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気候変動影響評価に資する光合成活性の高時空間観測システムの構築(令和 7年度)
Development of high spatiotemporal observation system of photosynthetic activity for the assessment of climate change impacts

研究課題コード
2326TB001
開始/終了年度
2023~2026年
キーワード(日本語)
気候変動,植物プランクトン,海洋熱波
キーワード(英語)
Climate Change,Phytoplankton, Marine Heatwaves

研究概要

近年頻発する海洋熱波を始めとする極端海洋現象による低次生態系や大気ー海洋間二酸化炭素(CO2)交換量への影響が危惧されています。本研究では、極端海洋現象ーCO2濃度ー植物プランクトンの生理状態(光合成活性)の相互作用の解明と海洋炭素循環への影響を評価するための高時空間観測システムを構築し、北太平洋におけるCO2濃度と光合成活性の季節変動を同時に把握できる世界初のデータセットを創出します。

研究の性格

  • 主たるもの:基礎科学研究
  • 従たるもの:モニタリング・研究基盤整備

全体計画

本研究課題では「船舶による高時空間解像観測」と「全球気候モデルによる数値計算」を軸に以下の研究項目を設ける。

研究項目1. 海洋表層CO2濃度と光合成活性の同時観測システムの構築

【CO2濃度と光合成活性の同時観測】
協力商船では船底(約5 m深)から汲み上げた海水をCO2観測システム(CO2計:LI-7000, Licor)と研究海水採取用に分岐している。この経路を一部改修することで、海洋表層のCO2濃度と植物プランクトンの光合成活性データの同時取得を目指す。海盆スケールにおいて季節的な変化が予想される植物プランクトン群集を対象とするため、英国チェルシー社の開発した最新卓上型蛍光光度計LabSTAFを用いて、高速フラッシュ蛍光光度法(Kolber et al., 1998)によって植物プランクトン群集の光合成系II(PSII)パラメータ(光合成活性データ)を20-30分間隔で連続して測定する。植物プランクトンは、その現存量指標であるクロロフィルa色素以外にその群集に特異的な光合成補助色素を有するため、異なる7つの励起波長を照射可能な同蛍光光度計によって、植物プランクトンの群集構造と光合成活性の状態を同時に把握する。多波長励起光で得られた光合成活性パラメータは、光合成量と群集組成を同時に推定可能なアルゴリズム開発を念頭に置いた基盤データとして用いる。一方、蛍光光度計を制御するシステムは既存のCO2観測システムとは独立しているため、CO2観測システムの開発チームと協議し、両システムのデータを同時制御する機構を新たに設ける。また、本課題終了後も観測とデータ管理を維持できるよう観測やデータ管理に対する人的省力化を検討する。

【その他の海洋環境データの取得】
洋上大気・海洋表層のCO2観測に加えて、航行中は水温・塩分(SBE21/SBE45, Seabird)、光合成有効放射量(ML-020P、Eiko)、硝酸塩濃度(OPUS、TriOS)、溶存酸素濃度(AROW2、JFEアドバンテック)を連続測定する。また、栄養塩類(硝酸塩+亜硝酸塩、リン酸塩、ケイ酸塩、アンモニア)は航行中に取得した海水試料(-70ºCで船上保管)を国環研実験室にあるオートアナライザ(QuAAtro39, BLTEC)で分析する。植物プランクトン群集組成データに関しては、宇宙航空研究開発機構・第三回地球観測研究公募で取得した高速液体クロマトグラフィー(HPLC)植物色素サンプルを活用する。また航行中の植物プランクトン群集組成の時空間分布については環境省・地球環境保全等試験研究費で取り組んでいる光学式センサによる推定値等も活用することで、本課題で取得される光合成活性データの時空間変動要因についても多角的な観点から解析する。一方、協力商船の観測だけでは空間的なサンプリング頻度に限界があるため、既存の衛星を用いた広範囲なリアルタイム観測との連携や過去に協力商船で取得された植物色素データの活用についても検討する。

【極端海洋現象の影響評価】
海洋熱波の発生は衛星海面水温およびJRA-55等の再解析データを用いて、Hobday et al. (2016)に従って定義する。また酸性化指標は協力商船で得られる海洋表層CO2濃度、水温・塩分データからCO2SYSプログラムを用いて算出する(Lewis and Wallance, 1998)。海洋熱波域(または高い酸性化指標域)の内外におけるCO2濃度、光合成活性、その他の環境データを比較することで、極端海洋現象−CO2濃度変動−生物的要因の相互作用と海洋炭素循環への影響を評価する。

研究項目2. 13C法による船上培養実験と光合成活性との比較
研究項目1において卓上型蛍光光度計LabSTAFで測定した光合成活性パラメータと13C法を用いた光合成-光曲線実験および疑似現場法による24時間培養実験の結果を比較し、炭素ベースの固定速度との関係を把握する。協力商船では培養実験を実施できないため、地球環境保全等試験研究費で共同調査を実施している他機関の海洋調査航海において上記培養実験を実施し、光合成活性パラメータと比較する。蛍光光度計による光合成活性パラメータと炭素トレーサー法との関係式は従来研究でも提案されているが、本研究課題ではLabSTAFで得られる多波長励起光による光合成活性パラメータを活用することで、群集組成の違いを考慮した炭素固定速度の推定法についても検討する。また、海洋調査航海においては可能な限り鉛直方向での採水も実施し、海面での値と水柱積算値との関係性を評価する。

