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エアロゾル濃度・成分同時分析器の開発

【研究ノート】

久米 博

1.はじめに

 工場や自動車などから排出されるエアロゾルは,大都市域や幹線道路沿いにおける大気汚染の主要な原因物質です。日本では,粒径が10μm以下の浮遊粒子状物質には環境基準が定められており,各都道府県で合計1900ヵ所あまりの測定局において濃度測定が行われています。しかし,このような多くの定点観測網を持ってしても,局所的に変化する濃度分布を知ることはできません。そこで,我々は,最近めざましく発展しているナノテクノロジーの力を借り,時間的・空間的に高密度な観測に対応させうる小型・省電力化されたエアロゾル分析器の開発に着手しました。

2.従来のエアロゾル濃度測定法

 上記測定局におけるエアロゾル濃度の自動測定法には,湿度変化などの影響を受けにくいβ線吸収方式が主に用いられています。この方法では,フィルターに捕集されたエアロゾルに,14Cなどの放射性同位元素から放出されるβ線を照射します。照射されたβ線はフィルターとエアロゾルによって吸収されますが,このβ線が通過する割合を測定してエアロゾルの濃度を求めています。大気汚染防止法による従来の測定対象は10μm以下の粒子でしたので,放射性同位元素に関する現在の法規制のもとで使用できる線源でも,測定可能な量の粒子が捕集できました。しかし,粒径のさらに小さい2.5μm以下の粒子(PM2.5)を対象としなければならないとすると,捕集量が少ないために,それを分析するのに必要な線源強度が十分ではなく,測定精度が下がるという欠点があります。だからといって,強いβ線源を使おうとしても,少なくとも現在の日本では,安全性の面から実用的な装置を作ることができません。

 さらに,エアロゾルの濃度だけでなく,その成分を同時に参照したほうが,発生源や動態をより正確に解明できます。すなわち,PM2.5を含むエアロゾル研究の今後の発展には,ポータブルで,濃度測定には放射性同位元素が不要であり,さらに成分分析も行える計測機器の開発とそれを用いたモニタリングが必要となります。

3.エアロゾル濃度・成分同時分析器

 図1に,現在開発中のエアロゾル濃度・成分同時分析器を示しました。この装置の最大の特徴は,β線源のかわりに,大気中に電子線を取り出せる小型の電子銃を使うところにあります。これによって,放射性同位元素に係わる法規制をクリヤーでき,装置の設置に対する自由度が増します。また,照射される電子線のエネルギーが小さくなるにつれて,物質による吸収量は大きくなります。すなわち,電子線のエネルギーをできるだけ小さくしたほうが精度の良い測定ができることになります。電子銃であれば,電子線の強度をそれほど犠牲にせず,そのエネルギーを可能な限り小さくできるという利点もあります。

 この電子銃には,二つの重要な構成要素があります。その一つが,強い電界の力で電子を引き出す電界放出型の電子源です。このタイプの電子源を採用するのは,加熱によって電子を放出させる従来の熱陰極型の電子源に比べ,動作電力を2桁程度小さくできるからです。様々なフィールドにおけるエアロゾル計測の必要性を考えると,商用電力を必要とするのは望ましくありません。装置全体の消費電力を50 Wまでに抑えれば,近い将来,性能の向上した小型燃料電池や太陽電池で長期間稼動できるようになるでしょう。そのためにも,電子銃の動作電力はできるだけ小さくする必要があります。もう一つは,電子線透過薄膜です。この薄膜の役目は,電子源を真空下に保ちながら,電子線だけを大気中に取り出すことです。シリコンやダイヤモンドを材料として使う予定ですが,電子線のエネルギーが低いために,電子を取り出す部分の厚みを1~3μmまで薄くする必要があります。

 また,同じ電子源を利用すれば小型のX線源も構成することができます。すなわちこの装置は,小型で省電力の電子銃・X線源を備え,前者を用いて電子線透過法による濃度測定を,後者を用いて蛍光X線法による成分分析を行える設計となっています。さて,本装置の開発は,まず,真空度の要求がそれほど厳しくない炭素系の電界電子放出材料を探し求めることから始めました。

エアロゾル濃度・成分同時分析器のイメージ図(クリックで拡大表示)
図1 エアロゾル濃度・成分同時分析器(特開 2004-144647)

4.新しい炭素系電子放出材料-GRANC

 炭素系の電子放出材料としてすぐに思い浮かぶのは,カーボンナノチューブ(CNT)です。たしかに電子放出特性に優れているCNTですが,安定性や寿命の点で問題があり,さらに作製コストがかかりすぎるという欠点を持っています。そこでわれわれは,より安価で高性能な電子源として,グラファイトを原料とする材料GRANC(GRAphite NanoCraters)を見いだしました。

 GRANC電子放出源(GRANCカソード)は,棒状のグラファイトを機械加工によって先端を尖らせ,次に,マイクロ波プラズマCVD装置を用いて,その先端を水素プラズマエッチングによってナノ構造化することによって作製します。図2に,GRANCカソードの電子顕微鏡写真と,代表的なエッチング条件を示しました。この条件では,グラファイト表面に,直径がおよそ500 nmで,深さが2μm程度のクレータが無数に作られます。

 このようにして作製した直径0.5mm程度のGRANCカソードが示す電子放出特性を図3の実線で示しました。同図の破線は,機械加工を施して先端を先鋭化しただけの試料が示す電子放出特性です。横軸は印加する電界で,GRANCカソードでは,およそ4V/μmで電子が出てくることがわかります。一方,先端を先鋭化しただけでは,ほとんど電子放出が見られません。すなわち,プラズマエッチング処理によるナノサイズのクレータ生成が電子放出に有効であることがわかります。ところで,電子放出を起こす印加電界は低いほうがいいのですが,CNTの電子放出は,4V/μmくらいから起こり始めるので,GRANCカソードの電子放出電界値は,CNTのそれに匹敵します。また,CNTは,電界強度を増しても電流密度があまり大きくなりませんが,GRANCからの電子放出では飽和する様子が見られず,印加電界が22 V/μm で25 mA/cm2という大きな電流密度が得られることがわかっています。このように,GRANCカソードは,安価なグラファイト材料を機械加工してエッチングするという簡単な方法で作成することができ,さらにCNTと同等以上の電子放出特性を持つため,本研究で開発すべき小型電子銃とX線源に好適な電子放出材料となることが実証されました。

顕微鏡写真と条件の説明
図2 GRANCの電子顕微鏡写真とエッチング条件
電界強度と電流密度のグラフ
図3 GRANCカソード(実線)とプラズマ未処理カソード(破線)の電子放出特性

5.おわりに-開発の現状

 GRANCカソードを備えたX線源と電子銃は,それぞれプロトタイプが完成し,現在,長期間安定性試験を行っています。来年度からは,エアロゾル濃度・成分同時分析器への組み込みを始め,装置としての完成を目指す予定です。

 (くめ ひろし,化学環境研究領域)

執筆者プロフィール:

簡単にできるだろうと思っていたのに,実は大変難しくかつお金もかかる技術であることがわかって,あわてさせられることが多い。しかし,中には,おもしろいからという理由だけで乗り気になってくれる人がいて,そのような人たちとの協力関係を楽しみそして大切にしている。