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PM2.5・DEPの曝露量に基づく交通対策評価モデル

シリーズ重点特別研究プロジェクト:「大気中微小粒子物質(PM2.5)・ディーゼル排気粒子(DEP)等の大気中粒子状物質の動態解明と影響評価」から

新田 裕史

 PM2.5・DEP研究プロジェクトでは,都市大気汚染の低減のための交通・物流システムに係る対策の効果を,地域に居住する人口集団全体の大気汚染への曝露量を指標として評価する手法を検討している。このため,自動車交通量からのディーゼル排気粒子(DEP)排出量推計を介して環境濃度分布を推計し,さらに人の行動を加味した曝露評価モデルを用いることによって,対策による交通量や排出係数の変化が曝露量に与える影響を推計するシステムの開発を目指している。このシステムの概略は図に示すように大きく交通モデルと曝露モデルに分けられる。

図.交通モデルと曝露モデルの概要
 (OD交通量:ある出発地(起点,Origin)から目的地(終点,Destination)への起終点間の交通量,ITS:高度道路交通システム(Intelligent Transport Systems)。情報通信技術を 活用することにより人と道路とクルマを一体のシステムとして構築し,輸送効率,快適性,安全性の向上を図るもの,DPF:ディーゼル微粒子除去装置(Diesel Particulate Filter))
(図をクリックすると拡大します)

 交通モデルにおいては,まず自動車からのDEP排出量の推計と地域濃度分布の推計を行う。DEP排出量推計は,排出係数に自動車交通量を乗じる方法で求めることができる。実際には,車種やエンジン型式,規制年,重量別平均走行距離などの状況をできるだけ反映するように,諸条件を考慮した詳細な推計を行う。沿道の大気汚染および曝露の状況を知るためには,道路ごとの排出量を把握する必要がある。また,都市・地域レベルでの交通システム対策評価を行うためには,地域的な排出量を把握する必要がある。そのため,幹線道路からのDEP排出量と三次メッシュ単位(約1km四方)のDEP排出量を推計した。なお,交差点等の局所の大気汚染状況を推計するためには,加減速を考慮した排出係数の作成および渋滞長等を考慮した交通流モデルの開発が必要になる。現在開発中の動的交通流モデルは,時間変化に伴って変動する交通量と,道路上に存在する個々の車両の速度変化を再現する車両移動モデルと,各経路の目的地までの所要時間に応じて車両を配分する経路選択モデルから構成され,車両移動モデル内の車両は経路選択モデルで求められる配分率に従い道路ネットワーク上を移動する。

 一方,大気汚染物質への曝露モデルはこれまでもいくつか提案されてきた。最も単純なモデルは地域の環境大気濃度と当該地域の人口を掛け合わせることによって集団曝露量を推計するものである。一方,各種の調査から,人は多くの時間を屋内で生活し,大都市圏では通勤・通学によって毎日数十キロを移動する場合も多いことが示されている。想定する地域内での濃度の空間変動が大きい場合には,屋内と屋外での曝露の違いや常住地と就業・通学地での曝露の違いなどを無視したモデルは曝露実態とは異なる。しかしながら,個人個人の生活行動の多様性や環境濃度の空間分布の不均一性をすべて考慮すれば推計モデルは非常に複雑なものとなる。したがって,モデル開発の第1段階として,環境大気濃度推計モデルの現状での精度,および既存の国勢調査や生活時間調査から入手可能な生活行動データの空間・時間分解能を考慮して,市区町村単位の平均曝露量の推計を試み,第2段階として交通モデルとのリンクを可能とするために,メッシュ単位の推計を行うこととした。

 環境濃度推計モデルは交通モデルで推計したDEP排出量の地域分布と拡散モデルとによって,地域別のDEP環境濃度分布を求めた。第1段階のモデルとしては,三次メッシュごとに濃度予測計算を行った推計結果を利用し,これを市町村ごとに平均した値を適用した。

 人が1日(24時間)をどのように過ごしているかについてはNHK国民生活時間調査や総務省の社会生活基本調査などの資料がある。これらの資料に基づき,平日の生活時間パターンの全般的な特徴を整理して,1.農林漁業者,2.自営業者,3.家庭婦人,4.無職(幼児,高齢者など),5.勤め人,6.小学生,7.中学生,8.学生(高校生,大学生など)の8つの群ごとに,1.在宅(睡眠,起床,家事,等を含む),2.通勤・通学,3.就業・学業,4.外出(食事,買い物,所用,レジャーなど)の4つの行為別の生活時間の平均値を割り当てた。通勤・通学については国勢調査によって市区町村別に通勤・通学先の地域の情報が得られる。

 大気汚染物質の曝露推計では曝露の場所が屋外であるか屋内であるかは非常に重要である。しかしながら,上記の資料では,就業環境が「屋内」であるか「屋外」であるかは明らかでない。このため,便宜的に主として屋外就業,屋内・屋外の就業時間の半々,主として屋内就業の3つに分類した。

 以上のような類型化に基づき,曝露推計は在宅,通勤・通学,就業・学業,外出という4つの行為の平均時間と場所を決め,その場所におけるDEP濃度を与えることによって行った。

 千葉県松戸市を例として推計結果をみてみると,松戸市住民で東京都中央区への通勤者の就業地でのDEP曝露量は常住地(松戸市)での曝露量の約2~3倍程度と推計された。松戸市の人口は約45万人で,そのうちの半数が「勤め人」である。「勤め人」のうち就業地が松戸市内は約8万人である。松戸市外に通勤している人のうち東京23区内に就業している人は約9万人で,そのうちの約半数は千代田区,中央区,港区が就業地であった。従来の最も単純なモデルでは全人口が24時間常住地で屋外曝露すると仮定されている。今回開発したモデルでは,結果的に,松戸市の場合全人口平均で従来モデルの約5割増の曝露量となっていた。このことは松戸市と東京都中央区のDEP環境濃度推計値の差を反映したものであり,生活行動パターンおよび大都市圏中心部への通勤者の割合が大きいことを考えると就業地での曝露を無視することはできないことを示している。

 今回開発したモデルは通勤通学による移動や移動先での曝露を重視したものになっている。一方,常住地や就業・通学地が道路沿道にあるか否かなど局地的汚染状況については今回の第1段階モデルでは考慮されていない。また,入手可能なデータがなかったために,勤め人の場合には職業によって滞在場所を屋内と屋外に便宜的に割り当てている。したがって,屋内と屋外の滞在時間の比率によって曝露量は過大評価,過小評価両者の可能性がある。通勤・通学等の移動のための交通機関での曝露についても十分なデータが得られていない。このモデルの最終的な目標は,特定の道路で交通の量,質が変化した場合に,その道路近傍だけではなく,関東圏全域のような広い地域住民の曝露量がどのように変化するか,すなわち全体平均はどのように増加するか,減少するか,地域的にどのようにシフトするかなどに対して回答を与えようとするものである。これによって,都市大気汚染に係る交通・物流システム対策効果の評価を目指している。

 なお,ここで紹介したモデルは,本プロジェクトの交通公害防止研究チームと疫学・曝露評価研究チームの多数のメンバーの共同作業で開発が進められているものであることを最後に記しておきたい。

 (にった ひろし,PM2.5・DEP研究プロジェクト総合研究官)

執筆者プロフィール

 先日久しぶりに大学時代の同窓会に出席した。