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有害化学物質による海洋汚染の研究動向

研究をめぐって

 2005年5月に発効したPOPs条約では、条約に定められた化学物質の地球規模での監視(モニタリング)を必要としています。

 政府は関連省庁連絡会議において作成した国内実施計画において、東アジア地域などと連携し、技術協力を行いながらPOPsモニタリングを実施するとしています。

 こうした状況から、国内のみならず世界的な規模での監視体制の確立が急務になり、より一層の汎用化を含めて研究を進めています。

世界では

 世界各地における化学物質の海産ほ乳類への汚染は、多く報告されています。例えばバルト海、北海でのアザラシの大量死は、直接の原因はウイルスによる感染であったとされていますが、化学物質の汚染により免疫機能などが低下したことが、大量死を引き起こしたと考えられています。また、透明度世界一のバイカル湖(ロシア)に生息するバイカル産のバイカルアザラシにも、ガンや白内障などの疾病が拡がっており、やはり化学物質の影響によるものと考えられています。

 こうした有害化学物質の海産ほ乳類などへの生物濃縮と生態系への影響は、世界中で報告されており、コルボーンらの「奪われし未来」執筆のきっかけにもなっています。海産ほ乳類、鳥類、魚介類からしばしば、高濃度の有害化学物質が検出されており、有害化学物質による汚染は地球規模に拡がっていることが懸念され、汚染実態の把握が急務になっています。

 しかし、海はあまりに広大でなかなか全域を観測することができません。ごく一部の沿岸域を除くと、海水中における有害化学物質は極めて低濃度で、分析が難しいのが実情です。そこで、世界各地で生息しているムラサキイガイを用いた海洋汚染調査(マッセルウオッチ)が、広く世界中で実施されています。

 一方、POPsが多く集積すると懸念されている北極周辺の各国は、AMAP(Arctic Monitoring and Assessment Programme)を立ち上げ、北極周辺の広範な地域で総合的なアセスメントを実施しています。しかしながら、AMAPにおいても、沿岸域を除く広域な海域における観測は、ほとんど実施されていないのが実情です。

日本では

 環境省は、1974年より30年以上にわたり環境中の化学物質のモニタリングを実施しており、毎年報告書「化学物質と環境」でその結果を報告しています。これほど長い期間にわたり多様な化学物質を継続的に観測している例は世界的にもほとんど存在しない、貴重な観測結果です。また、同時に種々の化学物質の分析法をスクリーニングするとともに、新たな開発も行っており、貴重な情報源となっています。しかしながら、観測対象は大気、河川、沿岸海域および生物で、外洋はその対象となっていません。

 愛媛大学は、環境中の有害化学物質を以前より観測、分析しており、その対象も国内から外洋域まで広範にわたるとともに、海産ほ乳類など広範な生態系の観測とその影響に関する研究も実施しています。今までに世界中の海域において広範に観測された唯一の例といえます。

 また、各地方自治体においても、大気、河川・湖沼、および沿岸域における有害化学物質のモニタリングが実施されております。例えば北九州市では、数百種類に及ぶ化学物質の一斉モニタリング手法の開発など、ユニークな取り組みも行われています。さらに、岩手県では世界に先がけ、環境中のPFOS(パーフルオロオクタンスルホン酸)などフッ素化合物の分析法開発と国内各地での観測を実施しています。

国立環境研究所では

 有害化学物質による海洋汚染の実態把握として、前述のマッセルウォッチおよびイカを用いたスクィッドウォッチなどの、生物を対象としたモニタリングを長年実施しています。これは、生物モニタリングとしてその時点での汚染状況を把握することはもちろん、採取した試料を長期保存して後世に伝えるスペシメンバンキング(長期試料保存)の目的を持っています。とくに平成17年度に完成したタイムカプセル棟により、対象試料は広範かつ系統的に収集、保存されることになりました。

 また、「環境儀」No.17で紹介されたように、船底塗料や漁網に使用された有機スズ汚染の実態解明と機構解明に取り組んでいます(研究代表者:堀口敏宏)。国内における汚染状況を詳細に明らかにするとともに、有機スズ類は極めて低濃度であっても生態系(海産巻貝類)に重篤な影響を及ぼすことを明らかにしています。

 海洋汚染の観測は、本号の中でも紹介しているように、主として日本沿岸域を対象にした研究を1991年からフェリーを用いて開始しました(研究代表者:原島省)。いままでに日韓航路、瀬戸内海航路、沖縄航路のほか、アジア域を航行する貨物船などを利用した長期、高頻度な観測が実施されています。この研究では、主として栄養塩類、植物プランクトンなどが対象となっており、衛星回線を用いてリアルタイムで観測結果を転送するなどユニークな取り組みが行われました。

 本件に関する詳細は、国立環境研究所地球環境研究センターのホームページに掲載されています。また、リアルタイム収集の取り組みなどについては、EICネットワークのホームページに詳しく掲載されています。

 ダイオキシン類をはじめとする内分泌攪乱物質の研究は、観測手法の開発から生態系への影響メカニズム解明まで、広範にわたって実施されてきており、その一部が「環境儀」No.17で紹介されています。一方、POPs条約に対応した研究として、主に大気中のPOPsモニタリング手法の開発、調査が実施されています。

グラフ:α-HCH
グラフ:β-HCH
グラフ:γHCH、δHCH
図:グラスホッパー効果などによる有害化学物質の拡散
グラスホッパー効果などによる有害化学物質の拡散