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中国北東地域で発生する黄砂の三次元的輸送機構と環境負荷に関する研究

研究ノート

西川 雅高

 黄砂が研究テーマとして広く認知されたのは,ここ10年くらい前からである。最近では,国際的な学会誌(例えば,Journal of Geophysical Research)にその特集号が組まれるほど黄砂研究が盛んになってきた。地球規模で大気中に放出される一次粒子量は,人為起源系粒子が240(×100万トン/年),海塩系粒子が3340(×100万トン/年),土壌系粒子が2150(×100万トン/年)と見積もられている。その土壌系粒子のうち主要な割合を占めるのがサハラダストと黄砂(詳細は8頁からの環境問題基礎知識を参照)である。それら土壌系エアロゾルは対流圏の放射エネルギー収支に影響を与えることが知られているが,その発生量の増減自体が気候変動によって左右されていて,俗に言う卵と鶏の関係にある。その相互関係が定量的に把握されていないため全球的な環境影響評価も定まっていない。最近では,海洋プランクトンの増殖に関係する鉄イオンや島礁植物群への栄養塩の供給源として,さらには健康影響との関連性についても注目される物質となっている。黄砂を含む土壌系エアロゾルの環境科学的挙動を明らかにするためには,ますます分野横断的な研究が必要となっている。

 我々のグループが行っている黄砂に関する研究内容の説明をする前に,本文の内容を理解していただくために,関連用語について私なりの解釈をまず紹介したい。中国やモンゴルの内陸部で発生した「砂塵嵐」が黄砂の元であるが,その粒子群は小石サイズのものまで含まれている。それを「砂塵粒子」と呼ぶ。黄砂は発生後,数千kmの距離を風送される。中国沿岸部や日本以遠に達する風送粒子は粒径10μm以下である。そのような微小な黄砂を「黄砂エアロゾル」と呼び,風送される黄砂エアロゾル群全体を「黄砂塊あるいは黄砂雲」と呼ぶ。顕微鏡観察のように個々の粒子を対象とする場合は,大きさにとらわれず「黄砂粒子」として扱われる。そして,それらを区別せず大くくりにまとめたい時,一般的総称として「黄砂」を使う。気象分野では,飛来した黄砂塊で生じる視程障害現象を「黄砂現象」と呼ぶ。今回の記事ではそのような使い分けを行いながら解説する。

 国立環境研究所では,地球環境研究総合推進費による標記タイトルの黄砂プロジェクト研究を2000年からスタートさせた。プロジェクトは次の3分担課題から構成されている。以下にそれぞれの研究トピックを紹介する。

分担課題1.黄砂の三次元的動態把握に関する研究

 北京および長崎,東京,つくばの各定点で,飛来する黄砂塊の鉛直分布をライダー(レーザーレーダー)常時計測法で2001年から継続モニタリングしている。ライダーは,風送黄砂塊の高度分布をリアルタイムに観測できる装置である。偏光解消度(レーザー光が黄砂粒子に衝突し偏光する度合い)を用いて非球形の黄砂エアロゾルを分離計測し,散乱光を用いて高度別分布を求める方法を開発した。その測定値の定量性や他粒子と黄砂エアロゾルの分別性を高めるために,ろ過捕集法など他計測法によって得られた大気粉じん(TSP)濃度や粒径分布との検証も行っている。その結果,北京で観測するエアロゾル高濃度現象が黄砂現象によるのか大気汚染現象によるのかリアルタイム判定の信頼性が向上した。図1がその1例で,北京,長崎,つくばのライダー観測データをもとに2001年4月に飛来した黄砂塊を判定抽出したもので高度別に時系列表示したものである。気象情報によれば,2001年と2002年の中国内陸部やモンゴルでの中規模以上の砂塵嵐の発生回数に大きな違いがなかったと報告されている。ライダー観測を中心とするモニタリング結果の総合的解析から,この両年とも,北京の地上付近では,3月,4月に約6~8割の期間で主に黄砂現象と考えられる土壌系エアロゾルの高濃度状態が観測されたが,つくばでは,2002年に飛来した黄砂塊の方が圧倒的に地上付近で観測されることが多かったことが分かった。このようなモニタリング結果は,黄砂の輸送-降下・沈着現象を解明するためのモデル開発にとって有益な検証データとなる。

