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流域生態系への人為的影響に関する評価の現状

研究をめぐって

 河川は貴重な生物の生息環境であると同時に、人間社会にとって欠くことのできない水資源です。有効に活用し、さらに洪水などの突発的な災害から生命・財産を守り続ける必要があります。
 ここに河川の治水・利水、そして環境の保全を両立させることの難しさがあるのです。

世界では

 海外では、先進国と発展途上国、また都市域と人口の少ない地方とで大きく異なった流域管理が行われています。

 「ダムの時代は終わった」というスローガンの下、1999年までに500基近いダムを撤去したアメリカや、2005年以降ハングフリート河口堰の開放を行ったデンマークなどは先進国タイプの流域管理といえます。特徴としては、安定した経済レベルと多岐にわたるエネルギー需給手段を有していること、治水事業が高度化されて水害に強い都市が実現していること、などがあげられます。このような国々では、自然再生事業などに世論が動きやすく、脆弱な自然に対する保全にも熱心です。しかし逆の見方をすれば、「ダムの恩恵を受け終わった国々」と考えることもできます。

 一方、その対極にあるのはラオスやカンボジアといった国々です。これらの国では電力需要が急増する中、発電は水力が中心です。この結果、自国の電力需要への対応や電力輸出による外貨獲得のために、発電用ダムの建設が推進されています。かつての日本がそうであったように、ダムで失われる漁業資源や生物多様性に対する経済的価値をほとんど評価していない、あるいは評価できないといった社会背景もあります。

 1998年、IUCN(国際自然保護連合)と世界銀行が共同出資し、国際的なダム問題を複合的に検証する世界ダム委員会(WCD)を設立しました。WCDでは、大型ダムの計画から運用に至るまでの意思決定過程やダム建設による経済効果、また社会・環境問題などを検討し、将来のダム建設に対する指針を提示しています。2000年にWCDが取りまとめた報告書(Thematic Review, Environmental Issues II.1「ダム、生態系機能と環境再生」)の中で、ダムによる流域生態系への影響について次のように述べられています。

 「過去10年の間、ダムの影響緩和のための対策と整備に膨大な調査が実施され、ダムの計画、設計、建設、操作において多くの改良がなされた。しかし、今日でも課題は数多く、広範囲にわたっている。(中略)ダムは、広範囲にわたる自然生態系とそれらに生計を依存して暮す人々に対し、継続的かつ広範囲に深刻な負の影響(例えば、河川の季節的な出水の時期的変化や土砂・栄養分の輸送パターンの変化、また淡水魚の生息地環境の劣化、など)を与え続ける」

 以上のことからも、流域の環境保全とダム開発の両立がいかに困難であるかが分かります。さらに本報告書は、流域の生態系劣化が経済・社会システムにも間接的に影響をもたらすが、生態系機能の価値を厳密に市場経済価値に換算することが難しいとも指摘しています。

魚サンプルの購入交渉(ラオス・コーン島)の写真
魚サンプルの購入交渉(ラオス・コーン島)

日本では

 国内では、1993年に生物多様性条約の加盟と環境基本法の制定、1997年に河川法の改正と環境影響評価実施要領の提出がありました。日本は流域環境政策において、アメリカ・ヨーロッパと発展途上国の中間に位置していると考えられます。同じ日本国内といえども、特定の保全地域や都市域とで、流域の環境保全の重要性に対する認識に温度差があるほか、流域の保全に取り組む組織やグループ間で必ずしも十分に合意形成が図られていないためです。

 例えば2002年に自然再生推進法が成立し、環境省を中心に釧路湿原などで自然再生事業が実施されています。他にも湿地や自然河川の再生を目指している渡良瀬湧水地、標津川、荒川などの事例もあります。しかしその半面、国内には建設計画途中のダムも多くあり、河川の開発と生態系保全・漁業被害への懸念など社会問題が各地で後を絶ちません。現在の国内の状況を端的に言えば、自然再生と自然破壊を伴う流域開発が同時進行している状態といえます。

 流域構造を改変せざるを得ない場合、科学的な長期モニタリング、臨機応変で柔軟な対応、客観的な事後評価とそのフィードバックを可能とする「順応的管理」を行うことが重要です。日本でも次第に認識され始めていますが、まだ十分に浸透しているとはいえない状況です。

市場での魚の計測の写真
市場での魚の計測。市場で魚を買うときは耳石(頭部にある骨)を採るために、頭部だけ購入することもあります(カンボジア・ストゥントレン)

国立環境研究所では

 国立環境研究所では、2006~2010年度にアジア自然共生研究グループの中核プロジェクトとして、アジアのメコン川流域を対象に、流域生態系に与える人為的影響に関する研究を継続しています。

 1990年代後半以降、ASEAN(東南アジア諸国連合)と日本の結びつきが急速に進展し、この中でメコン川の開発に大きな注目が集まっています。しかし、開発計画と実施を担うだけでは片面だけの国際協力であり、影響評価に関しても同様に先進国としての責任を果たすべきであると私たちは考えています。

 2006年以降、われわれの研究チームでは、今回紹介した国内研究を発展させるとともに、ダムにより直接影響を受ける回遊魚の生態、また水文シミュレーションを用いたダム建設と河川の流況変動の関係などについて研究しています。

 メコン川の流域面積は日本の約2倍あります。また6カ国を流れる国際河川のため、文化や歴史、民族、国家主義体制、経済レベルなど実に多様です。

 流域生態系とダム問題の面で言えば、環境影響に関心の強まるタイ、未だエネルギー需要が切迫している中国、外貨獲得と電力開発に重きを置くラオス・カンボジア、などがあり、多様な価値観が混在しています。このように複雑な国際情勢を抱えている実情もあり、順応的な流域管理のステップで言えば、まだモニタリングや現状把握の段階です。開発と保全というバランスをいかにとるべきか? またそのためにどのような技術や研究成果が必要なのか? 信頼性の高い情報の提供や効果的な影響評価手法の開発などを通して、これらの問いに答えていくつもりです。

カンボジア北部を流れるメコン川の支流(セコン川)での河川水のサンプリングの写真
カンボジア北部を流れるメコン川の支流(セコン川)での河川水のサンプリング