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人工衛星データから私たちの地球を見守る

趙 文経

 髪が私たち人間の頭を保護しているように,植生は地球を守っていると言えます。その大切な植生を人為的に(商業伐採,農地の開発,住宅地への転用など)破壊し続けたことにより,洪水や気候変動などの異常現象が引き起こされています。いったい地球上の植生は今どうなっているのだろうか?昔と比べて,どう変わったのだろうか?これから我々はどうしたら良いのだろうか?などの問題に答えるために,地球上の植生を長期的にグローバルな視点からモニタリングしていくことがますます重要になってきています。

 そこでデータ収集上,広域性,反復性,継続性,定期性と言った面で利点がある衛星リモートセンシングは極めて有効であると考えられます。

 地球的あるいは地域的規模(数百~数千キロメートル)で植生の変化をモニタリングする上で,広範囲を高頻度で観測できるという特徴を持つNOAA衛星のAVHRR(改良型超高分解能放射計)センサは非常に有効な手段となります。国立環境研究所では,茨城県つくば市の研究所内と沖縄県黒島の海中公園センターにNOAA受信システムを設置して,北はカムチャッカ半島から南はマレー半島までの,東アジアのほぼ全域を観測しています。

 私たちの研究室では,このNOAA衛星データを利用して,地球環境モニタリングプロジェクト「衛星画像を用いた東アジア地域の植生・土地被覆状況モニタリング」の一環として,1996年,1997年の東アジア植生指数(Normalized Difference Vegetation Index:NDVI)月別モザイク図を作成しました。植生指数とは,植生のスペクトル反射特性から植生の量や活性度を表すために国内外の多くの研究者によって考案されてきた指数です。次の式のように定義されます。

NDVI = ( NIR - RED ) / ( NIR - RED )

 ここでNIRは近赤外における反射率,REDは可視光の赤の波長帯における反射率です。植物は赤色波長帯においては強い吸収,近赤外波長帯においては強い反射,という特徴を持つために,地表面の他の構成要素である土壌や水に比べてこの比率(植生指数)が高くなります。したがって,植生の量が多いほど,また植生の活性度が高いほど,植生指数は大きな値を持つことになります。更に,経年的な植生指数分布図を作成すれば,同じエリアの植生指数の比較によって,このエリアの植生の変化を把握することができます。例えば,森林火災が発生した年のNDVIは前年のNDVIより小さくなり,次年以降のNDVIの値からは失われてしまった植生の回復状況が分かると言えるでしょう。これらのエリアの積み重ねによって,地球上の植生の変化も把握できるでしょう。

 これまでの様々な研究結果によって,地球上の種々の気候区における異なる植生が示す最大のNDVI値はそれほど大きく異なるものではないことが分かっています。しかし,高い生産力を示す地域では,植生の活性度が高い期間が長く,NDVIの年間積算値が大きくなります。そこで,一定期間(一週間~一ヵ月)の合成NDVI(画像中の雲を除去したもの)の年間積算値を用いれば,植生の重要なパラメータとしての純一次生産力(Net Primary Productivity:NPP)を推定することができます。純一次生産力とは,一定区域内の植物が一定期間内に光合成によって合成した有機物の総量(総生産量)から,植生自身の呼吸による消費を差し引いた量を表しています。純一次生産力は炭素循環に関連した生物学的活性を定量的に評価する上で最も重要なパラメータの1つであるとされています。

 図は1997年月別の合成NDVIの年間積算値を示し,純一次生産力の大まかな分布を示しています。図から日本の南西部では東北部に比べて,全般に高い純一次生産力を示していることが分かります。NDVIの年間積算値から純一次生産力をより正確に計算するためには,植生のエネルギー変換効率(変換係数)を各生物群系(バイオーム)ごとに定める必要があります。これは私たちが現在進めている課題です。

日本国内の図
図 1997年月別の合成NDVI(植生指数)の年間積算値
日本の西部は東部に比べて高い純一次生産量を示している。

 このように衛星データを利用して地球上の植生をモニタリングすることは,人間の「定期健康診断」と同じように,地球の「病気」の早期発見につながり,また定期的・長期的に観測を行っていけば,より的確な「治療法」を見いだすことも可能になるでしょう。きっと地球の「病気」の予防法も見つかるのではないでしょうか。ここに私たちの研究の意義があると考えています。

(ちょう ぶんけい,社会環境システム部情報解析研究室,重点研究支援協力員)

執筆者プロフィール:

北海道大学大学院地球環境科学研究科博士課程修了。地球環境科学博士。
<現在の研究テーマ>リモートセンシングを用いた環境モニタリング手法の開発及びリモートセンシング手法と生態系モデルを結びつけた環境の解析,評価に関する研究。
<趣味>スキー,スケート,サッカー,卓球など。