ラジカルの新しい検出法:リチウムイオンの付加反応の利用
1."Mass spectrometric detection of neutral radicals in a CH4 microwave discharge by use of Li+ ion attachment techniques": Toshihiro Fujii and Ken-ichi Syouji, Journal of Applied Physics, 74, 3009-3012 (1993)
2."Production of large O-containing neutral hydrocarbon species by a CH4-O2 microwave discharge": Toshihiro Fujii and Ken-ichi Syouji,Physical Review E, 49, 657-662 (1994)
論文紹介
藤井 敏博
化学の歴史はフリーラジカルの歴史であり,従って化学が深く係わる大気環境の研究にはフリーラジカルの挙動の把握が重要となる。しかしこの測定法なかなか難しく,万能な方法がない。
気相中あるいは,高速粒子と固相との相互作用の場においても,アルカリ金属イオンが種々の化学種に付加(アタッチメント)する現象がしばしば観測される。本論文は,この現象を利用したラジカルの新しい高感度検出法の開発に関するものである。
我々は表面電離型のアルカリ金属イオン発生源で作ったアルカリ金属イオン(主にリチウムイオン)を,1torrの気相雰囲気で各種ラジカル(R)に付加させ,その付加イオン生成物を質量分析法により測定し,ラジカルの検出同定を高感度に行う方法を確立,この新しい方法をメタンのマイクロウェーブ放電中で生成する種々のラジカルの検出に応用した。
装置の主体は,大気圧イオン化質量分析計を改造した物で,その構成は,反応チャンバー(一次イオンとしてのリチウムイオンのエミッターを含む),四重極質量分析計(QMS)とラジカルの発生源としたマイクロウェーブ放電用のフローチューブよりなっている。実験装置を図1に示す。マイクロウェーブ放電チューブは気体流路の一部となっている。メタンにアルゴン,酸素,水素などのガスを加えた混合ガス系による実験も行ったが流量は毎分10ml一定とした。放電チューブは内径3mmの石英ガラスで,反応チャンバーにつながっている。メタンガスは放電チューブを通り,発振器(MR-301, 2450MHz)で励起される。マイクロウェーブプラズマによるフリーラジカルの生成物は反応チェンバーで,リチウムイオンと付加反応する。リチウムイオン付加生成物はスキマーを通ってQMSで検出され,マススペクトルが描かれる。プラズマ放電によりイオン種も生成されるがイオン種がスキマーに到達するまでの距離は10cmと長く,検出されるイオン種は少なくしかも強度は大変弱く,リチウムイオン付加生成物の同定に妨害とならなかった。マススペクトルのピークの同定はマスナンバーのみに基づいて行った。それゆえいくつかの同定には不確実なものもある。

結果の要点は,1) CnH2n+1 と CnH2n-1 のラジカル(n = 2-13)を観測した。そのラジカルの強度は炭素数が増加するにつれ減少する。2)メタンマイクロウェーブ放電プラズマ中では,ラジカル一分子反応により高次の炭化水素ラジカルが生成すること。3) スペクトルには OHラジカルが現れ,多分これはメタン中に不純物として含まれる水に起因するものと思われる。
酸素をメタンガスと混合した系で放電を行うと,種々の含酸素炭化水素化合物が生成する。O2 や O(放電により生成されたもの)がほとんどすべての炭化水素ラジカルと反応し,酸素を含む化学種になることが分かった。またその中のいくつかはラジカル種と思われる。O2/CH4の割合を0.3以上にすると炭化水素ラジカルは完全になくなる。
まだ未発表だが,CH4/O2系のマイクロウェーブ放電中で生成する種々の化合物の中に,長い間存在が議論の的となっている三酸化水素(H2O3)を,気相においてH2O3Li+(m/z 57)として検出,その存在を確認したようである。
H2O3 の存在が予言されたのは,1880年にさかのぼる。さらに1895年,メンデレーフはH2O4 も存在するのではないかと予測している。その後,継続して多くの研究があるが,1970年代カナダの Giguere のグループによって,決着したといってよかろう。H2/O2 のマイクロウェーブ放電で生成する化合物を液体窒素のコールドトラップで集め,その赤外線吸収スペクトルとラマンスペクトルを測定し,固体の H2O3 の存在を確認した。しかし,気相での存在は強く否定されている。
図2は CH4/O2 系のMW放電により生成した生成物のリチウム付加イオンスペクトルである。m/z 57 に明白なピークが検出されている。50amuの質量を持つ化合物を CAS-オンラインシステムで検索した(1960年から1992年11月2日現在まで)結果,驚くべきことに43種の化合物しかないことが分かった。これらの中,今回の実験条件を考察すると,可能性のある化合物として,H2O3 と C2H3LiOの2つの化合物に絞られる。同位体比の考察から(m/z 56とm/z 57 のピーク比がおよそ8%を示す)m/z 57 は H2O3Li+ に起因すると結論づけた。現在, Giguere が固体の H2O3 を確認した H2/O2 の系での実験を行い,さらなる確証を得ることを検討中である。

目次
- 環境基本計画と環境研究巻頭言
- 大気系研究部の近況−がんばれ部長さん論評
- 社会的存在としての環境論評
- 開発途上国における大気汚染による健康影響の研究プロジェクト研究の紹介
- 「有害廃棄物特別研究」の開始に当たってプロジェクト研究の紹介
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オゾン−オレフィン反応と植物枯死に関する3つの論文
1."Reactions of Criegee Intermediates in the Gas Phase" Shiro Hatakeyama and Hajime Akimoto, Ressearch on Chemical Intermediates, 20, 503-524 (1994).
2."Production of Hydrogen Peroxide and Organic Hydroperoxides in the Reactions of Ozone with Natural Hydrocarbons in Air" Shiro Hatakeyama, Haiping Lai, Shidong Gao, and Kentaro Murano, Chemical Letters, 1287-1290 (1993)
3."ミストチャンバーによる気相ヒドロペルオキシドの捕集” 畠山史郎,頼海萍,高世東,村野健太郎,日本化学会誌,998-1000 (1993)論文紹介 - 中国雲南省におけるマラリアの疫学調査研究ノート
- 鹿の住む研究所にて海外からのたより
- 新刊・近刊紹介
- 主要人事異動
- 編集後記