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クロスメデイア型環境問題への展開

九州大学教授 鵜野 伊津志

 昨年4月に18年間過ごした国立環境研究所から九州大学の応用力学研究所海洋大気力学部門大気変動力学分野に異動になりました。環境研究所在職中には,“公害”研究所から“環境”研究所への大きな改組があり,研究テーマも,都市大気汚染から次第に拡大し列島規模・東アジアスケール大気環境問題へと変化しましたが,研究のスタンスとしては野外観測,データ解析,数値モデリングを中心に,実態把握とそのメカニズム解析をセットとして推進してきました。

 新天地の九大応用力学研究所は,福岡市の南に隣接する春日市の「九大筑紫キャンパス」にあり,基礎力学部門,海洋大気力学部門,プラズマ・材料力学部門の3つの部門を中心に力学シミュレーションセンターと炉心理工学研究センターで構成されています。“基礎”部門と“応用”部門を有するという点で国立環境研究所の組織と類似しています。

 海洋大気力学部門では,日本海を一つのフィールドに野外観測と海洋循環モデルを用いた日本海の海況予測等に関するプロジェクト研究が進められています。日本海は数値計算を進める上で手頃な大きさの割に,外洋で起こる海洋現象のほとんどを有する“小海洋”とも呼ばれています(こちらに来て初めて知ったことです)。対馬海峡から流入する対馬暖流の流れは大気側の気象変化(季節風)等の条件で,大きな季節変化を示すことが知られており,将来的に日本海を対象とし大気と海という異なるメディアを結合させる数値モデリングへの取り組みが研究対象の一つになる可能性があり,大変興味が持たれるものです。

 私の所属する大気変動力学分野研究室では,主に,大気の「量と質」の変動に関する研究を中心に,当面はアジア規模の大気環境研究に重点を置く予定です。その点では,研究は国立環境研究所時代の延長になっています。この分野は,大学院専攻の総合理工学研究科大気海洋環境システム学専攻の協力講座となっており,少ないながらも大学院生とともに研究を進める体制を構築しつつあるところです。

 日本海や東シナ海は,酸性雨等に代表される越境大気汚染の問題を扱う上で,非常に重要な役割を果たします。例えば,季節風の日変化により海上の降水量やその地域分布が大きく変化し,必然的に越境大気汚染濃度分布・湿性沈着量や海洋循環を変化させます。これは大気と海洋のみの組み合わせですが,例えば,アジア地域に特徴的なモンスーン気候は,陸上の植物生態系に影響を及ぼすと同時に生態系からの影響を受けています。そのため,気候と生態系を結合した系を考える必要があります。さらに,人間の経済活動は汚染物質の排出や土地利用改変を通じてこの系に大きな影響を与え,同時にこの系から影響を受けます。つまり,東アジアモンスーン地域の気候,生態系,水土壌系,人間の社会経済活動を結合したシステムとして現象を捕らえるとともに,総合的にモデル化を進める必要があります。すなわち,“大気・水土壌・植生”のようなクロスメディア型の環境問題としてのアプローチが次世代の環境研究に重要となります。

 国立環境研究所と大学との大きな違いは,前者が研究組織の構成が分野横断的な研究を進めることをある程度前提にしている点にあると思います。最近の環境問題,特に,地球環境問題の展開はこのようなクロスメディア型の研究の重要性と学際的な研究の必要性を意味しています。クロスメディア型の具体的な研究課題としては,

・酸性雨インパクト予測のための大気・水土壌・植生影響モデルの統合化

・CO2問題に関連した陸上及び海洋生態系と大気海洋結合モデルの開発

等々があげられ,最近参加したアメリカ地球科学連合(American Geophysical Union)の秋季大会でも,数理生態系モデルを地域気象モデルと結合させた気象・植生結合モデル(atmosphere-biosphere couple model)による異常気象を含む数年スケールの気候変動と植生応答に関する研究成果が出始めています。

 クロスメディア型の研究の展開は,国立環境研究所のもっとも得意とする分野であるべきで,この10年間で大きな研究成果が期待されるとともに,社会的要求のある分野と考えられます。個々の分野の研究成果をインテグレートする好機であるとともに,環境研究所のクロスメディア型の研究への積極的な新展開に期待したいと思います。

(うの いつし)

執筆者プロフィール:

九州大学応用力学研究所海洋大気力学部門大気変動力学分野・教授,転勤早々の福岡で身を持って体験した大規模な黄砂を機に,自然起源物質の越境輸送モデリングも開始しました。また,趣味を兼ねた3Dコンピューターグラフィックス,及び,Mac, PCとUNIXワークステーションを含むコンピュータを効率的に使い,SOHOを実現することに興味があります。