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「北太平洋海洋表層の二酸化炭素吸収に関する研究」の概要

Summary

 海洋と大気のCO2交換は炭素循環のキープロセスであり,この量を正確に把握することは,大気中のCO2の濃度変動を研究する上で重要なポイントです。海洋のCO2吸収などの季節変化を完全にカバーする観測はこれまでになく,今回北太平洋域において初めて密度の高い観測を行い,データの解析を試みるとともに炭素循環の解明を行いました。

(1)新型平衡器の開発

 海洋のCO2吸収を定量化する方法の一つとして,大気と海洋のCO2交換を測定する方法があります。世界各国で主に調査船を用いたCO2分圧の測定が行われていますが,その測定法の標準化およびデータベースの作成は,大気中のCO2濃度モニタリングと比較して遅れた段階にあります。全海洋のCO2吸収量を精密に評価するには,正確な測定法の確立,方法間誤差とその要因の解明が重要です。

 それを踏まえ,国内研究機関で用いられている10方式のCO2分圧測定装置(平衡器)の相互比較実験を行いました。その結果,ほぼ±2ppm以内で各方式の値が一致するという好成績を得ました。この実験の際,バブル方式とシャワー方式の測定誤差問題とその原因を詳細に把握し,シャワー方式の改良型であるミキサー方式とバブル方式を組み合わせ,両者の長所を生かした上で正確な測定値が得られるタンデム平衡器を開発しました。

 それぞれの特徴は,

 1.シャワー方式:シャワーヘッドから筒内に海水を流下させ,そこで気液平衡を達成する循環式平衡器。もっとも普及してますがシャワーノズルが動物プランクトンなどの粒子で目詰まりしやすく運転中の保守が必要です。効率が高くないため空気の循環が必要となって検出系の構成が複雑になります。応答速度が遅いため典型的データ間隔は1時間程度。

 2.ミキサー方式:原理はシャワー方式と同様。より太い海水出口を使うため詰まりはないですが,能率はやはり高くありません。

 3.バブル方式:1m程度の長さの筒中を流下する海水中を空気の泡が上がっていく方式で,気液平衡能率がよく,1回の通気(フロースルー)で平衡が達成されます。応答が早いので,1分間隔でも正確に測定が可能です。ただし,泡の表面張力の問題で,CO2分圧が真の値より低めに測定されることが明らかになりました。

 開発されたタンデム型(図4)は初段にバブル方式後段にミキサー方式の平衡器を連結したもので,バブル型の値のずれをミキサー方式が補償します。相互の問題点を補う通気型高速応答平衡器ができあがり,船上運転ではメンテナンスフリーの測定が行えるようになりました。

図4

(2)定期貨物船による観測(図2,3参照)

 地球環境モニタリングの一環として1995年3月,日加定期貨物船Skaugranによる大気/海洋間CO2交換収支の観測を開始しました。1999年9月までに38往復し,データを取得しました。このデータ解析による季節ごとの海洋のCO2分圧から大気のCO2分圧を引いたCO2分圧差(ΔpCO2)の値を地図上に描いた広域マッピングから以下のことが読みとれました。

 1.本州東方海域では年間2周期成分が強く,春と秋にΔpCO2が低下しました。

 2.千島・カムチャッカ半島沖とベーリング海では3月にΔpCO2最大,9月に最低となり,春期の生物生産による影響でΔpCO2が低下,冬季の鉛直混合でΔpCO2が上昇することがわかりました。

 3.アラスカ湾では季節変動が少なく,年間を通してΔpCO2はゼロかわずかにマイナスでした。

 4.北太平洋中央部中緯度域は5月にΔpCO2最大,11月に最小。水温変動に伴う変化の卓越がわかりました。

 なお全季節を通した北太平洋北緯34度以北の海域平均では,衛星観測からの風速データを用いると,正味のCO2吸収量は0.24GtCであり,世界全体の海洋のCO2吸収量の10%以上であることがわかりました。

(3)生物化学過程の解析

 pCO2の変動は季節,風とともにプランクトンなど生物生産による影響もあります。本研究ではこの点についてもプランクトンの栄養となる栄養塩(硝酸塩)から解析しました。

 海洋のCO2分圧データと硝酸のデータの季節変化とこれらの間の相互関係から,この海域の夏のpCO2低下は表層での植物プランクトンによる効果が大きいこと,また冬にpCO2が高まる現象が,鉛直混合による表層海水への炭酸の回帰に支配されていることが明らかになりました。こうした表層pCO2観測データの解析から,海域の炭素循環・物質循環の推定が可能になります。

(4)CO2の同位体測定および酸素濃度測定による炭素循環の解明(図5参照)

 CO2の炭素同位体比を用いてCO2の動態解明研究が行われてきましたが,これに加えて大気中の酸素濃度の変動からCO2収支を解こうとする試みがあります。酸素濃度の分析法に関しては,1ppm程度の精度で分析することが可能になりました。研究では定期船で採取されたサンプリングや地球環境研究センターのモニタリングステーションのデータを解析しました。それによると,

 1.船上データを時系列で解析すると,炭素同位体比は北に行くほど季節振幅が大きく(CO2濃度変動と同じ)南に小さいが,トレンドはいずれの緯度でも減少傾向にあることがわかりました。

 2.沖縄県波照間島,北海道落石岬での観測では,いずれもCO2は冬に高く夏に低い濃度を示すのに対し,酸素濃度は反対に冬に低く夏に高くなります。波照間での3年間(1997年7月〜2000年6月)の観測結果から,酸素濃度が年間3.7ppmの割合で減少していることがわかりました。

 以上の結果をもとに,海洋と陸域のCO2吸収量の推定を試みました。

図5