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南極レポート (最終回: 「エピローグ」)

【海外調査研究日誌】

中島 英彰

 前回の南極レポートでは,昭和基地における第48次観測隊から第49次観測隊への越冬交代に関する話題についてお話しました。今回は,南極レポート最終回と言うことで,『エピローグ』をお伝えします。

<1.「しらせ」最後の航海>

 今年は,1983年に3代目の南極観測船である「しらせ」が就航してから25年目にあたり,今回の南極航海をもって「しらせ」は現役を引退することが決まっています。外見こそさして古いというふうには見えない「しらせ」ですが,内部はかなり老朽化が進んでおり,南極行きの航海途中にも艦内の配管が破れ,居室が水浸しになったりもしました。第4代目となる次の南極観測船は,現在舞鶴で建造中です。でも,今年11月に予定されている第50次隊の出発までには間に合わないので,第50次隊はこれまでの日本南極地域観測隊の歴史の中で唯一,外国(オーストラリア)の船をチャーターして昭和基地に向かう予定となっています。

 2月1日に第49次越冬隊と越冬交代を終え,2月はじめには第48次越冬隊員は全員「しらせ」にピックアップされましたが,「しらせ」はすぐに昭和基地を離れるわけではありません。2月15日まで,第49次夏隊はまだ昭和基地に残って,夏季観測や基地の建設・設営のための夏作業を行っています。そこで,最終のピックアップのためのヘリが飛ぶまでの間「しらせ」では,航路を作るためのチャージング(前後進を繰り返し,海氷に乗り上げて氷を割りながら進む航法)を行っています。これは「航路啓開」と言い,やがて昭和基地から外洋に出る際に砕氷し易くするためのものです。また,「しらせ氷河調査」と言って,氷河の割れ目の間を,スターウォーズさながらにヘリコプターで飛びながら調査したりしていました。2月15日に再び昭和基地に戻ってきた「しらせ」は,第49次夏隊員をピックアップした後,初めて外洋に向けて出発することとなりました(写真1)。

写真1 2月15日,昭和基地を離岸する「しらせ」とそれを見送る第4 9 次越冬隊員(「しらせ」前田写真長撮影)
写真1 2月15日,昭和基地を離岸する「しらせ」とそれを見送る第49次
越冬隊員(「しらせ」前田写真長撮影)

 我々第48次越冬隊員は,「しらせ」に乗り込むとすぐ,部門ごとに越冬中のすべての観測・設営内容をまとめた「越冬報告」を執筆することとなります。また最近では,出発前に提出した観測計画調書に記載した観測目標と比較しての,自己評価を提出することも要求されております。『評価』ばやりは,いまや日本中はおろか,南極まで行っても同様な状況のようです。しかし,南極観測における自己評価は,ボーナス等の査定に用いるわけではなく,今後の隊の運営向上のために役立てることが主目的だとのことです。

 行きの「しらせ」は約3週間でフリマントルから昭和基地付近に到着しますが,帰りの「しらせ」は2月15日に出港してからシドニー到着まで約5週間かかります。これは,道中で海洋観測や重力観測,地学・生物調査などを行いながら帰るためです。「しらせ」が2月末にアムンゼン湾というところで地学・生物調査のため停泊しているときに,たまたま美しいオーロラを見ることができました(写真2)。我々越冬隊にとっては,昨年10月に昭和基地でオーロラを見て以来,久々のオーロラ見物となりました。夏隊の人や「しらせ」の乗組員たちにとっては初めてのオーロラとあって,「しらせ」は大騒ぎとなりました。

写真2 2月27日,「しらせ」艦上で見たオーロラ
写真2 2月27日,「しらせ」艦上で見たオーロラ

<2.オーストラリアに上陸>

 30°ほども「しらせ」が揺れる暴風圏を通過し,3月15日に南極圏(南緯55度以南)を離脱した後,「しらせ」は5日ほどでオーストラリア・シドニーに到着しました。我々越冬隊にとっては,一昨年12月初め以来,約1年3ヵ月ぶりに目にする文明圏です。白と黒のモノトーンの南極から来た我々には,木々の緑や花の色がとてもまぶしく感じられました。また,中には愛妻や家族がシドニーまで迎えに来た隊員もいました。我々の隊で数カップルいた新婚の奥さんとの再会は,他の隊員の衆目を気にしてか割と大人し目ではありましたが,本人たちは感無量だったことでしょう。

 南極では毎日の食事の献立を我々が選ぶことはできませんが,シドニーで久々にレストランに入って,メニューから食事を「選ぶ」ことができたのには,とても懐かしい感じがいたしました。あと,財布の要らない生活に1年以上慣れ親しんだ我々にとって気をつけなければいけないことの第一は,うっかり「無銭飲食」をしてしまわないよう気をつけるということ。ついつい,「ごちそうさま!」とだけ言って,席を離れそうになってしまいました。

<3.日本に戻ってきて>

 約1週間のオーストラリアでの休暇(日本への社会復帰のためのリハビリ?)をそれぞれ楽しんだ後(写真3),我々観測隊は3月27日,「しらせ」よりは一足先に飛行機にて日本に戻ってきました。成田空港には,国立極地研究所の所長をはじめ主だった人たちや,隊員の家族が迎えに来てくれていました。ここで,1年4ヵ月一緒に過ごした越冬隊の仲間とはお別れです。特にセレモニーも無く,皆三々五々いなくなってしまいました。

