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2017年12月28日

オゾンが植物に及ぼす影響を明らかにする

Interview研究者に聞く

 オゾンというと成層圏で太陽からの有害な紫外線を防いでくれるオゾン層が思い浮かぶかもしれません。実は、私たちの身近な対流圏(地表付近)では、自動車の排気ガスなどからオゾンがつくられ、光化学スモッグの原因物質になっています。地表付近のオゾンは、人に対して有害なばかりでなく、植物にも悪影響を及ぼします。生物・生態系環境研究センターの佐治光さん、青野光子さん、中嶋信美さん、福島支部の玉置雅紀さんは、オゾンにより植物に生じる障害について長年研究しています。

研究者の写真:佐治 光
生物・生態系環境研究センター
上級主席研究員 佐治 光
研究者の写真:中嶋信美
同(環境ゲノム科学研究推進室)
室長 中嶋信美
研究者の写真:青野光子
同(環境ストレス機構研究室)
室長 青野光子
研究者の写真:玉置雅紀
福島支部(環境影響評価研究室)
主席研究員 玉置雅紀

遺伝子レベルの研究に取り組む

Q:研究を始めたきっかけは何ですか。

佐治:私は1985年に入所してからずっと植物のオゾン障害についての研究を続けています。国立環境研究所では大気汚染物質を研究してきましたが、その一環としてオゾンの研究に力をいれることになり、担当することになったのがきっかけです。ちょうど遺伝子の研究が盛んになりはじめたころで、研究所でも遺伝子レベルの研究に取り組むことになり、青野さんや久保明弘さん(故人)にも加わってもらいました。

中嶋:遺伝子レベルの研究をするためには遺伝子組換えをした植物をつくることになります。そこで私や玉置さんは、遺伝子操作をした植物の安全性評価を中心に研究を進めてきました。

Q:オゾンは植物にどんな影響を与えるのですか。

青野:オゾンは光化学スモッグの原因である光化学オキシダントの主成分で、排気ガス中の窒素酸化物などに紫外線があたると光化学反応で生成します。オゾンは有害物質で、植物にも悪影響を与えます。たとえば、アサガオやサトイモの葉の表面に斑点が出ているのを見たことはありませんか。それはオゾンの影響によるものが多いです。オゾンなどの大気汚染物質の濃度が低ければ植物は耐性があるのですが、濃度が高くなると植物自身に障害が生じ、葉が枯れたり、落ちたりします。

光化学オキシダントの問題は解決していない

Q:大気中のオゾンの濃度は増加しているのですか。

青野:アジア諸国では特に大都市周辺地域でオゾン濃度が増加しています。日本では埼玉県など東京の郊外で大気中のオゾン濃度が高く、光化学スモッグ注意報がよく出されています。ただ、都心ではオゾン濃度はそれほど高くありません。大気中に反応する物質がたくさんあるのでオゾンはこわれてしまうようです。また九州では、黄砂などと同様に、大陸からの大気汚染物質の越境移動によってオゾンなど光化学オキシダントの濃度が高くなっています。これまで、排気ガス中の窒素酸化物を減らせば光化学オキシダントが減るとして対策がとられてきましたが、実際にはそうではありませんでした。大気中の揮発性有機化合物(Volatile Organic Compounds:VOC)などとの反応が、考えられていた以上に重要だったようです。

玉置:1970年代に光化学スモッグが深刻化し、その後沈静化しましたが、オゾンはずっと問題だったのです。いまだに解決していません。

Q:植物にオゾンの影響が出ているのでしょうか。

青野:関東では影響が出ています。あまり気が付かれていないのですが、たとえばアサガオなどの葉の斑点はあちらこちらで見られます。また、高濃度のオゾンはホウレンソウやサトイモなどの農作物に被害を与えています。

玉置:オゾンの影響でコメの収量が減ることが報告されています。葉に障害が出て光合成ができなくなるのが原因と考えられていましたが、私たちの研究で別のメカニズムが見つかりました。品種により差はあるのですが、「ハバタキ」というイネの品種では、オゾンの濃度を高くすると穂の枝分かれが少なくなったのです。枝分かれに関する遺伝子の働きがオゾンによって抑えられ、穂の枝分かれが減少した結果、もみの数が減って、収量が減ることがわかりました。

Q:それは食糧の供給に大きな影響を及ぼすのではないですか。

玉置:はい。オゾンによる影響で、今後20年で最大穀物の収量が20%減ると予測している研究もありますから、オゾンに耐性のある品種を開発することが必要です。また、温暖化の影響として知られるコメの白化もメカニズムは違いますが、オゾンにより起きることがわかってきています。解決する方法を考えなくてはいけません。

