環境研究と外交
【巻頭言】
理事 安岡 善文
ここ数年,諸外国との共同研究において,相手国のフィールドへの立ち入りが難しくなった,また,フィールド観測で収集されたデータを国外で利用することが難しくなった,という声を聞くようになりました。国立環境研究所においてもロシアや中国をはじめとして多くの国々との国際共同研究が実施されてきましたが,そのデータの利用については,一時期よりも制限が厳しくなっていると思います。
環境問題では,国境を越えた現象や各国に共通した現象が多いため,その解決に向けて各国が協力してデータを収集し,現象のモデルを作り,そして対策立案に資する情報を提供する,という研究の流れが国際的にも定着したように感じていました。その意味では,データや情報の収集と開示に制限が加わることは望ましいことではありません。ただ,一方で,地球規模での問題が一国の安全保障に関係していることが次第に明らかになってきたことから,各国がそれぞれの国のデータや情報の開示に敏感になりつつあることも確かです。
私自身の研究分野であるリモートセンシング(人工衛星等を利用して環境や災害を広域的に観測する技術)においても,ここ数年,アジアの国々がそれぞれ独自の人工衛星を打ち上げる傾向が見られるようになりました。東アジア,東南アジアの多くの国が個別に地球観測衛星を打ち上げる計画を持っています。私はこの傾向を“一国主義”と呼んでいますが,データ利用に関する国際的な連携方策を立てておかないと,冒頭に述べたデータの利用制限が拡がり,“一国主義”が良くない方向に進むのではないか,と心配しています。
せめて科学技術研究の分野では,研究者が連携して各国の人々にとって有益な成果を出すような仕組みを作ることができないでしょうか。これは努めて外交的な問題であって,研究者個人や研究機関だけでは解決することはできません。昨年(2007年)4月に総合科学技術会議が,「科学技術外交の強化に向けて」という問題提起を行い,科学技術と外交の関係強化の方針を打ち出しました。現在,ワーキンググループで検討が進められていますが,これまでは,“科学技術を外交に生かす視点”から議論が進められているようです。
冒頭の問題を解決するには“外交を科学技術に生かす視点”が必要です。国と国の間において,また,多国間において科学技術外交を通じて共通の利益を生み出すにはどうしたら良いでしょうか。アジア・アフリカにおいて環境研究を進めることを念頭において要点を挙げてみました。
・問題の明確化と研究課題の明確化
・共通の利益の明確化とその共有化
・一国主義に陥らない研究ネットワークの構築とネットワークハブの構築
・アジア,アフリカの現場における共同研究の展開
・次世代を担う研究者の育成
勿論,これまで何の試みも行われてこなかった,というわけではありません。例えば,地球観測の分野では,GEOSS(複数のシステムからなる地球観測システム)が政府レベルの合意のもとで3年前から開始されました。60ヵ国以上の国や国際機関が参加し,連携して観測を行うとともにデータを共有するためシステムの構築をめざしています。
今年は,洞爺湖サミットに関連して環境政策レベルで大きな動きが予想されますが,環境研究においても国際的な連携は避けて通れません。環境研究の分野における外交的成果は皆で共有できるものでありたいと思います。
執筆者プロフィール
今年3月まで兼担していた大学も卒業し(3月19日に最終講義),4月からは環境研専任となりました。少しは,テニスにも時間が割けるかなと期待しています。