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研究者に聞く

Interview

西川 雅高の写真
西川 雅高
化学環境研究領域
計測技術研究室主任研究員

 「大気エアロゾルの計測手法とその環境影響評価手法に関する研究」から黄砂研究に取り組んできた西川雅高さんに,そして2000年から新たな黄砂プロジェクトを共同で推進している杉本伸夫さん,菅田誠治さんに加わっていただいて,「中国北東地域で発生する黄砂の三次元的輸送機構と環境負荷に関する研究」について,研究のねらい,成果などをお聞きしました。

研究の動機

  • Q:大気エアロゾルの研究が黄砂に絞られてきましたね。その経緯を含め,まず研究のきっかけからお願いします。
     西川:大気エアロゾルは気体中に浮遊する微粒子のことですが,この特別研究を始めようと考えたのは1994年でした。当時から中国の大気汚染は世界的に有名なほど深刻で,それは2000年に発表された国連環境計画(UNEP)のWorld Resources 1998-1999 によると,1990年代半ばの大気エアロゾルによる汚染が激しい世界の上位10都市のうち9都市が中国だったことからも窺えます。研究を始めた当時,中国は高度成長が始まったばかりで,エネルギー源の約8割が石炭でした。

     そこで大気汚染の原因究明は,石炭燃焼由来のエアロゾルがどのくらい出ているのかを調べればわかるのではないかと思っていましたが,実態はそんな単純なものではありませんでした。石炭燃焼だけではなく,自動車も増えていました。さらに,季節によっては土壌由来の汚染が非常に激しいという状況でした。

     当時,北京の大気汚染について大気エアロゾルの濃度は世界的に知られていましたが,その化学組成や,季節や月単位の時系列変化データがほとんどありませんでした。ですから,研究はまずそれらを調べることから始まりました。

     ところが,実際に研究を進めていくと,石炭燃焼由来よりも土壌由来の微粒子の割合が非常に高いことがわかってきました(表1)。

     元々北京では春を中心に7カ月ほどの期間,黄砂が見られます。その時には大気エアロゾル濃度が高く,乾性降下物の量も多いなど,いわゆる大気汚染がより厳しくなることもわかりました。北京市内で巻き上がる土壌もあるのでしょうが,市外から飛んで来る土壌の割合を調べることが重要ということになり,少しずつ研究の中身もシフトしていきました。それが黄砂研究を始めるきっかけになりました。
表1 CMB*法から推定した発生源寄与率(1998-2000年)
*CMB(Chemical Mass Balance)法は,都市大気粉じんの発生源の推定に用いられる手法で1970年代に米国で開発されました。
  • Q:北京の大気エアロゾルは思った以上に土壌由来が多い。そこで,外部から来る土壌由来物質,これは黄砂だと思うのですがその割合が多いことがわかったのですね。
    西川:外部から来るものと,北京市内で発生するものでは化学成分に違いはないのだろうかと思い,まず調べました。ところが,北京市内の土壌自体が黄砂に近かったため,その意味では化学成分だけでは区別の違いは見出せないことが今回の研究でわかりました。そうなると,どうやって違いを見分けるかになります。飛んでいる粒子を大きさで分ける方法,北京以外の地域で同時モニタリングを行って,その地域から発生して飛んで来る割合を調べる方法が考えられますが,黄砂の発生源といわれているタクラマカン砂漠,ゴビ砂漠,黄土高原は,合わせると日本の3~4倍の広さになり,調査も大がかりになってしまいます(P4,図1)。しかし,これらの場所を含めて北京以外の内陸からの黄砂の飛来ルートや飛来量を明らかにすることがどうしても必要で,飛来する黄砂の大気動態を追いかけるためには,さらに多点ネットワーク化を図ることが欠かせません。
     そのような調査を行えば,北京市外から来る黄砂の割合を出せると考えています。現在,そのために研究体制を固めながら進めているところです。
図1 黄砂発生源である主な砂漠・黄土地帯の概略
  • Q:そこまでして行う意義はどの辺にあるのでしょうか?
    西川:北京の大気エアロゾル濃度は非常に厳しい状況にあり,そのうち土壌由来の割合が高いことは先に述べました。2008年のオリンピックを控えた北京の,そのような状況を改善するためには,科学的に「どこから発生する土壌由来エアロゾル(ほとんどが黄砂)が主原因か」を明らかにする必要に迫られています。この目的では,海外協力版の地域密着型研究といえるかもしれません。

