PRTR(環境汚染物質排出・移動登録)
環境問題豆知識
田邊 潔
最近マスコミに取り上げられるようになり,PRTRという名称が徐々に知られるようになってきた。この制度自身は単純なもので,問題となりそうな化学物質を毒性や暴露可能性(生産使用量など)に基づいてリストアップし,その各環境媒体への排出量や廃棄物としての移動量を事業者が報告し,行政などが集計・解析や公表を行うというものである。
この制度は,1980年代後半に始まった米国のTRI(Toxics Release Inventory)や,1970年代にさかのぼるオランダのDEIS(Dutch Emission Inventory System)が原形となっている。1992年のUNCED(国連環境開発会議)において,PRTRという名称で制度の考え方と導入が推奨され,OECD が当該制度に関するガイダンスマニュアル1)を作成して1996年2月に導入を促す理事会勧告を出している。我が国では,平成9年度から環境庁によるパイロット調査が行われており2),平成10年11月には導入に向けた中央環境審議会の中間答申が出されている。
このようにPRTRが注目される理由はいくつかある。まず,市民や行政の立場からは,既に導入している国で大幅な排出削減が報告されており,これまで困難であった化学物質の管理が大きく前進することが期待される。また,包括的な排出実態の把握とそれに基づく総合的な対策立案などが可能となる。一方産業界にとっても,無駄な排出の削減による経済効果が期待でき,レスポンシブル・ケア3)やISO14000シリーズ4)などの環境配慮の流れと合致した比較的受け入れやすい制度である。もちろん,具体的に物質を選び,報告対象事業者を決め,それをどのように集計・解析・公表するかについては,市民,行政,産業界の意見が分かれるところも多い。しかし,化学物質による環境汚染が複雑化・広範化しており,その実態解明や対策がいかに困難であるかを考えると,この新しい制度とその可能性に期待が持たれる。
* 神奈川県化学物質環境安全管理指針など,十数の自治体が指針などを作成している。
1)環境汚染物質排出・移動登録(Pollutant Release and Transfer Register: PRTR),環境政策および持続可能な開発のための手法,環境庁化学物質対策研究会監修,(社)環境情報科学センター訳,化学工業日報社(1996.6)。
2)PRTRパイロット事業評価報告書,PRTR技術検討会(1998.9)。この他複数の関連報告書がある。
3)化学工業界を中心とした,主に化学物質の環境上適切な管理を自主的に進める活動。(社)日本化学工業会のレスポンシブル・ケア−96年度化学物質排出量調査結果−,(社)日本化学工業会(1998.1)など複数の関連報告書がある。
4)ISOにおける環境管理規格,乙間末廣,国立環境研究所ニュース,Vol.16(4),pp.3(1997.10)

目次
- 環境研究者の人事交流を促進させる
- クロスメデイア型環境問題への展開
- ディーゼル排気による慢性呼吸器疾患発症機序の解明とリスク評価に関する研究研究プロジェクトの紹介(平成9年度終了特別研究)
- 化学物質の生態影響評価のためのバイオモニタリング手法の開発に関する研究研究プロジェクトの紹介(平成9年度終了特別研究)
- 廃棄物埋立処分に起因する有害物質暴露量の評価手法に関する研究研究プロジェクトの紹介(平成9年度終了特別研究)
- ケンブリッジ(イギリス)滞在記随想
- デファレンシャルGPSを活用した湖沼調査法−尾瀬沼における事例−研究ノート
- 平成11年度地方公共団体公害研究機関と国立環境研究所との共同研究課題について
- 平成11年度国立環境研究所関係予算案の概要について
- 植物との語らい研究ノート
- 新刊紹介
- 表彰
- 人事異動
- 編集後記