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微生物を利用して汚染土壌からヒ素を除去する

【研究ノート】

山村 茂樹

ヒ素と土壌汚染

 多くの方が,「ヒ素」と聞くと「毒物」を連想されると思います。事実,ヒ素は,その化学的形態によって毒性も異なりますが,高い急性毒性及び慢性毒性,さらに発がん性を有していることが知られています。古来,支配層や富裕層の人々が銀食器を使ってきた理由の一つには,銀とヒ素が化学反応を起こして変色することを利用して,毒殺されることを防いでいたという説もあるぐらいです。しかしその一方で,自然環境中はもとより生物の体内にもごく微量ながら存在しており,その生存に必須の元素であることも明らかとなってきています。また,生物への毒性の高さから農薬や木材防腐剤として利用されてきた歴史があり,最近では,発光ダイオードや半導体レーザー,半導体ガラスといった各種工業製品の原材料としても利用されています。

 さて,そんな「毒物」以外の側面では私たちの生活に大きな恩恵を与えているヒ素ですが,管理・利用が適正に行われなかった場合には,やはり,その毒性の高さから汚染物質として問題となります。最近では,土壌汚染対策法の施行を契機として,工場跡地の再開発などに伴う土壌汚染の顕在化が重要な社会問題となっていますが,なかでもヒ素は検出頻度の高い汚染物質の一つとして知られています。現在その処理には,多くの場合,汚染された土壌の封じ込めや掘削除去が適用されていますが,一般的に極めて高コストであるうえ,処理によって土壌自体を失う,もしくは処理後の土地利用が大きく制限されてしまうという制約があります。そのため,日本国内には,コストの高さから処理を行う事ができない,あるいは処理後の土地利用の制限から低・未利用地となる可能性の高い土地が,約2.8万ヘクタール(東京23区の面積の約半分に相当)も存在しているといわれています。そこで,私たちの研究グループでは,環境中でのヒ素の循環・挙動に大きく関わっている微生物の活動に注目して,土壌浄化へと応用可能な微生物反応を見いだしました。さらに,それを有効に活用することで,汚染土壌から低コストでのヒ素除去を可能とし,かつ処理後の土壌の再利用が可能な浄化技術の開発を行っています

ヒ素で呼吸する微生物

 通常,ヒトを含めた高等生物の呼吸では,有機物を酸化分解してエネルギーを取り出す過程で,化学反応を効率よく完結させるために分子状酸素(O2)を利用しています。しかし,ある種の微生物は,この呼吸に酸素以外の物質を用いることがあります。これを嫌気呼吸と呼びます。嫌気呼吸に用いられた物質は,還元されて酸化数の異なる化合物へと変化します(通常の呼吸では酸素(O2)が水(H2O)へと変化します)。例えば,窒素の無機化合物である硝酸(NO3-)が嫌気呼吸に用いられて還元されると亜硝酸(NO2-)が生成し,さらに亜硝酸が還元を受けると窒素ガス(N2)となります。この一連の反応を行う微生物は脱窒菌と呼ばれ,富栄養化の原因となる窒素成分を除去するために排水処理の過程で利用されることもあります。この他にも,環境中には実に様々な物質を嫌気呼吸に利用する微生物がいます。ヒ素も例外ではありません。

 一概にヒ素といっても無機態から有機態まで様々な化学的形態がありますが,土壌中では大半が無機態であるヒ酸(AsO43-)と亜ヒ酸(AsO33-)の形で存在します。ヒ素を呼吸に使う微生物は,このうちヒ酸を酸素の代わりに利用するわけですが,その過程でヒ酸は亜ヒ酸へと還元されます。ここで,ヒ酸は吸着性が強いため,土壌中では鉄やアルミニウム酸化物などの粒子に吸着・固定化されていますが,亜ヒ酸になると吸着性が大幅に低くなり,水へ溶け出しやすくなります。