     また,東アジアあるいは地球規模スケールでは,黄砂による地球温暖化現象への影響や海陸での物質循環だけでなく,黄砂現象が見られる地域の生活環境への影響を考慮する時,「どの負荷レベルが本来のベースラインで,それを超えるとどんな影響が現われるのか?」あるいは「この地域の黄砂に対する環境負荷容量はどれだけか?」ということを知るための基礎的科学情報の提供,いい換えると将来の対策をにらんだ“初めの一歩”として重要な意義があると考えています。

ライダーの登場

杉本伸夫さんの写真
大気圏環境研究領域遠隔計測研究室長
杉本伸夫さん
  • Q:そのためにはどのくらいの量が,どのようなルートをたどって北京まで来るのか,という情報が必要ですね。
     杉本:はい。黄砂の動きや量的な三次元空間の観測には,ライダーという装置を使います。
  • Q:ライダーとは何ですか。
    杉本:レーザーを使用したレーダーです。普通のレーダーとの違いは,電波に比べて非常に短い波長の光を使うことです。このためエアロゾルのような微粒子もキャッチでき ます。たとえば気象レーダーでは雨は見えますが,エアロゾルは見えません。ライダーはそれが可能なわけです。

     実際,「黄砂が発生した」「その頻度が高い」「非常に厳しい黄砂」などといわれますが,どのようなデータに基づいていたと思います?実は地上での目視つまり,目で見る観測で判断するしかなかったのです。目視では靄(もや)なのか黄砂なのか区別がつかないこともあります。また上空を通過する黄砂は捉えることができません。ライダーですと地上から高さ十数kmまでの濃度分布を定量的に出すことができます。確実かつ定量的に黄砂を把握するためには,どうしてもライダーのような測定装置が必要なのです。
  • Q:実際の観測は,どのように行われているのですか。
    杉本:通常15分間隔で,5分測定,10分休止の運転を24時間繰り返しています。従来,ライダーは連続して運転できる装置ではなく,晴れた日に天窓を開けて観測するものでした。しかし黄砂の観測では時間的に連続することが非常に重要です。なぜかといいますと,たとえば北京では,黄砂現象が短ければ半日足らずで終わってしまうこともあります。連続観測を行っていないと観測のチャンスを逃す場合もあるからです。また,連続に加えて多点での観測も必要です。黄砂の流れをつかむためです。

     小型の自動運転ライダーによる連続観測は,エアロゾルの温暖化影響の研究に関連して1996年からつくばで開始しました。この連続観測のノウハウを応用して,2001年3月から北京,長崎,つくばの3地点で黄砂の観測を開始しました。さらに,2002年からは奄美大島と協力サイトである韓国Suwon(KyungHee大学)などを加えて,多点ネットワーク化を図ってきました。
  • Q:ライダー観測では巻き上げによる土壌と,飛来した黄砂の区別はできるのですか。
    杉本:ライダーの信号そのものからは区別できませんが,輸送された黄砂と巻き上げられた土壌では分布の高さが違います。その時間的変化を見れば区別ができます。

     北京の黄砂現象について,2001年春季のライダー観測結果を中国の研究者と共同で分類した結果,4つのパターンが見られました。黄砂飛来時間の経過とともに高さ4000mくらいから徐々に黄砂が降りてくる「高空輸送沈降型」,上空を黄砂が通過し,地上にまで降りてこない「高空輸送通過型」,1000m以下の低高度に出現する「地元舞上がり型」,高空輸送沈降と地元舞上がり型の両方を重ねたような「高空輸送沈降/地元舞上がり型」です。

