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2019年4月25日

海底鉱物資源開発と環境保全の調和をめざして

Interview研究者に聞く

 海底にはメタンハイドレートなどのエネルギー資源や金属資源が眠っており、これら海底資源を活用することが期待されています。近年、新たな海底金属鉱床が見つかっていますが、まだ商業開発には至っていません。商業開発が始まり、海底の掘削が行われると、海洋にはどんな影響があるのでしょうか。生物・生態系環境研究センターの河地正伸さん、地域環境研究センターの越川海さん、環境リスク・健康研究センターの山本裕史さんは、資源を開発したときの環境影響の評価を行うとともに、海洋環境を監視するための植物プランクトンを利用した方法を開発しています。

研究者の写真:河地正伸
河地 正伸(かわち まさのぶ)
生物・生態系環境研究センター
生物多様性資源保全研究推進室
室長
研究者の写真:越川海
越川 海(こしかわ ひろし)
地域環境研究センター
海洋環境研究室室長
研究者の写真:山本裕史
山本 裕史(やまもと ひろし)
環境リスク・健康研究センター
副センター長

海底に眠る資源を開発する

Q:研究を始めたきっかけは何ですか。

河地:内閣府SIPの「次世代海洋資源調査技術」に研究テーマを提案したのがきっかけです。このプログラムは、産学官連携で日本周辺の海底に眠る海洋鉱物資源を開発するための取り組みで「海のジパング計画」と呼ばれるものです。海洋資源を開発するためには資源を効率的に調査する技術とともに、資源を掘削したときの生態系への影響を調査する技術も必要です。そこで、私たちのグループでは、海底鉱物の掘削によって発生する鉱石粒子などの懸濁物質の拡散予測モデルや海底地形の改変や粒子堆積などによる深海生物への影響予測モデルの開発、さらには鉱石粒子からの重金属の溶出の可能性や微量の重金属がプランクトンなどの海洋生態系に及ぼす影響を調べることにしました(図1)。こうした一連の研究の中から、国立環境研究所ならではのユニークな研究として、植物プランクトンを利用して海洋環境を監視するための研究にも取り組むことになりました。

Q:海底資源を採掘すると重金属が溶出するのですか。

越川:海底資源の採掘では、海底で鉱石を破砕し、底層の水とともに洋上回収する方法が想定されていますが、海底から回収される鉱石は化学的に安定で、海水とともにくみ上げたりしても金属の溶出はほとんどないと考えられていました。陸上鉱山から掘り出された鉱石の場合は、酸素と触れ、雨も降るので鉱石の表面が酸化されて、金属溶出が加速することが問題となります。しかし、海底の鉱石はもともと海水に浸かっているうえに、深海では、水温や酸素濃度も低いので、金属の溶出速度は非常に遅いといわれていました。

山本:多少の金属が溶け出したとしても、広い海では希釈されるので、生物への直接的な影響はほとんどないという意見さえあります。

金属の溶出を確認

Q:それでも金属の溶出試験を行ったのはどうしてですか。

越川:溶出速度が遅いといっても、まったく溶けないというわけではありませんし、溶出試験そのものの例が少なく、定量的な議論ができませんでした。とにかく試験をやってみることにしました。海底採掘では、鉱石は細かく砕かれますので、試験でも、深海から採取した鉱石を細かく砕き、海水中でどんな金属が溶出するのかを調べました。試験は、海洋研究開発機構(JAMSTEC)の「ちきゅう」という地球深部探索船の上で行いました(図9下)。

Q:なぜ「ちきゅう」で行ったのですか。

越川:私たちの試験目的は、鉱石の海底採掘から洋上回収の際の金属溶出を評価することです。一方、深海から鉱石を採取した後、採取された直後の化学的な状態を維持したまま鉱石を長期間保存することは簡単ではありません。なるべく掘ったばかりの鉱石で実験することが必要だったのです。「ちきゅう」は海底下の地層や鉱石を柱状の塊として採取することができるばかりでなく、精密な溶出試験を行うための設備を備えています。このときは、沖縄トラフの海底熱水鉱床から複数の鉱石を採取して、直ちに酸素のない環境で砕いた上で、深海および表層環境に近い水温や酸素濃度に調整した海水に添加、懸濁させました。その結果、表層に近い実験条件で、顕著な金属溶出が確認されました(図2)。

