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2015年9月30日

放射性物質による環境汚染からの回復研究

Summary

 東日本大震災に起因する原子力発電所事故によって環境中に放出された放射性物質による環境汚染、その汚染が生物や人の健康に与える影響、汚染された廃棄物の処理処分技術など、被災地の環境回復に関する環境研究は幅広くかつ緊急性も高い課題です。国立環境研究所は、発災直後からこれらの研究に取り組んできました。

廃棄物の処理処分技術・システムの構築

 東京電力福島第一原子力発電所の事故は、1986年のチェルノブイリの事故と比較して、人口密集地の近くで起こりました。そのため、私たちの生活活動に伴って生じた廃棄物にも放射性物質が混入し、焼却施設から発生した焼却灰に濃縮されて、その一部は処分が困難になり、今もなお処分できずに保管されている状況です。また、汚染が生じた場所の除染によっても大量の除染廃棄物や汚染土壌が発生し、その適正処理が課題になっています。

 私たちは、それらの汚染廃棄物等の適正処理技術に関しての研究開発を精力的に行ってきました。まず、放射性物質を含む廃棄物が焼却施設内で安全に処理されているかを確認する必要がありました。ダイオキシン類対策のために、排ガス処理にはバグフィルターなどの高度な処理システムが適用されていますが、放射性セシウムにも極めて効果的であることを多くの施設調査により確認しました。そのメカニズム解明にも精力的に取り組みました。化学平衡理論を用いて、焼却炉内で放射性セシウムがどのような化学形態や性状になっているかを推定する方法を確立し(図7)、実験的な観察なども行いながら推定精度を高める研究を継続しています。

 焼却施設から発生する焼却灰には、焼却炉の底に残る残灰(主灰)と、排ガス中に揮発した金属等が冷やされて凝縮したばいじん(飛灰)が存在します。私たちの研究により、主灰や飛灰の放射性セシウムの化学形態が明確になり、水への溶けやすさなども推定可能になりました。フィルターにより捕集された飛灰中の放射性セシウムは、塩化セシウムの形になっています。水に極めて溶けやすい物質です。したがって、汚染された飛灰を埋め立て処分する際には、周辺の水環境を汚染しないように厳重な管理が必要になります。降雨と接触をさせないように、隔離層で覆う方法や、飛灰をセメント固型化する方法などについても検討しました。また、土壌中の粘土鉱物が放射性セシウムを極めて強固に吸着することが知られていますが、飛灰を埋め立て処分する際に生じる塩類濃度の高い浸出水の中ではその吸着能力が低下することが懸念されました。そこで、異なる塩類濃度での土壌の吸着能力を測定し、適切な土壌吸着層厚さの考え方を提案しました。

 そのほかにも、測定モニタリング技術やコンクリートを用いた処分技術の研究など様々な研究を行い、多くの成果を提供してきました。それらの成果は、国の法律における技術基準やガイドラインに反映され、また産業界が技術開発を行う上での科学的基盤となっています。

都市ごみの焼却処理工程におけるセシウム化合物とその生成量
図7:マルチゾーン平衡計算による各ゾーンにおけるセシウム化合物とその生成量
焼却施設内において放射性セシウムの化合物とその生成量を計算するために、マルチゾーン平衡計算を用いた焼却シミュレータを開発しました。マルチゾーン平衡計算とは、焼却施設内を機能ごとにゾーンに分け(乾燥、熱分解、燃焼など)、ゾーンごとに平衡計算を行う方法です。これまでに、排ガスの主要成分の濃度は妥当な値が得られていることを確認しました。また、放射性セシウムの各種灰への移行率も比較的良好に再現できます。図は施設内のセシウムの化学形態と生成量を示します。飛灰中の放射性セシウムは主に塩化セシウムとして存在していることが示唆されました。化学形態が明らかになると、灰の性状(例えば、放射性セシウムの溶出性など)も予想でき、焼却条件によって性状の制御もある程度可能になると考えられます。

