難分解性溶存有機物の研究をめぐって
湖沼における難分解性溶存有機物に関する研究は国立環境研究所がパイオニアといっても過言ではないほど,海外でも日本国内でも研究事例が少ないのが実情です。しかし,現実の湖沼の水質汚濁現象を解明する上では不可欠な研究テーマとなっています。今後,多くの研究者・機関がこの研究に取り組むことが期待されています。
世界では
湖沼における難分解性溶存有機物に関する国外の研究例は,基本的にとても希です。これはおそらく,日本のように湖沼の環境基準としてCODのような有機物項目を設定している国が少ないためと思われます。海外では栄養塩である窒素とリンが主役です。北欧のいくつかの国で湖沼有機物に係る基準が設定されていますが,対象となる湖はほとんどすべて腐植栄養湖(フミン物質が多く,水は茶色で,pHが低い)で,酸性降下物や紫外線の湖沼生態系への影響を評価するためのものです。
溶存有機物そのものの研究は,陸水環境よりも海洋でさかんに行われ始めています。これは地球規模の環境問題,とくに海水中の溶存有機物が炭素の存在量の割合として非常に大きいため,地球温暖化現象の解明の観点から注目されたためです。
代表的な難分解性溶存有機物であるフミン物質の研究はかなり以前から行われてきましたが,研究の焦点は土壌のフミン物質に絞られていました。天然水中からフミン物質を分離抽出する方法が確立された後でも,水環境中での動態・機能・影響より,分離されたフミン物質そのものの物理化学的特性に関する研究が圧倒的に多いのです。一方,重要な溶存有機物要素である親水性酸の研究については,その分離・抽出がフミン物質よりも困難なためか,研究の進展は遅々としたものになっています。
日本では
湖沼での難分解性溶存有機物の特性・機能に関する研究は,国立環境研究所以外ではほとんど行われていないのが現状です。難分解性溶存有機物の一つであるフミン物質については,その分離・抽出手法が確立される以前の1970年代後半~1980年代前半までさかんに研究され「フミン物質が主要なトリハロメタン前駆物質である」ことが定説となりましたが,その後新しい進展はほとんど見られませんでした。
湖水中での難分解性溶存有機物の漸増が注目されたのは1990年代中頃です。琵琶湖北湖で観察されたのが最初で,その後同様の現象が霞ヶ浦,印旛沼,十和田湖,さらに海域の富山湾や松島湾でも報告され,遍在的な広がりを見せています。今後多くの研究者がこの現象のメカニズムの解明を含め,環境改善に資する研究に取り組むことが望まれます。
国立環境研究所では
国立環境研究所では,本環境儀で紹介した研究の発展的課題として,特別研究「湖沼における有機炭素の物質収支および機能・影響の評価に関する研究」(2001~2003年度)を行ってきました。
この特別研究は,TOCを有機物指標として湖(霞ヶ浦)における有機物収支を明らかにすることを目的とするマクロ的(フレーム構築的)研究と,湖水溶存有機物の特性・機能評価,湖沼微生物群集の解析等のミクロ的(知見探索的)な研究に大別されます。前者の研究で湖沼問題を捉える枠組み(フレームあるいはモデル)を構築して,後者において新たな知見を得ることにより,前者で構築された枠組みの中の要素を充実させることをめざしています。
モデル計算(湖内3次元流動モデル,流域発生源モデル等)と多様で詳細なデータの蓄積(難分解性溶存有機物の経年変化,溶存有機物と鉄の錯化反応,湖水柱や底泥中での微生物群集構造,底泥溶出量等)によって,湖沼における有機物の特性,機能,影響を定量的に理解することを展望しています。
また,国立環境研究所では1977年から月1回のペースで霞ヶ浦全域(10地点)で水質や微生物の調査を継続的に行ってきました。1996年からは国連環境計画(UNEP)のGEMS(Global Environmental Monitoring Sysytem) / Water事業の一環として,霞ヶ浦全域トレンドモニタリングを実施しています。湖沼環境において信頼性の高い科学的なデータが,これほど長期にわたり継続的に蓄積された例は国内にはほとんどなく,継続年数が増えるに従いその貴重さが年々増しています。私たちが推進している「湖沼における溶存有機物」に関する研究も,霞ヶ浦全域トレンドモニタリングと協働した形で実施しています。
霞ヶ浦全域トレンドモニタリングは、主に霞ヶ浦湖内(湖盆)における水質や微生物を対象としています。陸域から湖への推移帯であるエコトーン(湖岸帯)はこの対象になっていません。しかし最近,エコトーンは生物活動と物質循環のかなめで,かつ人間活動の影響を受けやすい場であると見なされており,湖全体の生物群集変化や物質循環の把握のためには,このエコトーンについて長期的にモニタリングを行う必要性が指摘されています。このため,2003年からモニタリングプロジェクトとして「霞ヶ浦エコトーンモニタリング」が開始されました。
霞ヶ浦臨湖実験施設
霞ヶ浦臨湖実験施設は,国立環境研究所に7つある所外実験施設の一つである霞ヶ浦湖畔の水環境保全再生研究ステーション内にあります。昭和58年3月に施設が完成し,霞ヶ浦や流入河川を対象とした野外調査基地として,また霞ヶ浦の湖水や生物を利用した浄化プロセスなどの実験的研究の施設として利用され,陸水域の富栄養化機構の解明と防止対策の研究拠点となっています。
主な実験施設は次のとおりです。
- 用廃水処理施設(湖水取水量300m3/日,廃水処理能力350m3/日)
- 水処理パイロットプラント(規模5~10m3/日,逆浸透膜装置ほか7装置を装備)
- 屋外多目的実験池(長さ30m,幅10m,深さ3mの大型実験池 2池,六角形で1辺3m,深さ2mの小型実験池 6池,
- 円形で3.8m,5mの成層実験池 2池)
- 観測井(深さ10mが12本,深さ20m,50m,100mが各1本)
- 取水塔および取水装置(湖岸から150m沖合い,観測室9m2 )