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2017年12月28日

植物のオゾン応答研究の動向

研究をめぐって

 オゾンやその他の大気汚染物質が植物に障害をもたらすことがわかってから、世界中でその影響とメカニズムを解明するための研究が数多く行われてきました。特に、遺伝子やゲノム解析技術の進展により、他のストレス因子に対する応答研究と歩調を合わせながら、複雑な仕組みが少しずつ解き明かされようとしています。

世界では

 オゾンが植物に被害をもたらすことは1950年代にアメリカで発見され、日本やヨーロッパでも1960~1970年代に確認されるようになりました。その後、様々な環境条件をコントロールできる人工気象室内で植物をオゾンに暴露してその影響やメカニズムが研究されるようになり、オゾンによって植物に生じる障害とそれに及ぼす光等の環境条件の影響が明らかにされてきました。オゾン障害のメカニズムに関しては、オゾン自体が活性酸素の一種であることや植物に吸収されたオゾンが生体物質と反応して様々な活性酸素分子種(ROS)を生じること、ROS生成と障害の発生に関連がありそうなことなどの理由から、ROSとその消去反応系に多くの研究者の目が向けられるようになりました。また、欧米の研究者らによってオゾンと接触した植物でエチレンが発生し、その発生量と障害の程度の間に相関があることが示され、その発生と作用のメカニズムにも関心が向けられるようになりました。

 このような状況の下、1980年代に遺伝子解析や遺伝子組換えの技術が開発されると、私たちを含む世界中の研究グループが、ROSの消去やエチレン生成に関わる酵素などの遺伝子のクローニング、発現解析や遺伝子組換え実験を競って行うようになり、それらの物質がオゾン障害や防御に関わることが確認されました。2000年頃にはシロイヌナズナやイネなどのモデル植物の全ての遺伝子を対象とするゲノム解析が進展し、それにより得られる情報や試料を用いた分子遺伝学的研究が開始され、ROSやエチレンの関与がさらに確かめられるとともに、まだ知られていなかった多くの物質や反応がオゾン応答に関わっていることがわかってきましたコラム4の図5参照

 また、オゾン以外のストレス因子、例えば高低温、乾燥、紫外線などに対する植物の応答研究が行われた結果、オゾンに関与することが示唆された物質や反応の多くが他のストレス因子に対する応答にも関わっていて、特に病原体の感染に対する応答との間で共通性が高いことが明らかになってきました。

日本では

 前述のように日本でも1970年頃から関東地方以南でタバコやイネなどの農作物にオゾンによる可視障害が観察されるようになり、当研究所のほか、農業環境技術研究所、電力中央研究所、東京農工大学、東京大学、地方自治体の研究機関などにおいて、オゾンが農作物や樹木に及ぼす影響とそのメカニズムに関する研究が行われてきました。その結果、多くの植物種・品種に対するオゾンの影響の実態が明らかになってきました。

 たとえば、農業環境技術研究所により、1981~1985年におけるオゾンによる関東地方のイネの減収率は、地域により異なりますが、5年間平均で最大約7%に達すると推定されました。また、オゾンに対する感受性には植物の種や品種間で差があり、可視障害の程度と、成長や収量低下の程度との間には必ずしも相関が認められず、これらの被害は互いに異なるメカニズムにより生じる可能性が示唆されました。

国立環境研究所では

 これまで当研究所で行われてきた研究の多くは、主にモデル植物であるタバコやシロイヌナズナの若い植物体に生じる、急性的可視障害のメカニズムの解明を目的としたものでした。それに対し、最近はモデル植物ではなく、身近でかつ重要な農作物であるイネについても取り組んでいます。イネのゲノム情報に基づく量的形質遺伝子座解析(*)により、オゾンの長期暴露によるイネの減収に関与する遺伝子の研究を行いました。これまでオゾンによる作物の収量低下は、葉に可視障害が生じ、それにより光合成量が低下して起こるとされてきました。しかし、一部のイネ品種では葉の可視障害の程度と収量低下の程度が必ずしも一致しないため、オゾンによるイネの収量低下には、可視障害による光合成能力の低下とは異なる機構があると予想されていました。そこで、オゾンによる葉の可視障害は起きないが収量が低下するハバタキというイネ品種を用いて、検証した結果、この品種では高濃度オゾンにより穂の枝分かれの数が減少し、収量低下を引き起こしていました(図8A)。また、この品種と他のイネ品種ササニシキとの比較による遺伝学的な解析から、この穂の枝分かれの数の減少は、オゾンにより穂の枝分かれを制御する遺伝子(APO1)の機能の低下により起きていることが明らかになりました。さらに、この遺伝子の機能低下の過程にはオゾンによる葉の可視障害軽減に働く植物ホルモン(ジャスモン酸やアブシジン酸)が関与していました(図8B)。これらの結果は、作物種あるいは品種によっては光合成の低下を防ぐために、植物ホルモンがイネの収量を低下させることもあることを示しています。

図8 オゾンによるイネの収量への影響
A. 外気(写真左)およびオゾン添加(写真右)で栽培されたイネ品種ハバタキの穂の外観形質。
オゾンにより穂の枝分かれの数が減少しているのがわかる。
B. 新規に解明されたオゾンによるイネの収量低下メカニズム。オゾンによって引き起こされる可視障害を軽減するために、ジャスモン酸やアブシジン酸といった植物ホルモンが合成される。これが転流により、幼穂に運ばれると、穂の枝分かれを抑制する。これにより花(コメ)の総数が減少し収量が低下する。

 また、オゾンによる作物への影響は収量だけでなく、品質にも関係します。これまでに高温により米の品質が低下することは知られていましたが、オゾン濃度の上昇が品質に与える影響はほとんど研究されてきませんでした。そこで、日本の代表的なイネ品種コシヒカリを用いて検証した結果、オゾン濃度の上昇がコシヒカリ玄米へのデンプン蓄積の異常を引き起こし、これが乳白粒の割合を増加させていました(図9A)。また、デンプンはグルコースが鎖状に結合したアミロースとアミロペクチンから構成されますが、オゾンによりアミロペクチンの鎖の伸長に関与するデンプン合成酵素遺伝子(SSIIIa)の働きが低下していました。これがアミロペクチンの伸長を抑制し、結果としてデンプン粒が充填不足になることが示唆されました(図9B)。
 オゾンと高温による米の外観品質低下のメカニズムは異なっているため、今後、温暖化が進むとオゾンと高温との複合影響により米の品質がさらに低下することが懸念されます。

図9 オゾンによるコメ品質への影響
A. 外気およびオゾン添加で栽培されたコシヒカリ白米の外観品質(左)、割断面の実体顕微鏡写真(中)および走査型電子顕微鏡写真(右)
オゾンにより乳白粒(赤矢印)の割合が増加した。これは小型のデンプン粒(青矢印)の増加、およびデンプン粒間の空隙(黄色矢印)が増加することによると考えられた。
B. 新規に解明されたオゾンによるコメ品質への影響。オゾンによりデンプン合成酵素の働きが弱まり、デンプンを構成するアミロペクチンの長鎖が減少する。これにより、デンプン粒の小型化や空隙が生じ、乳白米が発生する。

*量的形質遺伝子座解析:収量など量的な形質に関わる遺伝子の染色体上での位置などを解析すること。

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