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幹線道路周辺の大気汚染の軽減策を探る

シリーズ重点特別研究プロジェクト:「大気中微小粒子状物質(PM2.5)・ディーゼル排気粒子(DEP)等の大気中粒子状物質の動態解明と影響評価」から

松本 幸雄

沿道大気汚染の軽減策を考えるプロジェクト

 自動車から排出される窒素酸化物や粒子状物質などの大気汚染物質は人々の健康に有害であることが実証されています。特に,ディーゼル車は,ディーゼル特有の炭素や有機物からなる有害な粒子やガスを排出します。ディーゼル車の多い幹線道路の周辺で汚染物質が特に高濃度になりやすいのですが,これは避けなければなりません。私たちは,このような交通量の多い道路周辺で有害物質が高濃度になるのを何とか軽減したいと考え,国立環境研究所,産業技術総合研究所,産業医学総合研究所,川崎市公害研究所の4機関による共同プロジェクト研究を2002年度から行ってきました。

 いうまでもなく最も本質的な解決策は,自動車の排気から有害物質をなくすことです。そのために自動車の排気の有害物質を減らすようエンジンなど自動車自体の改良の努力がなされてはいますが,残念なことにいまだに地域によって高濃度の状態が続いています。高濃度汚染を軽減する方法として,一度環境中に排出された有害物質を集めて環境濃度を目に見えるように下げるのは難しいことです。

 一方,道路周辺の汚染物質の濃度は,自動車が汚染物質を排出する速さと,汚染物質が風で薄められる速さの兼ね合いにより決まります。そこで,我々は沿道の高濃度汚染の軽減策を探るために,(1) ディーゼルエンジン燃料の改善によってどこまで排気中の有害物質を減らせるかという視点と,(2) どうすればディーゼル等から排出された物質が道路の周りに集中して高濃度になるのを避けられるか,という視点の両面から研究を進めてきました(図1)。

 (2)の視点では,主に拡散の促進を検討するので道路近くの自動車排気を広範囲に広げることに通じますが,沿道の人々が高い健康リスクを負う状況を避けるためには現時点ではやむを得ないと考えました。

 また,ディーゼル排出粒子には有害な有機物質が含まれるので,汚染状況の把握と燃料改善効果の確認の視点から,(3)排気粒子中に存在する有機物質(多環芳香族)の量を迅速に分析する方法の開発も並行して進めました(図1)。 (1)については,燃料を改善することにより粒子の排出を約50%程度に抑えられるとの成果が得られました。また,(3)では,沿道の粒子の迅速な測定が可能となりました。ここでは,国立環境研究所が行っている(2)の視点からの研究について風洞実験の結果を中心に紹介致します。

 研究の図
図1 研究のスキーム

風洞実験

 道路周辺の風と汚染物質の流れを調べ,さらに,どのような構造にすれば道路にはき出された有害物質が速やかに薄められるかについて検討するため,風洞の中に市街地の模型を入れて自動車から出た有害物質の広がりの様子を調べました。モデル地区として取り上げている川崎市池上新町交差点周辺域は,地上の産業道路のディーゼル車走行台数が多い上に,真上を高速道路が併走していますのでこの影響も気になります(図2)。また,産業道路を覆っている高架道路の柱と柱の間には,植物による浄化をねらってツル植物をはわせた壁(隔壁)がありますので(図3)このために汚染がどうなるかについても調べました。

測定する交差点の写真
図2 早朝の信号待ちの池上新町交差点
2004年9月16日(金)午前5時50分
隔壁の写真
図3 植物による大気浄化の効果を目指して,高架道路下部に設置された隔壁(グリーンウォール)
道路周辺の風の流れと汚染濃度をできるだけ詳細に再現するためにモデル地区の1/100の縮小模型(写真)を用いた実験を紹介します。流れはPIV法で求めました。
模型の置かれた風洞内の写真
写真 風洞内に設置された1/100市街地模型

 道路に横から風が当たるときの高架道路周辺の流れと汚染を調べると,高架道路の下に隔壁があるとき,流れは隔壁によって遮断されました(図4上)。隔壁の直前には高架道路前面で分かれた下降流が流れ込み,比較的強い渦を形成し濃度は高くなりません。一方,隔壁風下側の風速は風上と比べると非常に弱く,このために自動車排気ガスが滞留して高濃度を生じました(図4下)。これに対して隔壁が無い場合には,風はスムースに高架道路の下を通り抜けます(図5上)。沿道周辺市街地全体としてみると,地上濃度は隔壁が無いときのほうが低くなります(図5下)。これらのことから,隔壁を含めて道路の構造を考え直す必要があることがわかります。また,地上の交通の一部を高架道路に迂回させたり,歩道に排気ファンを設置して車道付近の高濃度汚染物質を上へ排気することによっても地上の濃度が下がることもわかりました。

 実験の結果
図4 隔壁があるときの流れ(上)と濃度分布(下)
 実験の結果
図5 隔壁がないときの流れ(上)と濃度分布(下)

 図6は排気ファンが停止しているときと,上空風速の3倍速度で運転したときの風の流れです。排気ファンによって道路と風下民家の濃度は約1/2に低下します(図7)。

 風の流れ
図6 排気ファン周囲の流れ
上:排気ファン停止時
測定結果
図7 排気ファンによる道路周辺の濃度分布の変化
排気ファン停止時(上)

現地調査

 道路周辺で汚染物質が広がる様子を実際に調べるため,ディーゼル車から多くでる10ナノメートル(1ナノメートル=10-9m)~1マイクロメートル(10-6m)の微小粒子と1マイクロメータ以上の比較的大きい粒子の個数濃度について道路周辺の分布を測定しました。その結果,大きい粒子の濃度は道路との位置関係や風向きの影響をそれほど受けず地域の広い領域の汚染にともなって変化するのに対し,小さい粒子は道路から離れると急激に濃度が下がり風下のときに高いことが確かめられました。小さい粒子の濃度が道路から離れると急激に下がるのは風と共に上に広がるためと推測されます。有害と思われる小さい粒子に歩道や住宅などにいる人々がふれないためには,道路上の汚染物質が上方に行くのを助けることが方法として考えられます。

軽減策のまとめの方向

 川崎市池上新町交差点の道路周辺を対象に拡散の面から研究した今までの成果を手がかりに,今後の対策については,次のように考えています。

● 地上の産業道路から排出する有害物質を速やかに薄めるために風通しをよくするように高架道路の構造等を考え直す必要がありそうです。

● 地上の産業道路のディーゼル交通の一部を高架道路に迂回させ,地上の交通量を減らすことが有望です。

● 地上の産業道路周辺に滞留する有害物質の拡散を促進するための方法として,例えば,上空へ速やかに上がるような設備を工夫する価値があります。

 本研究は環境省公害防止等試験研究費(地域密着)「ディーゼル車排出ガスを主因とした局地汚染の改善に関する研究」として実施しており,これらの成果をさらに詰めることにより,本年度末には具体的に沿道の有害物質濃度を下げるための方策を提示する予定です。

(まつもと ゆきお,PM2.5・DEP研究プロジェクト主任研究官)

執筆者プロフィール:

大学院では統計物理を専攻しました。入所してからは環境データベースの作成,環境統計など統計寄りの仕事に主に携わってきました。最近,大気中粒子の挙動の問題に関係するようになって,統計と物理の知識を共に使う機会が増えました。昔の知識のホコリを払って使っています。