河地:資源開発の工程と関連づけて考えれば、砕かれた鉱石が表層付近に運ばれたときに重金属が溶出しやすいということになります。

越川:船上実験で得られた溶出速度は予想以上に速いものでした。鉱石の切片を顕微鏡で観察すると、異なる種類の鉱物が入り交じって存在していました。陸上鉱石では、異なる鉱物が隣り合って存在すると電池のような化学反応で金属溶出が加速されるとも言われており、私たちが得た速い溶出速度、そして酸素濃度や温度条件に対する溶出速度の変化もこのような反応によるものだったと考えると納得ができました。また、調査海域の表層海水に鉱石溶出液を少量加えたところ、海水中の植物プランクトン濃度は急速に減少し、溶出液の影響があることがわかりました。表層には魚類をはじめとする多くの生物が生息し、植物プランクトンと食物連鎖でつながっています。もしも水が汚染されればその影響は少なくありません。

Q:リスクがあるということですね。

越川:リスクはあるでしょう。したがって、実際に資源を開発するときには、重金属汚染の可能性や防止に配慮する必要があると思います。私たちは、この実験結果から、水質汚染の有無を把握するためのモニタリング方法が必要だと考えて、今回ご紹介する洋上バイオアッセイという生態毒性試験法の開発に至りました。

海上での調査風景の写真
調査風景
左から深海調査用ROV (遠隔操作型無人潜水機)、熱水噴出孔、ロゼット型採水器、投下式乱流観測装置

遅延発光を利用して、スピードアップ

Q:生態毒性試験とは何ですか。

山本:生態毒性試験は、バイオアッセイとも呼ばれますが、普通は決められた試験条件の下で、生物の応答を利用して化学物質の有害性を調べる試験法です。近年は、化学物質が含まれる可能性のある工場排水やそれらが流入する水域の水質を把握するためにも利用されています。

河地:標準的な試験法には、たとえば、ミジンコの繁殖阻害試験やムレミカヅキモという淡水の植物プランクトンの生長阻害試験があります。生長阻害試験では、植物プランクトンを試験したい環境水に暴露したのち、細胞数の経日変化を調べていきます。試験水に毒性があれば、細胞数の増加、すなわち生長が遅くなります。ただ、こうした方法は植物プランクトンを培養するスペースや細胞を数える顕微鏡などの装置が必要です。また、生長への影響を評価できるようになるまでには、少なくとも3日、長くて10日と時間もかかります。研究船ではない海の現場で行うのには向いていません。そこで、海の上でも行うことのできる試験法として洋上バイオアッセイを開発することになりました。

Q:洋上バイオアッセイは、どんな方法ですか。

河地:海産植物プランクトンの遅延発光を用いた生態毒性試験法で、遅延発光を用いることにより、生長阻害試験よりも省ペースで、短時間に結果を出せる方法です。

Q:遅延発光とは何ですか。

越川:植物に光エネルギーを当てると光合成が始まりますが、その途中で光を遮断すると、いったん細胞内に蓄えられた光エネルギーの一部が、光合成とは逆の反応によって、微弱な光として細胞外に放出されます。これを遅延発光といいます。

山本:私たちのグループでは、以前、浜松ホトニクスと共同で、ムレミカヅキモの遅延発光を利用した生態毒性試験法の開発を行いました。ムレミカヅキモは陸上の生態毒性試験で広く用いられる試験生物ですが、その生長阻害を判定するためには、通常、試験水の中で3日間培養し、細胞数の変化から生長速度を見積もる必要があります。浜松ホトニクスとの遅延発光法の共同開発では、ムレミカヅキモの遅延発光量がその生長速度と高い相関をもつことや、化学物質などの影響による遅延発光量の低下は、化学物質に曝されてから6時間から24時間までに現れることが確かめられました。この方法ならば、生長する前に生長速度や阻害応答を評価できるので短時間で試験が完了するほか、小さな試験管で試験を行うことができるため広いスペースも必要ありません。洋上開発現場のような場所に向いている技術だと考えられます。しかし、ムレミカヅキモは淡水の生物です。海産の生物でなければ、海水の試験はできません。標準の試験生物もほとんどは淡水の生き物でした。

河地:そこで、海水の生態毒性試験に適した海産生物を探すことが必要になりました。国立環境研究所には、非常に多くの種類の海の植物プランクトンを保存している施設があります。その中から試験生物を選ぶことにしました。

Q:どんな生物が洋上バイオアッセイに適しているのでしょうか。

河地:まず、培養試験を行う際に取り扱いやすいことです。言いかえると、培養や保存がしやすい生物であることです。また、金属に対する感受性が高くなければなりません。試験生物に求められる既往の基準を満たしていることや再現性の高い試験結果が得られることも必要です。様々なスクリーニング試験を行い、最終的にシアノビウム(NIES-981)という株を選定しました。

Q:シアノビウムとはどんな生物ですか。

河地:シアノビウム(NIES-981)は、ラン藻類の一種で、沖縄近海などの外洋に豊富に生息する植物プランクトンであるシネココッカスと近縁な種類です(図3下)。NIES-981株は増殖性能に優れていて、またムレミカヅキモに比べると少し劣りますが、海産藻類の中では金属に対する感受性が高いのが特徴です。

