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2014年6月30日

日本のサンゴの変化から世界が見える

Summary

サンゴ礁とその周囲を泳ぐ魚たちの写真

 環境の変化に対してサンゴがどう変化してきたかについてのデータは少なく、科学的な裏付けはまだ十分でないのが現状です。そこで、過去からのサンゴ分布のデータを収集するとともに、サンゴの長期的なモニタリングを行うことが必要となってきます。こうしたデータは環境変化の影響を実証し、今後の変化に人間が適応してゆくための情報を提供します。また、サンゴ礁の将来の予測をするための基礎データを提供したり、予測結果を検証したりすることにも活用されます。

日本のサンゴ分布

 南北に長い日本では、熱帯・亜熱帯に起源をもつさまざまな生物の分布北限域が、国内沿岸域の各所で認められます。サンゴは、日本海側では新潟県、太平洋側では神奈川県と千葉県が分布北限となっています(図4)。また、広いスケールで見ると、日本は大陸から遠く、大陸の影響を受けにくいため、水温上昇の影響が見やすいと考えられます。世界で日本と同じ緯度の地域を見てみると、すべてが大陸である(南北アメリカ大陸、オーストラリア大陸、アフリカ大陸)ことがわかります(図3)。大陸の近くでは、大陸からの河川による大量の淡水や土砂の流入があり、それらがサンゴの分布に影響を与え、水温の影響を見えにくくしていると考えられます。以上のことを考えると、日本は、世界に類の無い、水温上昇による海洋生物の分布変化を知る基準となる地域と言えます。過去100年で、日本近海の水温は1℃程度上昇しています。このように長期のデータを集め、モニタリングを行って、サンゴ分布の変化を明らかにすることによって、地球温暖化の沿岸海洋生態系への影響評価を行うことができます。将来的には、サンゴは海水温上昇とともに海洋酸性化の両方の影響を顕著に受けると考えられ、亜熱帯から温帯までサンゴが生息している日本は、水温上昇と海洋酸性化がサンゴ礁生態系に与える影響を評価するモデルケースとなり得ます。もちろん、島単位で見ると、河川からの土砂の流入など陸域の影響も観察されます。そのため、日本では海水温上昇などの地球規模の環境変化と、土砂流入などの地域規模の環境変化の両方の影響を解析することも可能です。

図3 世界のサンゴ礁分布
サンゴ礁の分布は、最寒月の平均水温が18°C 以上の暖かい海域とほぼ一致しています。温帯では、サンゴはサンゴ礁を作らなくなります。日本はサンゴとサンゴ礁の分布の北限域にあたります。
Reef Base のデータより作成
図4 日本のサンゴ礁の変化
南北に長い日本では、水温上昇によって、南では白化、北では分布北上が観察されます。図中の数字は過去100年の水温上昇を示す。

サンゴの変遷

 海水温上昇が造礁サンゴに与える影響として、南では高水温による白化現象、北では水温上昇によるサンゴの分布域の北上というふたつが考えられています。1997~1998年には、世界的に水温が上昇し、各地で大規模な造礁サンゴの白化が起こりました。日本でも大規模な白化が観察されました。2007年には、日本では夏に高水温による大規模な白化が起こりました。石垣島と西表島の間にある、日本最大規模のサンゴ礁である石西礁湖のサンゴ礁では、衛星画像や空中写真の解析によって、サンゴが2007年の白化によって1/3に減ってしまったことが明らかになりました(図6)。その後も白化の報告が多くなされ、2013年にも小規模ではありますが沖縄で白化が観察されています。こうした情報の収集には、市民参加型のモニタリング調査が大きな力を発揮します。

図6 水温上昇によるサンゴの白化
2007年夏の高水温により、日本で最大規模のサンゴ礁を有する石西礁湖でも、サンゴの白化現象が起こりました。衛星画像や空中写真の解析から、サンゴが1/3に減少したことが明らかになりました。
左の画像は、2003年(白化が起きる前)のサンゴの状態を、右の画像は、2008年(白化が起きた後)の状態を示しています。サンゴの状態を3つに分け、緑色の部分は健全なサンゴの比率が50-100%、黄色は5-50%、ピンク色は5% 以下であることを表しています。左右を比べてみると、2003年には緑色だった部分が、2008年に黄色またはピンク色に変わり、緑色が少なくなっていることがわかります。これは、白化により、健全なサンゴが減少したことを示しています。
環境省提供

 一方、海水温の上昇が続くと、造礁サンゴの分布が温帯へ拡大する可能性があります。日本全国規模で80年間にわたるサンゴ出現情報を元にデータベースを整備し、解析したところ、造礁サンゴ分布の北限に近い温帯の長崎県五島・対馬、千葉県館山などでは、海水温の高いところに生息する造礁サンゴが出現し、サンゴの分布北上が起こっていることが確認されました。北上した4種類のサンゴのうち、2種は熱帯を代表する種でした。また、拡大速度は14km/年に達し、これまでに報告されている他の生物分布の北上あるいは拡大速度よりはるかに大きいことが明らかとなりました(図4)。

サンゴ礁の保全に向けて

 データベースやモニタリングにより、サンゴの環境に対する耐性が明らかになり、気候変動がサンゴ礁に与える影響を、気候モデルの出力結果を用いて予測することができます。こうした予測結果は、将来に向けた気候変動対策の根拠となります。炭素循環を含む気候モデルによって出力された海水温及び海洋酸性化のデータを用いて、経済成長と地域主義を重視する多元化社会シナリオ(SRES A2シナリオ)と持続的発展社会型社会シナリオ(SRES B1シナリオ)の下で将来の日本近海の潜在的なサンゴ分布可能域を予測しました。A2シナリオでは、海洋酸性化と高水温によって日本近海でサンゴの分布可能域が2070年代になくなってしまうという結果が得られました。一方、B1シナリオでは、沖縄から九州・四国にかけてサンゴの分布可能域が100年後も維持されるという結果が得られ、二酸化炭素排出削減の効果が非常に大きいことが示されました(図7)。

図7 サンゴ分布の将来予測
将来の日本近海の潜在的なサンゴ分布可能域を予測した結果を示しています。予測には、IPCC報告書に貢献した、炭素循環を含む4つの気候モデルを用いたシミュレーション結果を用いました。

 保全に必要なのは気候変動対策だけではありません。白化後の回復過程をモニタリングデータで解析して地域を比較したところ、土砂流出のあるサンゴ礁では1998年の白化でサンゴが減少した後回復していないのに対し、土砂流出の無いサンゴ礁では回復が見られることが明らかになりました。このことは、二酸化炭素排出削減とともに、陸域からの土砂流入の負荷を減らすことが必要であることを示しています。サンゴ礁の保全のためには、陸域での対策が必要で、これは政策や地域の住民の方々と深く関わる問題です。自然科学だけでなく、社会科学などと連携した分野横断的なアプローチが必要です。

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