ユーザー別ナビ |
  • 一般の方
  • 研究関係者の方
  • 環境問題に関心のある方

高エネルギーイオンビーム分析装置

研究ノート

久米 博

 国立環境研究所には,加速器を使う分析装置が2種類設置されている。ひとつは,最新鋭の加速器質量分析専用装置として稼働している。もうひとつは,高エネルギーイオンビームを用いた表面分析を行うために導入されたものであり,本稿ではこちらを紹介しよう。

 まず,ここで言う高エネルギーとは,106eV(MeV)程度であるということを断っておかねばならない。ちなみに,一般的な化学反応は,10−3〜100eV(meV〜eV)の範囲で起こっている。通常,高エネルギーというと,巨大な加速器を使った未知の素粒子の探求という分野を思い浮かべる。そこでは,1012eV(TeV)にも達する大きなエネルギーを取り扱うため,MeVなどは極低エネルギーとしか見えない。しかし,種々の化学反応によって支配されている世界を学問の対象としている方々には,MeVはたしかに高エネルギーであると感じられるに違いない。

 さて,加速器によってMeV程度のエネルギーを獲得したイオンが試料に入射すると,さまざまな現象が起こる。高エネルギーイオンビームを用いた表面分析とは,それらを解析することによって,試料の表面とその近傍における,元素の組成ならびに分布状態を調べる手法の総称である。どのようなイオンを使うかは,測定目的によって最適なものを選ぶことができる。ただ,分析実行上の便宜さと装置的な簡便さから,陽子,あるいは1価,2価のヘリウムイオンを使う場合がもっとも多い。当研究所の装置も,陽子を2MeV,2価のヘリウムイオンなら3MeVまで加速できるよう設計されている。

 いくつかある手法のうち,すぐに環境科学への応用が考えられるのは,荷電粒子励起X線分析(Particle Induced X- ray Emission, PIXE)であろう。PIXEは,試料構成元素からの特性X線の発生という現象を利用した,高感度元素検出法である。感度は,測定したい元素の種類やその元素が置かれている環境,さらには,使用するイオンの種類とエネルギーに依存するので,一概には言えない。

 ただ,原子番号が15のPから48のCdまでの元素に対する感度がもっとも高く,試料を前処理することなしに1ppm程度を達成できるということが,目安となろう。また,われわれの装置の場合は,X線検出器の性能上,原子番号が11のNaより軽い元素,例えばCやNなどは検出できない。ところで,高感度元素検出法としては,蛍光X線分析のほうがより一般的かつ簡易で,その上,感度もPIXEに劣らない。しかしながら,PIXEの最大の特徴として,蛍光X線分析に比べて,試料がずっと少なくてよいということが挙げられる。したがって,フィルターを使って捕集したエアロゾルなど,多量に採取することができない試料に関する元素分析には,PIXEのほうが適していると言える。現在われわれは,SO2の乾性沈着の調査研究にPIXEを使おうと計画している。最近になって,定量化ソフトウェアも完成させたので,その使い勝手の検証も同時にできると期待している。

 PIXE以外の手法で,われわれの装置で行えるものには,ラザフォード後方散乱分析(Rutherford Backscattering Spectroscopy, RBS)と弾性反跳粒子検出分析(Elastic Recoil Detection Analysis, ERDA)がある。RBSは,試料表面近傍の結晶性が評価でき,ERDAを用いると,他の分析法では難しいHの分析が可能となる。このふたつの手法にも,環境科学への応用が考えられると思うので,興味のある方はぜひ申し出ていただきたい。そして,PIXEも含めて,高エネルギーイオンビーム分析装置を十分に活用した,ユニークな環境研究ができるよう願っている。

装置の写真
写真 高エネルギーイオンビーム分析装置

(くめ ひろし,化学環境部計測技術研究室)