写真3 オーストラリア・タスマニア島「クレイドル山・セントクレア湖国立公園」内・クレイドル山山頂にて
写真3 オーストラリア・タスマニア島「クレイドル山・セントクレア湖国立
公園」内・クレイドル山山頂にて

 翌28日,早速,満開の桜が美しい研究所に顔を出し,私の留守中お世話になった方々や上司の皆さんに挨拶をして回りました。途中で出会う顔見知りの多くの人から,帰国をねぎらう温かい言葉をかけて頂き,とてもうれしく感じました。

 研究所に戻ってきてびっくりしたのは,耐震補強工事とやらで,やたらと建物内に通行不可能な箇所が増えていて,なかなか自分の希望する場所にたどり着けないことです。かつて私の居室の近くにあったトイレへは,同じフロアの回廊をぐるっと1周回らないとたどり着けなくなっていました。まあ,これも地震対策のための不便であれば仕方ありません。

 あと,毎日昼休み前に,部屋の電灯やパソコンの電源を消すように促すアナウンスが流されるようになっていました。温暖化防止を率先して実行する研究所の方針なのでしょう。トイレや廊下の電気も,使うとき以外はいつも消えています。そういえば,研究所の駐車場にも,随分ハイブリッド車が増えた気がします。所員の省エネの意識は,この1年半の間に確実に向上したようです。

 また,研究所内の樹木に,解説の札が付いたのには感心しました。(前回の国環研ニュース(Vol.27,No.1)に紹介されました。)読者の皆さんも,国立環境研究所に来る機会には,ぜひ昼休みなどに構内を散策し,樹木を見て回ってください。とても勉強になります。解説文章も,図鑑などにあるような決まりきった文句ではなく,なかなかユニークで作者の工夫を感じさせられて素敵です。

<4.おわりに>

 合計7回となりました「南極レポート」ですが,楽しんでいただけましたでしょうか?最初の頃は,2箇月おきに回ってくる執筆〆切が苦痛でしたが,途中からは何人かの読者の方からの励ましや感想のおかげで,1回の欠号はありましたが何とか最後まで書き上げることができました。これもひとえに読者の皆様と,国立環境研究所ニュース編集担当の方々のお力添えによるものです。ここで改めて御礼申し上げます。

 国立環境研究所からは,これまで約10人の職員・関係者が南極観測隊に参加しております。しかし,越冬隊員となるとごく少数の人に限られてしまいます。前回国立環境研究所から参加した南極越冬隊員は,私が前回越冬したときと同じ1989~1991年の第31次隊ですから,今から19年前まで遡ってしまいます。

 本来,南極という所は,最も人間活動からは離れている場所であるため,地球環境の微妙な変化を捉えるには最も適した場所のひとつであると考えられます。そういった意味では,もっともっと国立環境研究所や環境省が南極観測に積極的に関わっていくべきではないかと感じています。南極昭和基地付近に限ってみても,国立環境研究所で行っている研究分野のうち,大気,生物,化学(微量成分分析),健康(紫外線影響),廃棄物分野等に関して,研究対象は沢山あります。

 幸い私の場合は,人工衛星「みどりII」の停止というハプニングのおかげで,昔からの願いであった南極再訪を果たすことができました。今回の越冬での観測成果も,詳細な解析はこれからですが,とても良いデータが取れたと感じています。私が今回南極越冬に参加するに当たって,主催者サイドの国立極地研究所では大変協力的に対応してくれました。おそらく,今後とも国立環境研究所,あるいは他の研究機関からでも南極観測隊員を送り出すことに関して,国立極地研究所は基本的に大歓迎してくれることでしょう。

 今回私は,国立環境研究所からの久々の越冬隊参加という,いわば改めて『井戸を掘る』ために南極観測隊に参加いたしました。同様に,他の独立行政法人の研究所から,初めての越冬に参加した方もいました。最近の昭和基地は,インターネットも開通し,邪魔な電話もめったにかかって来ない,研究環境としても理想的な場所のひとつと思います。願わくば,このニュースの読者の方の中から,一人でも多くの方が南極観測隊に参加してくれることを願っております。いつでも相談や雑談には応じますので,お気軽に環境研・研究本館I棟301号室の私の居室まで遊びに来てください。お茶,もしくは約1万年前の縄文時代の空気の入った南極氷で歓迎いたします。

(なかじま ひであき,大気圏環境研究領域
主席研究員)

執筆者プロフィール

 国立環境研究所に来て丁度10年目の年に,つくばから南極に脱走計画を企て,1年4ヵ月の南極昭和基地での越冬生活を終え,無事つくばに戻ってまいりました。1年4ヵ月の南極でのサバチカル生活のおかげで,絞りきった雑巾に水を滴らせるように,いろんな事柄に対する興味と意欲もまた沸きあがってきました。さて,これからとりあえず中・長期的に見て面白そうな研究対象を開拓しますか…