしてしまう現象です。そこにシマミミズなどの小動物を棲まわせると目詰まりは改善できますが,負荷が多過ぎるとその効果も消えてしまいます。
しかし適正な負荷条件で比較すると,もっとも性能のよいのは土を使った浄化です。土による水ろ過の効果もあり,非常にきれいになります。また植生浄化でも,クレソンやクウシンサイなどを使った水耕栽培浄化ではアシに比べて10倍以上の効果を得た場合もあります。
印象に残ったこと
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Q:さて,話は戻ります。これまで長い間開発途上国の方々といっしょに研究されてきて,印象に残ったことや苦労したことなどあると思います。ぜひお聞かせ下さい。稲森:開発途上国の研究者たちは環境技術を学ぶことに非常に熱心ですね。それは途上国の水質汚濁が深刻ということもあるんですが,日本の若い研究者と比べるとやる気が違うと感じます。こうした人たちがいれば,開発途上国の水環境改善も方向性として明るいな,という印象を持ちました。
また,どんな仕事でもそうだとは思いますが,人脈づくりが非常に大切ですね。たとえば先に述べた孔海南先生は,中国の環境大臣など政府の要人と独自のネットワークを持っています。このネットワークはわれわれのプロジェクトにも役立っています。こうした力のあるカウンタ−パートナーがいないと,とくに開発途上国相手の水質改善プロジェクトは難しいと思います。 -
Q:人脈づくりがキーワードですが,この点で苦労した点はありますか。稲森:たとえば,孔海南先生とのつきあいは,今から15年前ぐらいに遡りますが,当時先生は国費留学生として国立環境研究所に来ました。しかし,そのうち国からの援助が切れてしまったので,私が生活の面倒を見ながら,いっしょに研究を続けたのです。こうした苦労の中での助け合いによって,今日の関係があるわけです。
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Q:途上国の水質改善には,伝統的な方法の改良と組合せ,産み出した新しい技術の応用と導入手法の検討までも含めた全体的なデザインが必要なんですね。具体的な利用をめざした研究の必要性を痛感しました。ありがとうございました。