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“ヒト”のための環境研究

巻頭言

高野 裕久

 平成17年1月1日付けで環境健康研究領域長を拝命し,はや,半年が過ぎようとしております。研究の現場をしばし(?)離れ,日々,机上の業務に忙殺され,とまどいを感じながら毎日を過ごしてきました。最近,ようやく一段落を感じつつあり,様々なことに思いを巡らすことが,時折ではありますが,できるようになってきました。

 さて,「自然環境」という言葉などに代表されているように,我々人類“ヒト”は,「環境」という言葉の持つ概念を,「人為」に相対する「自然」に深く関連する存在としてしばしば意識しています。しかし,「環境」という言葉は,元来,“ヒト”を取り巻く種々の状況や物質を意味するものです。エゴイステイックと感じられる方もおられるかもしれませんが,「環境」の中心に位置する存在は,我々“ヒト”にほかなりません。それでは,その中心たる“ヒト”にとって,周囲の「環境」がもたらしうるもっとも深刻かつ直接的な脅威は何でしょう? 多くの方々が,『それは,「環境」が“ヒト”の生命活動に及ぼす悪影響である。』と考えておられるのではないでしょうか。生命活動への悪影響は,集団のレベルでは「災害」として,各個人のレベルでは,「健康影響」あるいは「疾患」として表現されてきます。こういった観点から,「環境」が“ヒト”に与える健康影響に関連する研究は,広範な環境研究分野の中でも,特に,個人の生命と生活に最も密接に関連し,重要かつ切実な一分野を形成しているということができます。

 個人的には,アレルギー疾患(花粉症,アトピー性皮膚炎,気管支喘息,等)の激増を身をもって実感し,その原因解明と適切な対策の必要性を痛感してきました。一方,「疾患」の発症や悪化,「健康影響」の発現を規定する二大要因は,「遺伝因子」と「環境因子」です。近年におけるアレルギー疾患の増加があまりにも急速であり,「遺伝因子」が短期間で変化したことが原因であると考えるのは困難であるため,「環境因子」の急変がその主要因であると考えられています。『アレルギー疾患を急増させた環境因子は何であるのか? それに対する対策はどうあるべきなのか?』これが,私が環境医学研究に取り組むことになった契機でもあります。「現代病」と名付けられ,近年,急速に増加している「疾患」や病的状況は,アレルギー疾患以外にも,肥満,高血圧,糖尿病,行動異常,等々と少なからず存在します。こういった「疾患」やより軽度の「健康影響」についても,その発現,悪化,増加に関わる環境因子を明らかにしてゆくことは,国民の健康や健やかな発育を守るために,非常に重要な課題と考えられます。

 公害による健康障害が具現化した過去のみならず,現在においても,環境汚染による健康影響を受けている人は皆無とは言えません。当研究所における研究も,研究のための研究ではなく,“ヒト”のための環境研究であるべきことは,言うまでもありません。個人的には,当研究所で健康に関わる研究に携わっている研究者は,究極的に,『「環境」が“ヒト”,個人に与える「健康影響」を探知し,そのメカニズムを解析し,環境影響の低減と未然防止を企図し,国民(個々)の健康と福祉の増進に貢献する。』ことをめざしているべきであると考えております。

 気恥ずかしさを感じながらも,『世のため人のため』との初心を持ち,現在の職業等に就かれた方も,世の中には数多くおられると思います。我々,研究者も,『机上のデータ,機器,培養細胞,実験動物の先に,いつも“ヒト”の存在を意識し,“ヒト”のための環境研究を推進してゆく。』ことを心がけたいと考えております。

(たかの ひろひさ,環境健康研究領域長)

執筆者プロフィール:

思いの外,研究所暮らしも長くなりました。偉そうなことを書きながら,自身の研究が,一体,世のため人のためになっているのだろうかと自省しながら,今後の方向性を模索しています。40をはるかにこえながら,不惑とはほど遠い状況です。