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2018年2月28日

最近の大気中PM2.5の起源と稲わら等の野焼きの影響

特集 化学物質曝露の包括的・網羅的把握に向けて

伏見 暁洋

1.はじめに

 大気中には、目に見えないほど小さな粒子(「微小粒子状物質=PM2.5」、直径2.5μm以下の粒子)が浮遊しており、人の健康に様々な悪影響を及ぼすことが知られています。2013年1~3月頃に、中国で大気中のPM2.5が非常に高濃度になったり、通院患者が増えている様子がメディアによって連日報道されたため、「PM2.5」は誰もが知る用語となりました。これを受けて、環境省は2013年12月に「PM2.5政策パッケージ」を策定し、PM2.5についての適確な注意喚起の実施や、現象解明と削減対策の検討等に重点的に取り組むことを決めました。一方、一般市民の中では「PM2.5という新たな物質が発生し始めた」とか「日本では発生していないPM2.5が他国から運ばれてくる」といった誤解も生じています。本稿では、日本におけるPM2.5等の大気汚染の歴史を簡単に振り返った後、最近のPM2.5の発生源の特徴を解説します。そして、PM2.5の発生源として無視できなくなってきた「野焼き」について、我々が最近行った研究例を紹介します。なお、本稿では、稲藁(わら)などの農作物の不要な部分(残渣)を屋外で燃やすことを「野焼き」と呼ぶことにします。

2.日本のPM2.5濃度の変遷と越境汚染の寄与

 日本では、大気中の「浮遊粒子状物質」(SPM:直径約7μm以下の粒子。PM2.5はSPMの一部)の濃度は1974年以降下がり続けてきています。PM2.5の濃度も、測定が開始された2001年には全国の平均濃度は22.8μg/m3でしたが、2013年度には15.3μg/m3まで下がり、2015年度には13.1μg/m3となりました。環境基準(1年平均値15μg/m3以下かつ1日平均値35μg/m3以下)を満たした測定局数の割合(環境基準達成率)も、2015年度には75%と一気に改善しましたが、環境基準はあくまでも一つの目安であるため、今後もその動向を注視していく必要があります。一方、中国では、大気汚染物質の排出量は増加傾向でしたが、2006~2011年頃をピークに低下傾向に転じました。これと同期するように、例えば北京のPM2.5濃度も2013年をピークに低下しはじめています。また、鵜野らの2017年の報告によると、福岡県において、PM2.5濃度に対する国外の寄与は80%程度(2013~2015年の平均)と推定されていますが、将来的に国外の寄与は減り、PM2.5濃度はさらに低下していくと予想されています。

3.最近のPM2.5の起源

 1960~1970年代(公害の時代)の日本においては、自動車や様々な工場がPM2.5の主な発生源でしたが、これらの発生源からの排出は年々減ってきました。例えば、大気中の粒子の化学組成の測定に基づきケミカルマスバランス(CMB)法という方法で推定された、大気中のPM2.5濃度に対する自動車排気の寄与率は、1987~1988年には53%、1998年には37%、2007年には12%と次第に下がってきています。自動車排気が年々きれいになってきていることは、沿道の濃度が一般環境と大差なくなってきていることからも強く示唆されます。このような時代になってくると、これまであまり注目されてこなかった発生源も、その重要性が増していきます。例えば、大気中のPM2.5濃度に対する野焼きの寄与は3~9%程度と推定されており、無視できないレベルになってきています。ゴミを屋外で焼やすことは法律(廃棄物の処理及び清掃に関する法律)で規制されていますが、農作物残渣の屋外焼却(野焼き)は、一部自治体が条例で規制しているものの法律では規制されていません。そのため、現在、全国の10~20%程度の水田で野焼きが行われており、図1のような光景がつくば市などの郊外では一年を通じて頻繁に見られます。日本は総面積の12%が田畑などの耕地であり、つくば市は総面積の38%が耕地ですから、野焼きは身近なPM2.5の発生源なのです。世界的に見ても、野焼きや森林火災などのバイオマス燃焼は、人為起源からの排出総量と同じ位のPM2.5を排出する巨大な発生源であり、盛んに調査・研究が行われています。このような状況を受け、環境省は、2015年3月の「微小粒子状物質の国内における排出抑制策の在り方について中間取りまとめ」において、野焼きの短期的課題として「濃度上昇が予測される気象条件の際には野焼きを実施しないよう要請すべき」、中長期課題として「必要な対策の検討を中長期的に進めるべき」と述べています。

図1 実際の野焼き(未規制)の様子(つくば市、2011~2014年)

4.野焼き排出粒子に関する我々の研究例

 次に、我々が最近行った、野焼きによって大気中に排出される粒子の排出係数(稲藁等を1kg燃やした時の粒子の排出量)、化学組成、酸化能(後述)に関する研究例を紹介します(Fushimi et al., 2017)1。この研究で、我々は、日本で生産量が多く野焼きされる量も多い4種類の農作物残渣(稲藁,籾殻,小麦藁,大麦藁)を対象に、野焼き実験を行いました。野焼き実験は、畑の土の上に稲藁等を置き、その上にステンレス製チャンバーをかぶせ、ファンで外気を供給しながら行いました。そして、排気中の粒子をフィルターに捕集し、粒子質量、化学成分(元素状炭素EC、有機炭素OC、水溶性有機炭素WSOC、有機成分、金属元素、無機イオン成分)、そして酸化能を2種類の方法(ラットの肺胞マクロファージを用いた生物試験法とDTTという試薬を用いた化学試験法)で測定しました。粒子の酸化能というのは、がんや呼吸器・循環器疾患などと深く関連していると考えられている「酸化ストレス」が、粒子の曝露によってどの程度生じるかを、細胞などを使って簡易的に調べた際の応答の強さのことで、近年、毒性評価の一手法として盛んに用いられています。

