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「商船(篤志観測船)を用いた有機汚染物質による地球規模海洋汚染観測」の概要

Summary

 人為起源有機汚染物質による広域な海洋汚染の実態を把握するために、フェリーや貨物船などの商船を利用した観測体制を確立しました。現在までに南極、北極両海域を含む広範囲な海洋における海洋汚染の観測を実施。商船を利用したこれほど広範囲な観測は例がなく、海洋汚染の実態解明や解析に重要なデータを提供しています。

海水中の有機汚染物質の観測方法

 人為起源の化学物質による地球規模の海洋汚染が進んでいます。とくに近年、海洋生態系に及ぼす汚染の影響が懸念されていますが、残念ながら広域の海洋汚染の観測体制はまだまだ整っているとはいえません。沿岸域など一部を除いては、観測データの蓄積さえ希薄という状況です。

 観測情報が少ない理由は2つあります。1つは、海洋汚染のモニターに使用できる研究調査船が十分でないこと、もう1つは、海水中の有機汚染物質濃度が極めて低いことが予想されるため、大量の海水処理が必要で、クリーンな環境下で膨大な量の海水を処理する必要があることです。

 これらの問題点を解決する方法としては、第一に専用の研究調査船ではなく商船を観測船として利用する、いわゆる篤志観測船(Voluntary Observing Ship、以下VOS)の活用が有効です。国立環境研究所では、1991年からフェリーを用いた海洋汚染観測、1994年からは貨物船を用いた海洋表層の二酸化炭素の観測が開始されており、VOSに関するノウハウが蓄積され始めていました。

 第二の問題点は、船上で海水中から目的の化学物質を抽出し濃縮捕集することで、解決できました。濃縮捕集には、有機溶剤を用いる液液抽出法と固体に目的物質を吸着させて濃縮する固相抽出法がありますが、今回の研究では固相抽出法を採用しました。

フェリーを用いた高頻度海洋観測(1995〜1999)

 本研究は1995年からスタートしましたが、当時は研究目的にあった濃縮捕集装置は市販されておらず、沖合海水中の有機汚染物質をルーチン的に観測している例もほとんどありませんでした。唯一、環境省が1974年より実施している「化学物質環境汚染実態調査」が海域も対象としており、種々の化学物質の基礎情報から測定法の開発まで、大いに参考になりました。最初、装置は自作、固相抽出材として当時広く用いられていたイオン交換樹脂、ポリウレタンフォーム、固相抽出濾紙(エムポアフィルター)の3種を検討しました。その結果、取り扱い易さと価格の安さからポリウレタンフォームを採用しました。

 続いて、最適な通水速度と総通水量を実験室および実際の装置で検討し、毎分1L前後の流量で、100L前後の海水を濃縮捕集すれば、海水中のHCHsおよびクロルデン類が観測できることがわかりました。

 1996、1997年に、大阪—那覇間で数回の観測を実施した結果、HCHs類はすべての観測地点から、クロルデン類はほとんどの観測地点で検出されました。データが集積されるにつれ、海水中の汚染物質濃度はかなり変動しており、気象イベントなどとリンクする様子も、捉えられ始めました。

 1998年からはフェリー「さんふらわあ あいぼり」に研究プラットフォームを移して、海洋観測を継続。「さんふらわあ あいぼり」では2年間に200試料(10往復)を採取し、有機汚染物質による海洋汚染の動態がより詳細に把握できました。沖縄航路は主として外海の航路なので、内海の瀬戸内海航路と比較した汚染の違いが、観測結果に反映されたのです。

国際航路に就航する商船を用いた地球規模の海洋汚染観測(2000〜2005)

 VOSによる高頻度観測は、海洋汚染研究に非常に有効であることが明らかになりましたが、観測域は我が国沿岸域ときわめて限定的でした。何とか外洋域に観測を拡大したいと考えていた1999年の夏に日本郵船(株)へ研究構想を持ち込む機会があり、全面的な協力が得られました。

 初代のVOSは建造中のタンカーを選定。2000年12月下旬に機材を搬入し、直後から翌年2月上旬まで日本—ペルシャ湾往復の乗船調査で、本格的に研究がスタートしました。捕集したほぼ全試料からβ-HCHが検出され、HCHsはかなり広範な海域に既に拡散していることがわかりました。また、この経験をもとに2002年1月、改良した濃縮捕集システムを鉱石運搬船に搭載し、日豪間の観測を開始しました(図1)。

 その後、日本郵船所有の客船が、南極や北極をクルーズするのに合わせて広域観測を企画、客船に搭載する捕集装置を新開発しました。2004年1月〜2月にかけて南太平洋および南極周辺海域を、2005年5月〜6月にかけて地中海—北海—北極海—北大西洋の広域観測を実施。さらに2005年3月〜4月および2005年8月〜9月には、日米間を就航するコンテナ船による北太平洋の観測を実施しました。

 この6年間の全航路を、図2に示します。航路上における試料採取地点は500地点を優に越え、総採取数は1000試料を超えています。

 今までの結果から、HCHsの異性体存在パターンはきわめて特徴的であり、太平洋の日豪間では、日本から離れるにしたがってβ-HCH濃度が低下、北太平洋の日本—北米間ではβ-HCH濃度に顕著な差はなく、αおよびγ-HCHは北米に近づくにしたがって高濃度となりました。

 一方、南太平洋は北太平洋と比較してきわめて低濃度であること、オセアニア側と南米側では異性体パターンが異なり、南極海は低濃度で各異性体がほぼ同濃度であることがわかりました。

 また、最新の成果としては、地中海のトルコ寄り海域ではβ-HCHの濃度が比較的高く、逆に西側では濃度が低下すること、北大西洋での異性体存在比はα>γ>βであり、特に北米沿岸ではα-HCHの濃度が高いことなどがわかってきました。

 現在、これまでのすべての結果をもとに、海洋汚染の実態解明について、いくつかの研究機関や大学と共同研究を開始しています。

図1 (クリックで拡大画像表示)
図1 石炭運搬船を用いて観測した日豪間のβ-HCHの検出値
分析の結果として、日豪間ではかなり特徴的なHCHsの空間分布が、明らかになりました。特にβ-HCHは日本から赤道付近までその濃度が次第に減少し、赤道以南は極低濃度であることが観測され、研究者の間では議論になりました。

図2 (クリックで拡大画像表示)
図2 2000〜2005年にかけて航行した全航路
この航路上で海水を濃縮捕集し、試料として日本に持ち帰りました。日本−ペルシャ湾間と日豪間は複数回にわたって調査を実施しています。