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ヨシ原の分布とオオヨシキリの生息分布の予測

シリーズ重点特別研究プロジェクト:「生物多様性の減少機構の解明と保全」から

永田 尚志

ヨシ原と鳥の巣の写真
写真 利根川河川敷(手前)と放棄水田(道路の奥)に広がるヨシ原
俳句の夏の季語として昔から日本人に親しまれているオオヨシキリ(左下)は,ヨシの茎に巣をかけてヒナを育てます(右下)。空中写真より過去30年間のヨシ原の変化を調べて,オオヨシキリの分布の変化を推定した。

 生物多様性を保全するためには,生物がどのように分布しているかを把握する必要があります。日本国内のさまざまな生物の分布状況を把握する目的で環境省では自然環境保全基礎調査(通称:緑の国勢調査)を実施しています。しかし,実際の調査では,調査者の数が不足していたり時間が短かったりと制約があるため,すべての地域がくまなく調べられているわけではありません。鳥類では,約1km四方の3次メッシュ単位で調査されていますが,全国の5%弱の面積の地域が調査されているにすぎません。そこで,現在,植生図や地形などの情報をもとに鳥類の生息分布を推定する手法について研究を行っています。ここでは,夏になると東南アジアから渡ってきて日本で子育てをするオオヨシキリという鳥を例に生息分布を推定する方法を紹介します。

 オオヨシキリは昔から日本人には馴染みの鳥で,ギョギョシ,ギョギョシとヨシ原でけたたましく鳴くことから,「行々子(ぎょうぎょうし)」として俳句の夏の季語にもなっています(写真参照)。ヨーロッパでは個体数が減少して絶滅危惧種となっている国もあります。日本では,ヨシ原の減少に伴って個体数が減少しているものの,まだ個体数が多いので今のところ絶滅の危険性はありません。多くの研究者によって生態が解明されていて,オオヨシキリは日本で最も繁殖生態がわかっている鳥のひとつです。関東地方では,オオヨシキリの雄は4月中旬頃に東南アジアから渡ってきて,ヨシ原に「なわばり」を構えて後から渡ってくる雌を待ちます。雌は2週間ほど遅れてやってきて,雄自身や「なわばり」の質を評価して雄と番い,ヨシ原に巣を作り,産卵,子育てを行います。このように,オオヨシキリにとってヨシ原は,繁殖場所として不可欠な生息環境になっています。そこで,国土地理院の空中写真から,霞ヶ浦周辺のおよそ2000hの地域の植生図を作成し,ヨシ原を抽出しヨシ原の分布を解析しました。

 1970年代前半の空中写真から作成した植生図と1990年代後半の空中写真から作成した植生図を比べてみると,この20年あまりの間で市街地域が増加していることがはっきりわかります(図1)。霞ヶ浦周辺におけるヨシ原の面積は,この地域の総面積のたった1.3%にすぎません。1970年代前半の植生図と比べてみると,過去20数年間で,霞ヶ浦周辺のヨシ原の総面積は2783ヘクタールから2532ヘクタールへと7%程度減少しているだけでした。しかし,ヨシ原の分布を細かく眺めてみると,霞ヶ浦湖岸や利根川河川敷に広がっていたヨシ原が大きく減少し,代わりに水田地帯で小さいヨシ原の数が増加していることがわかりました(図2)。特に,霞ヶ浦では,1970年代初めに湖岸に423ヘクタールも広がっていたヨシ原が,現在では半分以下の183ヘクタールにまで減少しています。1970年代のヨシ原の大きさは,1ヵ所あたり平均14.2±1.95ヘクタール(N=783)ありましたが,現在ではその4分の1以下の平均3.1±0.32ヘクタール(N=857)しかありません。また,1970年代前半には霞ヶ浦周辺に21個あった30ヘクタール以上の広いヨシ原が,1990年代後半には約半分の12個にまで減少していました。このことは,霞ヶ浦湖岸や利根川河川敷に広がっていたまとまった面積の大きいヨシ原が縮小したり,消滅したのに対して,放棄水田に発達したヨシ原が増加したため,個々のヨシ原サイズが小さくなり,断片化が進んでいることを示しています。このように空中写真を解析することで生息環境の変化が見えてきます。