鉱物と試験の風景の写真
熱水鉱床の鉱物(左)と溶出試験の様子(中、右)

海洋環境を管理するためのツールに

Q:生態毒性試験の開発は順調でしたか。

河地:手探りでしたが、JAMSTECや石油天然ガス・金属鉱物資源機構(JOGMEC)など外部の研究開発機関とも情報を共有しながら進めました。試験手順を構築して、航海調査による実証実験を繰り返しました。プログラムの4年目になってだんだんデータが出そろってきて、いろいろな結果がつながってきました。試験方法の詳細な手順書の作成を進めて、技術の実用化にも近づいてきました。SIPでは民間への技術移転という目標もありますので、民間アセスメント会社の方々を対象とした講習会も行いました。国際機関の会合などでも技術の紹介をしてきましたし、SIPで開発した環境影響評価手法としてユネスコのOceanBestPracticesというインターネットサイトに登録して、誰でも利用できるようにしました。国際標準となる手法を目指して、現在は、ISO認証を受けるべく、作業を進めています。

Q:この方法をどのように活用していきたいですか。

越川:商業開発前の現段階では環境問題は生じていませんが、鉱石から海水への金属溶出特性など、開発にあたって予め必要となる知見も十分に共有されていない状況だと思います。環境に配慮した開発となるように、私たちが得た知見や開発した技術が活用されていけばと思います。

山本:開発現場において事故やトラブルが起こった場合の対応についても、今後、具体的な検討がされていくでしょう。この洋上バイオアッセイを、そうした事故に対応できるツールにしていきたいと思います。陸上の工場排水の管理では、生態毒性試験を使って工場内の廃水そのものや周辺の環境水のモニタリングが行われたりしますが、海底資源開発では、洋上バイオアッセイを同じように活用できるはずです。また、環境への影響は、金属に限られないかもしれません。想定外の物質が混入したときの影響にも注意する必要があります。洋上バイオアッセイであれば、金属に限らず、生物に影響を及ぼす物質の監視ができるでしょう。

河地:海底資源を船上に回収したときに副産物として生じる揚鉱水などの廃水管理も課題でしょう。揚鉱水を海洋環境に戻す場合には、安全な水であることが重要です。洋上バイオアッセイは、現場で揚鉱水の水質を把握し、安全性を判断するためのツールとしても使えるだろうと考えています。また生き物への影響を指標にしていますので、一般の方々にも理解されやすいと思います。

環境に配慮した資源開発技術とは

Q:今後の展望はいかがですか。

河地:SIPは、2018年度で終了ですが、これまでにある程度まとまった仕事ができたと思います。SIPで開発した技術を民間の方々にも是非活用してもらいたいと考えています。一方、研究を進めていく中でいくつかの課題も見つかっています。SIPは終わってしまいますが、そうした課題を解決するための研究を継続していきたいですね。現在試験株として使っているシアノビウム(NIES-981)は、亜鉛や銅に対する感受性は十分なのですが、鉛に対してやや鈍いことがわかっています。別の植物プランクトン種に有望なものが見つかりつつありますので、そうしたものを使いながら洋上バイオアッセイの改良を進めていきたいと思います。また誰でも、簡単に、高い再現性のある実験結果を得ることが可能な試験株の“試薬化(キット化)”にも取り組んでいきたいと考えています。微生物株の長期安定的な保存方法に、凍結保存や凍結乾燥保存といったものがあります。こうした手法で、試験株を一時的に不活性化して保管しておいて、試験を行うときに、すぐに活性化して使用するというものです。

越川:簡単ではありませんが、洋上バイオアッセイの試験生物の応答と実際の海の生物群の応答を結び付ける方法について考えたいと思います。

山本:生態毒性試験の試験生物には、同じ種類の化学物質に対して再現性のある応答を示すことが期待されていますが、どの程度の応答であれば安全なのかは、その水がどこにあり、どのように利用されているか、生息している生き物が何かで大きく違います。海外では事例があるのですが、日本でも、生き物や場所にあわせた安全性の「ものさし」を作っていく必要があると思います。

河地:資源開発の際に環境に配慮することは当たり前のことになってきていますが、実際に環境に配慮した開発にするためには、使いやすい環境保全技術が必要です。SIPで行ってきた環境影響評価技術の研究は、生物─化学─物理分野の異なる研究者が連携し、それぞれの基盤をうまく活用して、進めることができたと思います。そこで、今後も連携をいっそう強め、より現場で使いやすい技術の開発を進めていきたいと思っています。