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脂肪の熱分解によって生成する脂肪族低級アルデヒド類

経常研究の紹介

安原 昭夫

 脂肪族低級アルデヒド類は特有の臭気を持った揮発性の物質である。悪臭防止法で規制対象物質とされているアセトアルデヒドは代表的なアルデヒドの1つであり、その臭いは酒を飲んだ人の息を想像していただければよい。また炭素数が4から6個のアルデヒド類は、古くなった油を加熱したときなどに経験する不快な臭いを放つ。

 塗装工場などからの悪臭の原因の一つとして脂肪族低級アルデヒド類が推定されているが、それらは加熱工程で塗料などが分解する際に発生すると考えられている。アクロレインなどの不飽和アルデヒド類も悪臭の原因となりうるが、量的には飽和アルデヒド類が勝っている。

 いろいろなアルデヒド類に起因する悪臭を詳しく研究した例は、著者の知る限りではほとんどない。その一番大きな理由は分析法の問題である。現在最も広く使われている方法は2,4-ジニトロフェニルヒドラジンという試薬をアルデヒド類と反応させて、対応するヒドラゾンに変えて分析する方法である。しかしこの方法では1つのアルデヒドから2種類のヒドラゾン(syn-型とanti-型)が生成し、その比率は反応条件でさまざまに異なるという本質的な欠点がある。またガスクロマトグラフィーによる多成分同時分析では、熱的安定性や分離能といった点で困難な問題点がある。

 著者はカリフォルニア大学デービス校の柴本崇行教授と共同で、新しい分析法を開発した。システアミンを水溶液中、室温で脂肪族アルデヒド類と反応させると、迅速にチアゾリジン誘導体に変わることを見いだした。この反応が分析化学的に利用できるかどうかを詳細に検討した結果、十分実用化できることを確認した。この方法は以下のような特徴を有している。(1)中性水溶液中、室温で迅速かつ定量的に脂肪族飽和アルデヒド類と反応する。(2)1つのアルデヒドからは1種類のチアゾリジン誘導体しか生成しない。(3)生成したチアゾリジン誘導体は適度な揮発性を有しているためにガスクロマトグラフィーで容易に完全分離ができる。(4)チアゾリジン誘導体は分子内に窒素原子を有しているために窒素検出器を装備したガスクロマトグラフィーで選択的に検出できる。(5)電子衝撃法による質量分析法では、アルデヒドに由来するチアゾリジン誘導体がm/z88に特徴的なピークを示すために選択的な検出が可能である。

 肉や食用油を加熱した際に脂肪族低級アルデヒド類が生成することについては断片的な研究が報告されているが、包括的な分析の報告はされていない。そこで著者は食用油を加熱した際に生成するアルデヒド類の分析にこのシステアミン法を適用した結果、多くの脂肪族アルデヒド類の生成状況が明らかになった。図にコーン油を加熱した際に生成するアルデヒド類のガスクロマトグラムを示した。全体として見るとヘキサナールの生成比率が最も高く、悪臭としての寄与率もかなり高いことが判った。ラードなどの脂肪でも同じ結果が得られた。脂質過酸化による脂肪族アルデヒド類の生成と同様の生成機構が推測されている。

(やすはら あきお,地域環境研究グループ有害廃棄物対策研究チーム)

図  コーン油を加熱した際に発生する脂肪族アルデヒド類のガスクロマトグラム