1970年代前半と1990年代後半の霞ケ浦の図
図1 霞ヶ浦周辺の土地利用の変化
1970年代前半と1990年代後半の霞ケ浦周辺のヨシ原変化の図
図2 ヨシ原の分布の変化

 ヨシ原があるからといって,かならずしもオオヨシキリが生息しているわけではありません。そこで,最近の空中写真から作成したヨシ原の分布図をGPSに取り込んで野外に持って行き,霞ヶ浦周辺のヨシ原をすべて踏査して,それぞれのヨシ原に何羽のオオヨシキリがさえずっているかの生息状況を調べました。実際には,オオヨシキリが生息していたヨシ原は全体の42%にすぎませんでした。そこで,どのようなヨシ原にオオヨシキリが分布しているかを地理情報システムを用いて解析してみました。オオヨシキリが生息していたのは,水辺に近い標高20m以下にあるヨシ原らしいことがわかりました。さらに,統計モデルを用いて詳しく解析してみると,ヨシ原の標高と大きいヨシ原からの距離の2つ変数がオオヨシキリが生息しているかどうかに影響をあたえていることがわかりました。ヨシ原にオオヨシキリが生息する確率は,図3のような面グラフになります。オオヨシキリの生息確率はヨシ原の標高が低いほど高くなるが,面積が0.5ヘクタール以上ある大きいヨシ原から距離が離れるにつれて低くなることがわかりました。これまでの研究から,霞ヶ浦では面積0.5ヘクタール以下の小さいヨシ原では捕食や波浪等によって繁殖が失敗する割合が高くなることがわかっています。そのため,たくさんのヒナを巣立たすことの可能な大きいヨシ原から周辺の小さいヨシ原に個体を供給されるような個体群の構造をしていると考えると,大きいヨシ原から距離が離れるにしたがって生息確率が減少していくという現象をうまく説明できます。このため,近傍に個体を供給する大きなヨシ原がない孤立した小さいヨシ原にはオオヨシキリは渡来しないことが予測できます。そこで,オオヨシキリを保全するためには10km以内に周囲に個体を供給できる大きなヨシ原を配置する必要があることがわかります。

生息確率の図
図3 ヨシ原にオオヨシキリが生息する可能性

 このオオヨシキリの生息を予測するモデルを用いて,霞ヶ浦周辺のヨシ原にオオヨシキリが生息しているかどうかを予測したところ,70%のヨシ原で現在のオオヨシキリの分布を再現することができました。モデルから計算された生息確率が10%以上のヨシ原をオオヨシキリにとって好適なヨシ原であるとすれば,現在,オオヨシキリの生息に好適なヨシ原は全体の2割の500ヘクタール程度しか残っていないことになります。この予測モデルを1970年代前半のヨシ原の分布にあてはめてみると,30年前のほとんどのヨシ原がオオヨシキリにとって好適なヨシ原であったことが予測され,生息個体数も現在の2~5倍は生息していたと考えられます。

 日本国内に広く分布している生物でも連続して分布することは非常に稀で,実際には不連続に生息しています。オオヨシキリのように日本全体で見れば広く分布している種でも,生息地のヨシ原は不連続な分布をしています。多くの鳥類は複雑な環境に生息しているため,オオヨシキリのようにひとつの生息環境で抽出できるわけではありません。現在,第6回の自然環境保全基礎調査で得られた繁殖期の鳥類分布をもとに,複数種の生息予測モデルを開発中です。このような生物の分布要因を決めるモデルを開発することで,過去の生物の分布を推定したり,今後の大きな環境改変にともなう生物の分布予測が可能となります。これらは,大規模開発による影響予測や保護区を設定するときに役立つと考えられます。

(ながた ひさし,生物多様性研究プロジェクト)

執筆者プロフィール:

つくばに来てからヨシ原でばかり調査していて,久しく初夏の森に出かけていませんでした。今年,筑波山と加波山で調査する機会があり,久しぶりに青や黄色の原色の派手な夏鳥にであいました。今年は,赤い鳥を探しに夏山にでかけてみようかなと思っています。