オゾン耐性作物を作る

Q:どのように研究を進めてきましたか。

佐治:まずはモニタリング調査や暴露実験により、オゾンによる障害は急性のものと慢性のものがあることがわかりました。高濃度のオゾンに短期間さらされると葉が白くなるなど急性可視障害が起こり、低濃度で長期間さらされると慢性的な成長阻害が発生します。また、植物の種類によってオゾンに対する耐性が異なります。さらに、植物に目に見える変化がなくても、遺伝子レベルでは変化が起きていました。これまでの研究を振り返ると、1990年代から2000年代の前半では、オゾン耐性に関わる遺伝子を見つけ、それを植物に導入して遺伝子組換え体を作りました。オゾンによる障害には反応性の高い活性酸素や植物ホルモンであるエチレンが関わっていることが示唆されていたので、それらの反応に関する遺伝子を見つけ、遺伝子組換えによってオゾンに強い植物を作ろうとしました。

青野:植物が大気汚染物質など、環境ストレスを受けたときには、細胞内で活性酸素が発生します。この活性酸素が障害の原因になるので、植物は活性酸素を消去する「活性酸素消去系」、つまり有毒な活性酸素を抗酸化酵素などによって無毒化する反応経路をもっています。そこで、まず活性酸素消去系の酵素の遺伝子を探しました。さらにその遺伝子を導入して大気汚染ガスの1つである二酸化硫黄に対して耐性を示す遺伝子組換え植物を作りました。しかし、この遺伝子組換え植物はオゾンには強くありませんでした。

中嶋:オゾン耐性の植物としては、植物ホルモンのエチレンの生成を抑えた遺伝子組換え植物を作りました。エチレンはオゾン障害を促進することから、その生成を抑えればオゾン障害を減らせると予想されました。実際にそのような遺伝子組換え植物を作ったところ、予想通りオゾンに強くなることがわかりました。

Q:オゾン耐性植物は実用化されたのですか。

中嶋:遺伝子組換え作物は生物多様性に影響を与えることが懸念されており、実験施設外には出せません。安全性評価など実用化するまでにはたくさんのステップがあり難しいですね。他の研究所でもオゾン耐性ポプラなどの開発例はありますが、やはり野外に植えるまでには至っていません。

さらにメカニズム解明をめざす

Q:2000年代後半ではどんな研究をしましたか。

佐治:2000年代に入るとゲノム解析が進みました。モデル植物の突然変異体を作り、そこから耐性に関わる遺伝子を見つけることが可能になったので、オゾン耐性メカニズムの解明を進めています。オゾン障害の出やすいシロイヌナズナから気孔開閉やシグナル伝達に関わる遺伝子の変異が見つかりました。

青野:モデル植物とは、実験に向いたタバコやトマト、シロイヌナズナなどの植物です。遺伝子組換え実験がしやすい、ゲノムのサイズが小さいなどの特徴があります。

Q:オゾン障害に気孔が関わるのですか。

玉置:植物は葉の裏に多くある気孔を閉じることでオゾンの取り込みを防ごうとするのです。気孔の開閉を制御することで有害物の取り込みを避けるという植物がもつ生体防御機構です。

青野:植物は人間や他の動物と違って動くことができないので、環境が悪くなっても逃げることができません。そのためいろいろな生体防御機構が発達したのでしょう。ある種の遺伝子が変異すると、気孔は開きっぱなしになり、オゾンのほかにも二酸化硫黄の影響を受けたり、乾燥に弱くなったりしてしまいます。

佐治:見つかった遺伝子から合成されるタンパク質は細胞膜にあり、植物が刺激を受けて気孔を閉じる際に活性化されるトランスポーターの一種でした。この発見をきっかけに、気孔開閉のしくみの研究も大きく進みました。さらに気孔からオゾンを吸収すると、植物体内では活性酸素がつくられます。活性酸素は反応性の高い酸素でオゾンもその一種です。オゾンが取り込まれると、体内では様々な種類の活性酸素が作られ、オゾン障害に関わることが示されました。