汚染土壌浄化への利用

 汚染土壌中でのヒ素は,多くの場合がヒ酸の形態で存在するため,上述の微生物作用をうまく利用すれば土壌からヒ素を取り除くことができます。つまり,汚染土壌とヒ酸で呼吸をする微生物(ヒ酸還元菌)を含む培養液を混合し,土壌粒子中のヒ酸を還元してヒ素を液中へと移動させれば,土壌を浄化する事ができるわけです(図1)。反応が終了した後,土壌と培養液を重力で分離すれば,得られた浄化土壌をその場の土地に戻して再利用することができます。また,浄化の過程でヒ素を含む廃液が生成してしまいますが,既存の凝集沈殿などの技術を使えば適正に処理することは難しくありませんし,方法によってはヒ素を資源として回収できる可能性もあります(図2)。

図1 微生物による汚染土壌からのヒ素除去の原理
図2 ヒ酸還元菌を利用したヒ素汚染土壌浄化プロセスの概念図

 実際に,国内某所の工場跡地から採取した汚染土壌を使って,実験室でヒ酸還元菌による浄化実験を行った結果を図3に示します。左側のグラフは,土壌と混合した培養液中のヒ素濃度の変化を表したものです。ヒ酸還元菌を加えた添加系では,開始直後から液中のヒ素濃度が徐々に増加していく様子がわかります。これは,汚染土壌中に含まれていたヒ素が,液中へ移動していることを示しています。一方で,ヒ酸還元菌を加えていない非添加系でも多少の濃度の増加が見られますが,菌を加えた添加系と比べるとかなり低い値となっています。この両者の顕著な差が,ヒ酸還元菌の働きによって汚染土壌からヒ素が除去されていることを示しています。また,右側のグラフは,実験終了後(7日後)に土壌と培養液を分離して,実際に土壌に残っているヒ素の濃度を分析した結果です。やはり,ヒ酸還元菌を加えたことで土壌中のヒ素を大幅に除去できていることが確認でき,実験開始前には220mg/kgあったヒ素を約100mg/kgにまで減少させることができました。これは,土壌汚染対策法に定められる含有量基準値(150mg/kg)を十分にクリアする値です。また,土壌成分の分析を行ったところ,ヒ素以外の成分(ミネラル成分など)の濃度は実験前後でほとんど変わっていませんでした。つまり,これら一連の実験・分析から,ヒ酸還元菌を用いることによって,土壌自体にはダメージを与えずに浄化を達成できることが明らかとなりました。

図3 汚染土壌を用いた浄化実験の結果
左:培養液中のヒ素濃度の経時変化,右:実験前後の土壌中のヒ素濃度

おわりに-今後の展望-

 一般的に,生物を利用した浄化技術はエネルギーやコストがあまりかからないというメリットがあるので,ヒ酸還元菌を利用したこの方法は,現状の汚染土壌処理法の課題点を解決できる新たな浄化技術になり得ると考えられます。実用化に向けてはまだクリアするべき課題も多いですが,現在では,様々な濃度のヒ素を含む汚染土壌に利用できるように,さらに浄化効率を上げる工夫を試みています。また,ここでは土壌の浄化に主眼を置きましたが,土壌から取り去ってもヒ素自体は消えて無くなるわけではありません。つまり,その後の処理を適切に行わなければ,再び汚染物質となってしまうことを忘れてはなりません。既に述べたように,ヒ素は貴重な資源でもあることから,浄化の過程で工業利用できる形で回収することが理想であるといえます。実は,ここでもヒ酸還元菌を使っているメリットが生きてくると考えています。なぜなら,この菌は汚染土壌中のヒ素だけを反応させて溶かし出すため,酸などの薬剤を使って溶かし出すよりも夾雑物が少なく,純度の高い状態でヒ素を回収できる可能性が高いからです。そのため,最終的には浄化を達成した後の毒性物質の適正な管理・再利用を考慮に入れ,汚染環境の修復と資源再生を同時に達成できる総合プロセスに発展させていきたいと考えています。

(やまむら しげき,水土壌圏環境研究領域
水環境質研究室)

執筆者プロフィール

 幼い頃,下水処理の制御に携っていた父の仕事について,「微生物で水をきれいにしている」と聞かされたことを何故か鮮明に覚えています。その頃は将来自分が,「微生物で土をきれいにする」研究を仕事にすることになるとは夢にも思いませんでしたが,今では微生物が作る伝統的飲み物(酒類)をしこたま飲むことも,すっかり生活の一部になっています。三つ子の魂百まで。