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“持続可能な発展”はパラダイム・シフト?

論評

後藤 典弘

 昨年11月に公布・施行された「環境基本法」の基本理念の一つは,その第4条にある“環境への負荷の少ない持続的発展が可能な社会の構築”である。周知のように,ここでいう“持続的発展が可能な社会”とは,1987年のブルントラント委員会報告書にある『持続可能な発展(Sustainable Development)』の考えに基づいている。

 実は,この“持続可能な発展”概念に至る系譜をみてみると,環境と開発(=発展)の関係を国際社会がどうみてきたかに行き着く。1972年にストックホルムで開かれた『国連人間環境会議』において,はじめて本格的に環境と開発の関係が議論され,その時点での少なくとも先進国を中心とした議論は‘環境か開発か?’という二者択一のものであった。つまり,環境を守ろうとすれば開発はできない,逆に経済的な発展(=開発)をしようと思えば環境は必然的に悪くなる,というトレードオフの関係が前提としてある。この議論は,その後10年以上も国際社会で続くが,その間少しずつ,開発の中に環境配慮を組み込むといった形で,その“質”や形態を変えることによって,両者をトレードオフから,両立し近づけるような関係にもっていく論議が行われた。その例は,いわゆる“Eco-development”といった概念である。従って,この段階までは,マサチューセッツ工科大学の J. Ehrenfeldの言葉を借りれば,'economize ecology(環境を経済化する)'といった考えである。

 さて,冒頭に述べたブルントラント委員会報告書の“持続可能な発展”という概念は,明示的に“将来の世代が自らのニーズを充足する能力を損なうことなく現在の世代のニーズを満たすような人類社会の進歩への取り組み”(報告書和訳『地球の未来を守るために』による)と時間軸で定義される。一方で,環境と開発の関係は不可分に複雑であること,すべての人類社会の(経済的)発展・開発は“全人類共有の資源”である,確実な持続性を有する生態系,つまり環境に依存しているとの認識に基づいている。そして,地球人口が来世紀半ばには100億人を超えることを見通し,これからのいかなる発展も,まず環境を守ることが前提となることが繰り返し述べられている。この意味で,環境は開発に優先する。

 最近は,この“持続可能な”という形容詞が大変便利なものとみえ,役所の文書やマス・メディアに乱用されている。と同時に,産業界でも“環境にやさしい”商品とか企業とかいった表現が,同じ意味合いで次第にみられるようになってきた。しかしよく考えてみると,人類社会が真に持続可能であるためには,市場経済社会にある消費者の生活様式も,その源になっている物に対する価値観さえも見直していく必要があり,“持続可能な発展”は,実は,われわれに超えなければならないパラダイム・シフトを要求しているといえる。

 最近の企業における環境監査,環境管理システム,LCA(Life Cycle Assessment)といった産業活動の根本的な“緑化”を新たに体系化しようとする学問『産業エコロジー』との関連で,上述の J. Ehrenfeld は,この環境が開発に優先しなければならないパラダイム・シフトを‘economize ecology' に対応して,いみじくも,‘ecologize economy(経済を環境化する)'と表現している。実際,冒頭でふれた“環境への負荷の少ない持続的発展が可能な社会”を具現しようと思えば,こうした社会の基本概念の飛躍が必須であると思われる。


(ごとう すけひろ,社会環境システム部長)