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水土壌圏環境部長 渡辺 正孝

 水圏・土壌圏の環境保全は人類の生命維持及び文明発展に欠くことのできない重要なものである。人類は海洋による気温調節や二酸化炭素の吸収に強く依存していると考えられており、さらに生命にとって基本的な飲料水を淡水や地下水等に依存している。しかし我々の生命や文明が水に頼っていることに思いをはせることは希であり、さらに淡水、地下水や海洋の汚染がいかなる影響を我々人類に与えるかについて具体的にかつ目に見えるように予測することは困難なことである。日本では水は安全に、安価にかつ簡単に手に入ると考えられているが、将来ともそうであり続けるのだろうか?

 平成3年3月8〜19日の間ペルシャ湾流出原油環境調査団の一員として湾岸諸国へ行く機会を得た。ジェッダから首都リヤドに向かう飛行機から見える景色は見渡す限りの砂漠のみである。赤茶けた砂漠の中に時々直径数km程度の円形の青々とした畑が点在しているのが見える。地下水を汲みあげて麦を作っている。しかしこの地下水は数10年で枯れてしまうとのことである。その後は元の砂漠に戻ってしまうのであろうか。米国沿岸警備隊ビーチクラフト機でサウジアラビアのダーランからクウェート、イラク上空を飛んだ。チグリスとユーフラテスの河口にも砂漠が広がっており、ここに古代文明が栄えたとは信じられない光景であった。砂漠の中にかつての潅漑の遺跡が見られるとのことである。アラブ首長国連邦アブダビからドバイの間の高速道路約300kmの両側にはパイプが延々と設置されており、一定間隔で植えられた木々に散水を行っていた。湾岸の人々が緑にあこがれ、海水淡水化プラントで作った水を散水してまで緑を求める気持が印象的であった。しかしアラブ首長国連邦の石油資源はあと約100年程度といわれており、その後は緑地もまた元の砂漠となるのであろうか。ペルシャ湾は豊かな海であり、そこで獲れる漁業資源は人々のタンパク源として非常に貴重である。しかし、ペルシャ湾はホルムズ海峡を通しての海水交換が少なく閉鎖性の強い海である。大量の原油流出による海洋汚染は有害化学物質の生物濃縮や生態系破壊を引き起こす可能性があり、長期間再生不可能といわれている。

 今回の湾岸諸国での経験は、地球規模での水循環の変化により文明が消滅し得ること、地球規模での水圏や地圏の汚染は人類の存亡に直接かかわっていること、水は将来大量の資源とエネルギーを投入しなければ得られなくなり得るものであることを目のあたりに実感させてくれた。厳しい環境のもとで生活するペルシャ湾岸諸国と日本とでは事情が全く異なっているかに見えるが、程度の差はあれ水環境・土壌環境に人類が依存して生きていることにおいて本質的に同じであるとの感を深くした。

 地球温暖化、海洋汚染、自然保護、湖沼及び内湾の富栄養化、有害化学物質による地下水汚染、水処理技術開発等当研究所にとって重要な課題に水土壌圏環境部は深くかかわっている。元水質土壌環境部長の合田健博士と村岡浩爾博士、前水土壌圏環境部長の須藤隆一博士の諸先生方が作られた道をもとにして、新しく誕生した国立環境研究所として水圏・土壌圏環境研究に新しい道を切り開くべく最大の努力をしたいと思っている。

(わたなべ まさたか)