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2011年10月31日

福島第一原子力発電所から放出された放射性物質の大気シミュレーション

【東日本大震災復旧・復興への取り組み】

大原 利眞、森野 悠

 2011年3月11日の東日本大震災によって発生した、東京電力福島第一原子力発電所(以下、福島原発)の事故によって、大量の放射性物質が大気中に放出しました。放出された放射性物質は、福島県だけでなく、宮城県、関東1都6県、静岡県などの広い範囲で、土壌、水道水、農産物、畜産物、上下水道汚泥など様々な環境汚染を引き起こしています。

 大気中に放出された放射性物質は、風によって風下に運ばれながら(移流)、風の乱れによって水平・鉛直方向に広がります(拡散;以後、移流と拡散を合わせて輸送と呼びます)。大気中を輸送される過程において、放射性物質は放射性崩壊して徐々に減衰するとともに、大気中でガスと粒子の両方の状態で存在しうるヨウ素131のような物質の場合には、ガスになったり粒子になったりします。大気中の放射性物質は、最終的に大気中から除去されて地表面に負荷されますが、この除去(沈着)プロセスには2種類あります。一つは、風の乱れ等による乾性沈着、もう一つは、降水に取り込まれる湿性沈着です。このようにして大気から地上に落ちた放射性物質のうち、半減期が長い放射性セシウム(セシウム134とセシウム137)が私達の生活と周りの環境に大きな影響を及ぼしているのです。

 さて、放射性物質は大気中をどのように輸送・沈着したのでしょうか?風が一定方向に吹いている場合には、放射性物質はプルーム(羽毛)状に大気中を輸送されます。これが、いわゆる「放射性プルーム」と呼ばれるものです。しかし、風が時空間的に一定・一様に吹くことは少なく、地形や地面の状態、海陸風や山谷風、高低気圧などの影響を受けて複雑に変化します。福島原発周辺でも、西側にある山岳の影響を受けて、放射性物質は複雑に輸送されたと考えられます。このようにして大気中を輸送された放射性物質は、乾性・湿性沈着によって大気中から除去されますが、一般的に、粒子はガスよりも乾性沈着しにくく、湿性沈着しやすいと考えられます。このため、大気中で粒子として存在する放射性セシウムは、乾性沈着よりも湿性沈着によって大気中から除去されやすく、その大気濃度が高い地域に雨が降り始めた場合に、沈着量が大きな地域(いわゆる「ホットスポット」)が出現します。一方、ヨウ素131は乾性沈着しやすいため、その沈着量は放射性セシウムほど降水に依存しません。

 このような放射性物質の複雑な挙動を把握するためには、大気シミュレーションが役に立ちます。以下では、大気汚染現象をシミュレーションするために開発されたコンピューターモデルを用いて、放射性物質の広域的な挙動を解析した結果について紹介します。使用したモデルは、米国・環境保護局(EPA)で開発された化学輸送モデル「CMAQ(Models-3 Community Multiscale Air Quality)」です。グリッドは6km、計算対象領域は関東・南東北地方を含む東西700km×南北700km、計算対象物質はヨウ素131とセシウム137であり、ヨウ素131はガス80%と粒子20%、セシウム137は全て粒子として大気中に存在すると仮定しました。CMAQで使用する気象データは、気象庁の気象格子点データをもとに地域気象モデルを使用して計算しました。また、放出量データには、(独)日本原子力研究開発機構が2011年5月12日に発表したデータを使用しました。モデルの結果を検証するために、文部科学省が全国46都道府県で実施した定時降下物モニタリングデータなどと比較し、観測された降下量(沈着量)の時空間変化やレベルを、モデルがほぼ再現していることを確認しました。しかし、放出条件、気象(風と降水など)、沈着モデルなどの不確実性が大きいことに注意する必要があります。

 モデルによって計算されたヨウ素131とセシウム137の、3月11日~3月29日における累積沈着量の地域分布を図1に示します。この図によると、放射性物質の影響は福島県以外に、宮城県や山形県、関東1都6県、静岡県、山梨県、長野県、新潟県など広域に及んでいることがわかります。前述したように、ヨウ素131は乾性沈着が多く、湿性沈着は少ないため、沈着量は大気濃度に強く依存し、福島原発からの放射性プルームが何度となく通過した福島県東部や茨城県などの関東地方北東部で沈着量が多い結果となっています。一方、セシウム137は、乾性沈着が少なく、湿性沈着が多いため、沈着量は大気濃度と降水量の両方に依存し、大気濃度が高い降水域で沈着量が増大することになります。このことを反映して、原発周辺だけでなく、風によって放射性物質が輸送され、且つ、降水があった福島県東部、宮城県南部、関東北部・西部などの地域で沈着量が多く計算されています。これらの空間的な特徴は、観測された空間線量マップの特徴とほぼ一致します。しかし、空間線量マップで比較的高い線量になっている茨城県南西部から千葉県北西部では、モデル沈着量は目立った増加を示しておらず、この特徴を作りだした3月21日の事象をモデルは正確に再現できてないと考えられます。

図1
図1 2011年3月11日から29日における、モデルで計算されたヨウ素131(左図)とセシウム137(右図)の蓄積沈着量。単位はいずれも kBq m-2。

 それでは、放射性物質は、いつ東日本に沈着したのでしょうか?モデル結果によりますと、沈着したのは3月15日~16日と3月21日以降の数日の2期間で集中しています。即ち、福島原発周辺において、高濃度の放射性プルームが通過し、更に、その通過と降水帯のタイミングが合った2期間に、大量の放射性物質が沈着したと考えられます。また、大気中に放出された放射性物質のうち、ヨウ素131は13%(乾性沈着9%、湿性沈着4%)、セシウム137は22%(乾性沈着1%、湿性沈着21%)がモデル領域内の陸上に沈着し、それ以外は海上に沈着したかモデル領域外(ほとんどが太平洋上)に流出したことがわかりました。

 本稿では、放射性物質のシミュレーション結果に基づき、福島原発から放出された放射性物質の大気中の挙動について紹介しました。このようなシミュレーションによって、放射性物質の大気中での挙動や地表面に沈着したメカニズムが明らかになってきました。また、文部科学省や様々な学術研究機関、団体・個人によって放射性物質に対する多様な測定が進められ、放射能汚染の実態が明らかになりつつあります。しかし、様々なデータを統合して、広域的な汚染マップを作成すること、環境中での放射性物質のフローとストックを解明すること、その前提となる放出量データの不確かさを小さくすること、といった汚染の全容を把握するための取組みが進んでない状況にあります。放射能汚染が非常に重要な社会問題になっていることを踏まえると、測定とモデルによる調査・研究を更に強力に推進し、また、原子力分野、環境分野、影響分野などの研究者間の連携を強め、更には、関係する研究機関や行政機関、事業者、一般市民の協働によって、放射能汚染の全容解明と汚染低減に向けた取組みを加速する必要があります。

*(Chino, M. et al., J Nucl Sci Technol, 48, 1129-1134, 2011)

【参考資料】

大原 利眞、森野 悠

(おおはら としまさ、地域環境研究センター長、
大気環境モデリング研究室長[兼務] /




もりの ゆう、地域環境研究センター
大気環境モデリング研究室 研究員)

執筆者プロフィール:

事故発生から5カ月が過ぎた(本稿執筆時点)にも関わらず、放射能汚染に係る新たな問題・課題が次々と起こっており問題の深刻さが浮き彫りになっています。この記事が掲載される10月末には解決の道筋が見えていれば良いのですが。引き続き微力をつくしたいと思います。

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