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環境中の有機塩素化合物の暴露量評価と複合健康影響に関する研究

プロジェクト研究の紹介

米元 純三

 我々を取りまく環境には化学物質があふれている。商業的に生産されている化学物質は6万から7万といわれ、毎年、1000を超える化学物質が新たに市場に出ていると言われている。

 なかでも塩素を含む有機化合物、有機塩素化合物は、PCB、有機溶剤、農薬などとして広く用いられてきた。そして、化合物としての安定性、殺菌・殺虫作用といった有用性が難分解性、有毒性といった環境汚染につながっている。

 有機塩素化合物は我々の生活に深く浸透し、水、空気、食物など、様々な媒体から我々は常に暴露を受けている。例えば、朝、クリーニングの仕上がったワイシャツの袋を開けるとほのかに甘い臭いがする。衣更えをして冬の上着に袖を通すと、防虫剤の臭いがする。職場のトイレには防臭剤が吊ってある。これらにはいずれも有機塩素化合物が含まれている。また、塩素処理したコーヒーフィルターや紙製品中のダイオキシン、飲料水中のトリハロメタンなど、ポストハーベスト処理に由来する輸入農産物の残留農薬、魚介類を始めとする食品に含まれる環境汚染に由来するPCB、農薬など様々な形で有機塩素化合物に暴露されている。

 これらの有機塩素化合物は、発ガン性の認められているものもあり、また、一般に脂溶性が高く人体に蓄積しやすいので、たとえ微量の暴露でも長期にわたる場合には健康に有害な影響を及ぼす可能性がある。したがって、どのような暴露を受け、それがどのような健康への影響を及ぼすのかを検討すること、すなわち、我々が日常受けている有機塩素化合物の暴露による健康への影響(発ガン、非発ガン)のリスクアセスメント、は極めて重要な課題であると考えられる。

 本年度から始まった特別研究「環境中の有機塩素化合物の暴露量評価と複合健康影響に関する研究」では有機塩素化合物の暴露量評価を行い、それに伴う健康へのリスクを評価することが主要な目標である。

 健康へのリスク評価、リスクアセスメントは健康への影響をリスクという集団に対する確率概念を用いて数量的に表わそうという方法である。

 リスクアセスメントは通常、(1)有害性の確認、(2)用量−反応アセスメント、(3)暴露アセスメント、(4)リスクの判定、の4つのステップからなる。

 (2)の用量−反応アセスメントはリスクアセスメントの中で最も重要な部分で、化学物質の量と生体影響の定量的な関係を明らかにするためのものである。ヒトの疫学データが利用できることはまれで、普通は動物実験のデータを用いることになる。そのため、動物からヒトへの外挿、高用量から低用量への外挿などをどのように行うかの問題があり、混合物の用量−反応アセスメントにおいては、方法論的に確立しておらず、特に重要な検討課題である。

 本特研では有機塩素化合物の混合物の健康リスクアセスメントを試みる。我々が現実に暴露を受けているのは混合物であり、しかも複数の媒体から暴露を受けているのが普通である。混合物の用量−反応アセスメントは構成成分の相互作用を考慮しなけれはならないため非常に複雑である。たとえ成分の数が少なくても、各成分単独の用量−反応関係、各成分間の相互作用、各成分の濃度比についてのデータを求め、そこから混合物の用量−反応関係を導くことは大変な作業である。現実の混合物は成分も多く、個々の成分について用量−反応関係、相互作用のデータを得ることはほとんど不可能である。

 ここでは混合物の個々の成分の毒性学的な情報を積み上げるよりも、混合物全体を一つのものとして扱う方が現実的であろう。その場合、用量−反応関係の明らかな、リスクの推定値の得られている構成の近似した混合物、または混合物を代表するような一つの代表的な物質(参照物質)に対する相対的な毒性の強さ(POTENCY)を用いてリスクを評価することが考えられる。

 実際には費用と時間の関係から、短期間のin vivoテスト、あるいはin vitroテストを用いて、参照物質に対する相対的なPOTENCYを求めることになる。例えば混合物の中に発ガン物質が含まれていて、その物質を参照物質とした場合、発ガン性のスクリーニングに用いるテストシステムを用いて混合物の相対的POTENCYを求めて、参照物質のリスクの推定値から混合物のリスクを推測するのが最も単純な方法であろう。この方法で得られるリスクの推定値はかなり荒っぽいものになるが、混合物の健康リスクについての確立した方法論がない現状では一つの目安として有用であると考える。

 これに加えて、混合物の毒性のスペクトラムを知るために、変異原性、遺伝毒性、催奇形性、神経毒性、免疫毒性、行動毒性などの様々な種類の毒性に対応するテストを行うことも必要であろう。様々なターゲットに対するテストの結果から混合物の毒性のプロフィールをあらわすことができればリスク評価の精度を高めるのに役に立つと考えられる。また、混合物のPOTENCYに参照物質と大きな差があれば、混合物の主要な成分間の相互作用についての研究が必要となる。

 実施する上では、方法論的にも技術的にも難しい問題が多々あるが、このようにして得られた混合物のリスクの推定値と暴露量のデータから、調査したモデル地域での有機塩素化合物にかかわる健康リスクを定量的に示すことが本特研の最終的な目標である。

(よねもと じゅんぞう、地域環境研究グループ化学物質健康リスク評価研究チーム)