オゾンで細胞死が誘導される

Q:ほかにもオゾン障害の機構がわかりましたか。

佐治:さきほど中嶋さんが話されたように、植物がオゾンを取り込むとエチレンが発生し、障害を促します。そのときにエチレン合成を誘導する因子が見つかりました。それ以外にも、遺伝子の発現の変化によってオゾンに応答して情報を伝達する物質が次々に明らかになってきました。つまり、気孔からオゾンを吸収すると、植物体内で活性酸素が発生し、そのことにより細胞内に情報が伝達され(シグナル伝達)、細胞死が引き起こされるのです。その結果、葉に斑点ができます。このような遺伝子の発現の変化は他のストレスでも誘導され、これは植物が病原体に感染したときに誘導されるものとよく似ていました。そこで、可視障害は環境ストレスに対応して誘導される遺伝的にプログラムされた細胞死によるものと、考えられています。

中嶋:動物細胞でいうアポトーシスに似ています。

青野:植物は葉や枝がなくなっても生きていけるので、細胞死が起こるのかもしれません。また、活性酸素は毒物というよりはシグナルとして作用しているという考えが主流になっています。

Q:環境ストレスに応答して植物の細胞死が誘導される理由は考えられていますか。

佐治:2つの理由が考えられます。1つは病原体に感染したと間違って過剰に反応してしまうという説。もう1つは、ストレスの原因が何であれ、植物はある程度の強さまでのストレスに耐えようとしますが、耐えきれなくなると自ら死ぬことにより、それ以上ストレスの原因となるものを取り込まなくするという説です。私たちも、どちらの説が正しいのか検証しようとしています。

 最近、光が強いとオゾン障害が起こりやすいことと関連して、「光呼吸」と呼ばれる代謝系がオゾン応答に関わることを明らかにしました。この代謝系が阻害されると、葉緑体の中で活性酸素が発生します。これと同時に、オゾンによって細胞内の別の場所で活性酸素が発生すると、細胞死を引き起こす力が強くなることがわかりました。

青野:オゾンがなくても、光が強ければ植物にとっては有害です。そこで植物は光が当たったときに発生する活性酸素を消去するシステムを持つことで、光のストレスを防御しています。進化の過程で獲得したこのシステムをオゾンにも使っているのでしょう。

オゾン問題の解決に向けて

Q:研究でのエピソードを教えてください。

佐治:気孔の開閉に重要な働きをする遺伝子を見つけたのと同じ時期にフィンランドの研究グループが同じ遺伝子についての論文を科学誌「Nature」に投稿しようとしていることを知りました。先に発表されると私たちの成果が認められなくなるので、あわてて論文を別の科学誌に投稿しました。なんとか間に合ったのですが、とても緊張しました。

青野:国際会議に出席して偶然それを知ったのです。私も緊張しながら帰国し、伝えたことを覚えています。さらにそのころ九州大学でも同じ遺伝子を研究していたことが後でわかりました。

佐治:研究者が限られた分野なのに、偶然にも同じ時期に3つの研究室が同じ遺伝子を研究していたのには驚きました。

Q:遺伝子実験を始めたときは大変でしたか。

青野:今では当たり前の実験も、その当時はあまり行われておらず苦労しましたが、それだけに結果が出るのが楽しかったです。とくに大腸菌の遺伝子を植物に導入して新しい知見が得られたことは印象深いです。そのときの論文はいまだに引用されています。

中嶋: 植物の遺伝子組換え実験は、研究所に来てから始めました。毎日、組換え体を作っていて、早くやらなければとプレッシャーがありました。現在は、ゲノム編集という新しい技術ができて、遺伝子導入をしなくても実験ができるようになりました。新たな波が来ていることを感じます。今後もアジア等の地域ではオゾン濃度が上昇するのは間違いないですし、食糧供給の問題もあるので、ぜひ若い人に研究に加わってもらい新しい技術で環境浄化するための方法を開発したいです。また、最近、蚊や蚊が媒介する伝染病を撲滅するために生物を改変する遺伝子ドライブという技術が開発されています。オゾンに強い遺伝子を使えば、環境を変えることができるかもしれませんから、挑戦してみたいですね。

Q:最後に、今後に向けて一言ずつお願いします。

玉置:オゾンは重要な問題なのに、あまり認知されていません。もう少し理解されるようになるといいですね。

中嶋:研究で得た知見を他の分野で活用してもらいたいですね。また、これからは対策技術の研究も必要だと思います。

青野:遺伝子を使った実験は事務的な手続きも多いですし、植物の栽培施設や実験設備を維持するのも大変です。でも研究所として一次データを出していくために頑張っていきたいです。

佐治:多くの人にこのような研究の重要性を理解していただくとともに、問題の解決に向けて一層の努力を続けていきたいです。

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