環境動態、生物・生態系影響の把握

 放射性物質に汚染された森林、河川、湖沼、沿岸等の汚染実態と環境動態を把握して将来予測するための環境動態計測と環境モデリング、生物・生態系に対する影響などの研究を進めてきました。

 福島第一原発事故によって放射性セシウムに汚染された地域の大部分は森林です。森林における放射性セシウムの動態を明らかにし、除染の在り方を検討することを目的として、半減期が約30年と長いセシウム137に焦点を絞り、森林への沈着から樹木や土への移行、そして河川への流出までを、茨城県筑波山や福島県北東部の宇多川上流域を対象として調査しました。

 事故直後から調査を開始した筑波山では、事故時に樹木の葉や枝に沈着したセシウム137が、その後の雨の洗い出しや落葉によって土へ移行することで、事故直後より1年後のほうが土中の蓄積量が増加することがわかりました。さらに、土中のセシウム137の深度別分布の経年変化を調べたところ、いずれの調査地でも事故由来のセシウム137の90%以上が、事故から3年以上経過しても土壌表層5cm深さまでに留まっていました。特に宇多川上流域では、いまだに有機物層に相当量のセシウム137が貯留されていることが分かりました(図8)。また、セシウム137の森林流域から河川への年間あたりの流出量は、流域への総沈着量と比べてごくわずかで、筑波山、宇多川上流域のいずれも年間当たりの流出率で0.3%以下と見積もられました。

 福島県では、福島第一原発事故に由来する放射線による野生生物への影響が懸念されました。放射線は生物のDNAに損傷を与え突然変異を誘発することが知られています。一方で、生物にはこのようなDNA損傷を速やかに修復する力があります。しかし、このバランスが崩れると、DNAの損傷が蓄積し、低確率ですが突然変異を誘発することがあります。

 福島県の土壌に由来する放射線によるDNA損傷が生物の修復能力を超えているかどうかを評価するために、DNA損傷からの修復を定量的かつ視覚的に見ることができる遺伝子を組換えたシロイヌナズナを、福島県内で採取した汚染土壌を用いて栽培しました。30日間の栽培期間に植物が浴びた積算放射線量とDNA修復量の関係を見た結果、放射線量に応じて修復量は増加しており、突然変異が蓄積している傾向は確認されませんでした。

土壌中セシウム137の沈着量グラフ
図8:福島県宇多川上流森林域における土壌中セシウム137の深度別分布の経年変化
森林土壌に沈着したセシウム137の垂直方向への移動を把握するため、茨城県筑波山林および福島県宇多川上流域の森林にて、土壌中セシウム137の深度別分布の経年変化を調査しました。その結果、茨城県筑波山の常緑針葉樹林では、事故時に樹木の葉や枝に沈着したセシウム137が、その後の雨の洗い出しや落葉によって土へ移行することで、事故直後より1年後のほうが土中の蓄積量が増加したことを確認しました。特に宇多川上流域では、未だに落葉落枝からなる有機物層(図中のL層とFH層)に相当量のセシウム137が貯留されていることが分かりました。一方、落葉層に分布していたセシウム137の多くが下層の鉱質土壌へ移動した事例も報告されていることから、セシウム137の下方への移動の速さは、地点によって異なると考えられます。落葉層除去による除染は、セシウム137の深度別分布を踏まえた上で行うことが重要と言えます。

被災地の課題解決のために

 福島県などの被災地の環境回復に関わる課題は山積しています。そのため、国内外の研究機関と連携して、(1)長期モニタリングやモデルによって、環境中の放射性物質の汚染実態や移動・蓄積を解明し、長期的な推移を把握するととともに、除染などによる対策効果を予測すること、(2)無人化や除染によりかく乱された生態系の変化を評価・予測するとともに、放射線などによる野生生物への影響を評価すること、(3)放射性物質に汚染された廃棄物や土壌を安全・効率的に処理・処分する技術・システムを確立することなどを進めています。

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