     巻き上げられたものは高度は低く粗大粒子が多く,一方飛来した黄砂は高度が高く微小粒子が多いと考 えられますが,ライダー観測と合わせて地上でサンプリングした粒径分布を見ると,確かに巻き上げら れたケースは粒径が10μm近い粗大粒子が多いことがわかります。2001年春季に北京で観測された黄砂現象についていえば,遠方から輸送されたものが多くて,地元舞上がり型はそれほど多くはありませんでした。
  • Q:なるほど,そうしたものがライダーによってわかったわけですね。
    西川:ライダーにより得られた重要なことはもう一つあります。杉本さん製作のライダーでは,大気中に浮遊しているエアロゾルの中に黄砂が含まれているかどうかの判定,つまり「今日は黄砂日である」という宣言ができるのです。こうした共通の基準があって初めて,互いに離れたところからでも認識のズレがなく研究が進められるのです。

     笑い話みたいですが,以前は北京に電話をしても黄砂状態の判断が異なることが多かったですし,内陸ではもっとひどかったのです。「今,黄砂が発生しているでしょう」というと「曇っているだけだよ」という返事が返ってきたりしました。そのため私たちは,1996年の研究の1期から地上モニタリングのチャンスを何回も逃してきました。地上サンプリングをする際,「黄砂日」の判断ができること,つまりライダーの存在,そしてモデルの存在というのは非常に重要です。

モデルとは

菅田誠治さんの写真
大気圏環境研究領域大気物理研究室
菅田誠治さん
  • Q:現在の研究では,モデルも登場していますね。ちょうど今モデルという言葉が出ましたが,具体的 にはどのような役割を果たすのですか。
    菅田:研究を行う上でモデルがなぜ大切かといいますと,黄砂現象全体を把握することができるからです。私たちが黄砂について知りたいのは,黄砂がどこから発生して,どう動いているのかという全体像をつかむことです。観測はどんなに規模を拡大しても点の情報でしかありません。その点同士をつなぎ,全体を再現するためにモデルを作ることが必要です。
  • Q:それはどのようにして作っていくのですか。
    菅田:たとえば黄砂がどのように発生していくのかを見る場合は,発生と輸送の両方の計算が必要です。発生については,「ある一定の地上条件の時に一定以上の風が吹くと砂が舞い上がる」という観測や実験から得られた基本データを元に求めて行きます。風の強さに関しては天気予報と同じようなモデルがあり,これらを使って黄砂の放出量が計算されます。一方輸送については,大気を三次元に細分化し,水平方向には100km程度(将来的にはそれ以下に),鉛直方向には上空に行くほど粗くなりますが,地上付近では100m程度に分割したたくさんの格子をつくり,動きや広がりについて各格子にそれぞれのデータを取って計算します。簡単にいえば以上のプロセスです。
  • Q:計算されたモデルの成果はいかがですか。
    菅田:一つの例ですが,2001年3月15日から23日にかけての黄砂のシミュレーションを行いました。その結果,北京では19日から20日にかけてと,21日に2回の大きなピークが観測され,ライダー観測の結果と定性的には大きくズレていないことが確認されました。今後はデータの改良を重ね,より現実に近いものを作って行きたいと思っています。また将来ですが,対策のモデルにまで発展できればと考えています。
図2 ライダーで観測した2001年3月の北京の黄砂と化学輸送モデルCFORSの計算結果比較
2001年3月の北京における黄砂の鉛直時間分布についてライダー観測で得られた結果(上図)と化学輸送モデルCFORSで得られた黄砂濃度(下図)を比較した図。色の濃淡は黄砂濃度の大小に対応するもので,濃淡の調子が同じ傾向ということがわかります。
  • Q:対策というとどういうことが考えられますか。
    菅田:たとえば砂漠に草を植え,黄砂シーズンの春に人工雨を降らし,表面土壌に湿り気を何%か与えるなどの条件を設定し,舞い上がる黄砂の量がどのくらい減るかを計算によって予測できればと思っています。このようにいろいろな要素を変えることによって結果が変化する面白さが,モデリングにはあります。