観測結果の図
図1 ライダー観測結果を基に作成したカテゴリー別時間光度断面図
(朱色:mineral dustで表すカテゴリーが主に黄砂)

分担課題2.黄砂の輸送過程中での化学的動態変化に関する研究

 中国内陸部砂漠・乾燥地帯から日本まで風送された同一の黄砂エアロゾルを多点捕集し,化学成分の分析を行っている。モニタリングと分析手法の精度管理を厳しく行えば,黄砂にもともと含まれている化学成分種と黄砂に付着している可能性の高い化学成分種を区別することができる。もし,黄砂中にもともと含まれている成分であるなら,同一黄砂試料中のアルミニウム(Al)基準の化学成分相対濃度比(Al)は土壌系粒子の骨格を成す成分でその含有率は一定と見なす)は一定となるはずである。その考えのもとに,同一黄砂塊を風送距離別に多点捕集・化学分析し,結果を図2のようにまとめた。元素ごとのバー(縦棒)の長さが短ければ,もともとの黄砂粒子に含まれていた成分であることになり,バーが長ければ風送過程中で付加された成分種である可能性が高くなる。その区分基準を相対比値で0.5以上1.5未満とした。図中にまとめたように,アルミニウムからナトリウム(Na)までの成分は黄砂粒子にもともと含まれていた成分グループ,他方,フッ素イオン(F-)から硝酸イオン(NO3-)までのグループは風送過程中で黄砂粒子に付加した成分である可能性が高い。

図2
図2 多点捕集した同一黄砂試料中の化学組成変化
(発生源から日本まで5モニタリング地区を設置)

分担課題3.黄砂の三次元的輸送モデルの構築と負荷量推定に関する研究

 黄砂エアロゾルの輸送過程はライダーや多点地上観測網でとらえることができるが,発生原因や発生予測,輸送過程での広がり分布を探るには検証モデルの構築が有効である。大気質モデルとして米国EPAの開発によるCMAQ(Community Multi-scale Air Quality modeling system)を,また,気象モデルとしてコロラド州立大学の開発による地域気象モデルRAMS(Regional Atmospheric Modeling System)を用いて,黄砂数値モデルの構築を進めている。現在開発中の構築モデルによる結果例を図3に検証モニタリングデータとともに示す。風送される黄砂塊の濃度変動が良く再現できるようになった。この検証モデルをさらに改良し,発生機構の解明や多年期間にわたる発生量変動の解明,発生源地別寄与率の推定,対策評価などに役立てることを目指している。

検証のグラフ
図3 モデル計算値と実測値の比較検証

黄砂研究プロジェクト組織の紹介

 標題の研究プロジェクトは,次の研究者グループによって精力的に行われている。その共同研究および協力機関も含めた組織を紹介したい。

 日本側研究組織は,

分担課題1グループ(杉本伸夫(課題代表),松井一郎,清水 厚,荒生公雄(長崎大学),村山利幸(東京海洋大学),鵜野伊津志(九州大学))

分担課題2グループ(西川雅高(課題代表),森 育子,的場澄人,中野孝教(筑波大学),坂本和彦(埼玉大学),谷村俊史(山口県環境保健研究センター))

分担課題3グループ(菅田誠治(課題代表),杉本伸夫,西川雅高,早崎正光)また,共同研究を行っている中国側研究組織は,日中友好環境保全センター(全 浩(代表),董 旭輝(副代表))および各省環境観測站研究者である。

 また,この黄砂研究プロジェクトは,日中友好環境保全センターJICAチームとの相互協力,民間企業や市民のボランティア的協力によって支えられている部分があることもご紹介したい。

(にしかわ まさたか,環境研究基盤技術ラボラトリー環境分析化学研究室長・(併)黄砂研究チーム)

執筆者プロフィール:

今回紹介した内容は,黄砂研究チームが主体となって行っている黄砂研究全般にわたるホットな研究成果が中心です。私がその世話人を仰せつかっている関係で記事にまとめました。身体がそう丈夫な方でありませんが,砂漠や離島など人の少ない場所に行くのがあまり苦にならないのは,たぶん,海,川を問わない雑魚釣りが好きなのと能登半島付け根にある田舎出身者のためだろうと思っています。