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土壌汚染と微生物

研究ノート

服部 浩之

 土壌中には細菌,放線菌,糸状菌(カビ)などさまざまな微生物が生息し,地球表層での物質循環に重要な役割を果たしている。植物遺体等の有機物の大半は,これら土壌微生物によって分解されて無機物となり,再び植物に利用されるという循環を繰り返している。したがって,土壌微生物の機能が失われれば,この循環が途切れ,生態系が破壊されると言っても過言ではない。

 近年,各種汚染物質による土壌汚染が進んでいるが,土壌汚染は,作物の汚染や地下水の汚染を通して人の健康に影響を及ぼすだけでなく,土壌中の微生物にも影響を及ぼす。日本では鉱山が多く,その下流にある水田地帯が,銅やカドミウムなどの重金属で汚染されてきたが,重金属汚染土壌では,土壌中の細菌や放線菌が減少し,糸状菌が増加する傾向にあることが知られている。また,最近,酸性雨の影響で土壌が酸性化することも問題となっているが,土壌が酸性化した場合も同様に細菌や放線菌が減少し糸状菌が増加する。例えば,pH約7の土壌に酸を添加してpHを約4に低下させると,土壌中の細菌数は約1/100に減少し,糸状菌数は約1000倍に増加する。土壌中の微生物は,相互に影響を及ぼしあいながら一つの生態系を構成しているが,重金属や酸などの汚染物質が加わると,これらの影響を受けやすい細菌,放線菌が減少して,土壌生態系内での平衡がくずれ,汚染物質の影響を受けにくい糸状菌が増加してくるためと考えられる。

 このような重金属や酸性化による土壌中の微生物の種類の変化は,土壌の有機物分解機能に影響を及ぼすのであろうか。このことを明らかにするため,土壌中の細菌,放線菌,糸状菌の有機物分解能を比較してみた。滅菌した有機物(汚泥)0.2gを滅菌水100mlに分散させた後,土壌から分離した細菌群(優占種10種,他の菌群も同じ),放線菌群,糸状菌群,土壌希釈液(すべての菌群が含まれる)を接種して28℃で3週間振とう培養し,有機物の分解によって生成するアンモニアの量を測定した(図)。

 その結果,土壌希釈液を接種した時のアンモニア生成量が最も多かったが,細菌,放線菌,糸状菌の中では,放線菌を接種したときのアンモニア生成量が多く,糸状菌では放線菌の約1/5の生成量にすぎなかった。有機物の種類が違えば,異なる結果になることもありうるが,少なくともこの結果は菌群によって有機物分解活性が異なることを示しており,重金属や酸性化による土壌中の微生物の種類の変化が,有機物分解機能の変化をもたらすことを示唆している。実際,土壌に種々の濃度の重金属を添加し,微生物数,土壌の有機物分解量を調べてみると,放線菌数の減少と有機物分解量の減少が対応することが認められた。

 このように,土壌汚染は,土壌微生物への影響を通して,その有機物分解機能にも影響を及ぼす。土壌微生物は,有機物分解などの物質循環機能のほかにも,共生による植物の生長促進など多様な機能を有しているが,汚染物質がこれらの機能に及ぼす影響については未知な点が多い。土壌微生物の機能を正常に保持していくためにも,それらの機能及びそれに対する汚染物質の影響を正確に把握する必要があると考えている。

グラフ
図 土壌微生物による有機物分解性の比較

(はっとり ひろゆき,水土壌圏環境部土壌環境研究室)