 日本では藁だけでなく籾殻もしばしば野焼きされていますが、本研究によって、籾殻の野焼きによる粒子の排出係数と化学組成の情報を初めて示すことができました。本研究による稲藁の野焼きによる粒子の排出係数は、日本の排出インベントリー(排出量情報)で用いられてきた文献値(米国環境保護庁)と同程度でしたが、大麦藁は文献値の方が1.4~1.9倍と大きく、逆に小麦藁は文献値の方が0.3~0.4倍と小さいことが確認されました。排出係数にはこのような変動があるため、排出インベントリーでは、より現実に近い排出係数を用いたり、排出量の推計の幅を示すなどが今後必要だと思われます。

 野焼きによる微小粒子状物質の排出係数と主な化学組成を図2に、いくつかの有機成分の濃度を図3に示します。小麦藁と籾殻ではECや多環芳香族炭化水素(PAHs)の比率が非常に低いことが明らかになりました。これは、小麦藁は他の藁より細く、籾殻は小さいので密に積み重なり、空気が十分供給されず、ゆっくり燃焼するためと考えられます。また、野焼きの寄与を推定するための指標成分としてしばしば用いられてきたカリウムの濃度は、燃やす残渣の種類によって2桁近く異なる一方、藁などの繊維質を構成するセルロースの熱分解で生成するレボグルコサンの濃度は変動が3倍程度以下と小さいことが明らかになりました。そのため、CMBなどの起源解析においては、指標成分にカリウムを用いるよりもレボグルコサンを用いた方が推定の精度が高まると考えられます。さらに、100種以上の有機成分の測定結果から、CMB解析用の発生源プロファイル(組成データ)を、日本産の農作物について初めて作成することができました。燃焼状態と化学組成の関係を解析した結果、炎をあげてよく燃えている時ほど排気粒子中のECやカリウム、PAHsの比率が上がり、逆にOCやレボグルコサンの比率は下がることが示されました。

図2 野焼きによる微小粒子状物質の排出係数(a)と主な化学組成(b)
WIOM: 非水溶性有機物,WSOM: 水溶性有機物,EC: 元素状炭素
図3 野焼きにより排出される微小粒子状物質中の有機成分濃度
(a)野焼きに特徴的な成分、(b)PAHsの例。縦軸は、微小粒子状物質中の有機炭素(OC)量に占める各有機成分の濃度。レボグルコサンはOCの約10%を占める最も高濃度な成分である。

 野焼き排出粒子の質量あたり酸化能は、自動車排気粒子や大気中PM2.5の酸化能の低めのレベルでした。また、野焼き排出粒子の酸化能は、くすぶった燃焼状態で発生しやすいOC(特に非水溶性OC)と関係があることが示唆されました。

 上記研究は研究プロジェクト「未規制燃焼由来粒子状物質の動態解明と毒性評価」の成果です。このほか、2017年に富山らが発表した論文では、雨が予想される日やその前日に野焼きが多いことを明らかにし、そのような情報に基づき、これまでは一ヶ月単位でしか与えられなかった野焼きによる粒子排出について日々の変動を与えられる排出モデルを構築しました。

5.おわりに

 今回紹介した野焼きに関する研究は、私の海外派遣研修(2014~2015年の約1年間、米国ウィスコンシン大学マディソン校のJames J. Schauer教授の研究室にて)の成果でもあります。派遣研修では、誘導体化GC/MS法という手法による有機成分分析とそれに基づくPM2.5の起源推定について学びました。今年度から開始した「大気中の有機粒子の各種毒性に対する発生源別寄与の解明」に関する研究プロジェクトでは、大気中のPM2.5、特に有機物を主体とする粒子に着目し、その主な発生源である自動車、二次有機粒子、調理、そして野焼きを対象に化学分析と毒性評価を行い、発生源と毒性との関係を明らかにしていきたいと考えています。

文献

1. Fushimi A., Saitoh K., Hayashi K., Ono K., Fujitani Y., Villalobos A.M., Shelton B.R., Takami A., Tanabe K., Schauer J.J. (2017) Chemical characterization and oxidative potential of particles emitted from open burning of cereal straws and rice husk under flaming and smoldering conditions, Atmospheric Environment, 163, 118?127. http://dx.doi.org/10.1016/j.atmosenv.2017.05.037

(ふしみ あきひろ、環境計測研究センター 反応化学計測研究室 主任研究員)

執筆者プロフィール:

2017年春、つくば研究学園エリアのテニスの団体戦(ダブルス)で念願の初優勝を果たしました。首・肩・腰のコリは悪化の一途ですが、イチローやカズを見習って、体の衰えに負けずプレー(テニスも研究も)を続けたいと思っています。

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