黄砂研究の今後

  • Q:黄砂はここ数年で増えている,とのことですが。
    杉本:ライダーのデータから見ますと,2002年に日本に飛来した黄砂の回数は非常に多かったですね。ところが,北京ではさほど変わっていないのです。
  • Q:それは,どういうことですか。
    杉本:2001年と2002年では飛来ルートが変わったのです。北京に飛来する黄砂の大半は外モンゴル南西部や内モンゴルで発生したもので,これらは約1日で北京周辺に到達,その後北上します。通常,強風を伴う黄砂の本流は日本へは到達しません。北東に流れる帯状の一部が南東に広がるような形で日本へ輸送されます。ところが北上するポイントが東側にズレると,黄砂の本流は韓国や日本へ直接飛来してきます。そのケースが2002年は目立ったのです。

    西川:タクラマカン砂漠,ゴビ砂漠,黄土高原で発生した黄砂が,どのようなルートで北京や日本に飛来するのか完全にはわかってはいません。そのような飛来ルートを明らかにし,モデリングよって再現できれば黄砂の発生原因の解明にも役立つと考えています。
  • Q:北京の黄砂状況は変わっていないのですか。
    西川:回数に限れば変わっていません。ただ2002年は黄砂の季節が早くきており,量も違います。これは気候変化が関係しているのかどうかまだわかりませんが,連続モニタリングで明らかにしたいと思っています。
  • Q:ところで中国本土の黄砂は日本とは比べものにならないくらいすごいということですが,実際は,どんな感じなのですか。
    西川:北京で一番すごい経験をしたのは,天安門前の大通りの向こう側が見えないぐらいの状態です。後は砂漠で発生した砂嵐,これは現地の人は黒風というのですが,車に乗ってそれに遭遇したときは視界が数mくらいでした。まるで,砂の壁に囲まれて走っている状態です。

     たとえば,黄砂で視界が100mくらいですと,総粉じん量(TSP)は,10,000μg/m3を超えている場合があります。これは,まさにギネスブック級です。私が知る限り,自然由来から来る世界のTSPのトップは,サハラ砂漠の砂嵐で4,000~5,000μg/m3くらいだったと記憶しています。これに対し,私たちのグループは2002年3月20日に北京で12,000μg/m3の値を観測しました。この数字は首都でのチャンピオンデータのはずです。

     ただ,これまで観測データの重要性が理解されていない面があり,手法がまちまちで観測や測定の条件なども曖昧なところがありました。これでは世界から信用されません。そこをしっかりクリアし,中国,韓国,日本,モンゴルでのモニタリング手法をきちんと統一した上で,黄砂の東アジア全体の評価をしなければならないと思っています。そこで昨年から黄砂観測のネットワークを結び,動態を測るだけではなく手法の統一化も図っています。

中国との共同研究について

  • Q:中国との共同研究について,苦労はありましたか。
    西川:中国に限らず多国間で共同研究を進める上で大切なことは,テーマの善し悪し以上に相互理解が根底にないとうまくいきません。幸い,私たちの研究のカウンターパートは,日中友好環境保全センターの全浩先生という方で,20年前に中国から国立環境研究所へ来た第1回国費留学生です。その後も研究交流が続いていたので相互理解という面では非常にうまくいきました。

     もう一つは日中友好環境保全センターで中国側研究チームを支援している国際協力事業団(JICA)の存在も非常に大きいものがあります。おかげで,現在も黄砂の研究は順調に進んでいます。黄砂問題は,中国政府の首脳も大きな関心を持っており,日中友好環境保全センターとの共同研究に対して高く評価していただいています。
  • Q:研究の体制づくりも充実して,本格的に黄砂の解明に乗り出すわけですね。今後が楽しみです。ありがとうございました。