研究項目3. 海洋環境および生態系プロセスの再現性評価
本研究課題では、これまで蓄積してきた既存の現場観測データも最大限活用し、全球気候モデルを用いた「極端海洋現象に伴う低次生態系への影響評価・予測」を行うための前段階として、次の方法でより詳細な解析を実施する全球気候モデルを選定する。
国環研の協力商船で蓄積してきた海洋環境データセット(蛍光法によるクロロフィルa濃度や栄養塩類などの10年規模データ)とCMIP6炭素循環マルチモデル(Séférian et al., 2020)の過去再現実験結果を基に、海洋熱波域(または高い酸性化指標域)の内外における各データの頻度分布を比較することで極端現象発生時のCMIP6モデルの海洋環境と生態系プロセスの再現性を評価し、10年規模の時間スケールにおける再現性の点から上位・下位それぞれ5モデルを選定する。一方、CMIP6に用いられる海洋生態系モデルだけでは再現が難しい生態系プロセスも存在するため、FlexPFT(Smith et al., 2016, Masuda et al., 2021)のような細胞レベルの生理モデルの活用も検討する。

研究項目4. 極端海洋現象に伴う低次生態系への影響評価・予測
研究項目3において選定したCMIP6炭素循環モデル(再現性評価における上位5モデル)を用いて、北太平洋における極端海洋現象(海洋熱波や海洋酸性化)の出現頻度・期間・範囲を将来予測シナリオ別に定量化する。また、極端海洋現象発生域の内外における低次生態系に関するデータの頻度分布を抽出する。次に再現性評価における下位5モデルに対して同様の解析を実施する。得られた2つのグループの結果を比較することで、10年規模の現場観測データに対する再現性評価に基づいて解析に使用する全球気候モデルに制約を設けることで、極端海洋現象に伴う低次生態系へ影響予測の不確実性がどのくらい低減されるのかを評価する。また研究項目1-4に関連する研究成果の発表と論文執筆に研究期間を通じて取り組む。

今年度の研究概要

研究項目1. 海洋表層CO2濃度と光合成活性の同時観測システムの構築
【CO2濃度と光合成活性の同時観測】
第二年次に協力商船において運用を開始した卓上型蛍光光度計での観測を継続する。また第二年次末に開発した海洋表層CO2分圧と光合成活性の観測データ同時制御機構を用いたデータ取得を開始すると共に観測時の問題点の洗い出しとシステム改修を随時行う。

【その他の海洋環境データの取得】
第二年次に引き続き、洋上大気・海洋表層のCO2分圧、水温・塩分、光合成有効放射量(PAR)、硝酸塩濃度、溶存酸素濃度などの協力商船で取得される連続データの統合データセットの構築作業を進める。また、炭素固定量の見積りに必要な日射量に関して、船舶での瞬間値を日平均値へ補間するため、衛星画像プロダクトとの関係性の把握に向けたデータ整備を行う。

【極端海洋現象の影響評価】
第二年次に引き続き、衛星データおよび再解析データを用いて、海洋熱波の発生場所・期間の特定を行う。また協力商船で得られる海洋表層CO2濃度、水温・塩分データから酸性化指標を算出し、極端海洋現象−CO2濃度変動−生物的要因の相互作用と海洋炭素循環への影響を評価するための統合データセットの構築作業を進める。海洋熱波に伴う鉛直的な海洋構造の時空間的な変化の把握については、第二年次に共同研究を開始した海外研究機関(豪州・タスマニア大学)と協力し、生態系モデルやBGC-Argoデータによる解析を実施する。

研究項目2. 13C法による船上培養実験と光合成活性との比較
【光合成-光曲線実験(炭素固定速度の把握)】
練習船「海鷹丸」に乗船し、光合成-光曲線実験および疑似現場法による24時間培養実験を実施する。また本年度に導入する水中蛍光光度計を用いて、鉛直的な植物プランクトンの群集構造と光合成活性を連続的に評価するための観測を実施する。

【光合成活性パラメータと炭素固定速度の比較】
第二年次に引き続き、上記実験で使用する海水試料の一部を用いて、卓上型蛍光光度計によって光合成活性パラメータを測定し、電子伝達速度と炭素トレーサー法による炭素固定速度の比較を行う。

研究項目3. 海洋環境および生態系プロセスの再現性評価
協力商船で蓄積してきた海洋環境データセット(栄養塩、水温、Chla濃度等)を用いた変動現象について解析を継続する。またCMIP6炭素循環マルチモデルの再現性評価の一環として、過去再現実験データにおける変動現象発現の有無についても解析を継続する。

研究項目4. 極端海洋現象に伴う低次生態系への影響評価・予測
研究項目1【極端海洋現象の影響評価】および研究項目3において構築したデータセットを用いて、栄養塩類、Chla濃度等の変動と極端海洋現象発生域の関連性について解析・評価を継続する。卓上型蛍光光度計で得られたデータから換算した炭素固定量および海洋表層のCO2分圧が海洋熱波の発生条件(頻度、期間、強度)でどのように変化するのかを定量的に評価すると共に、卓上型蛍光光度計で得られた光合成活性データ(Fv/Fm等)そのものを海洋熱波の生物指標として活用できるかについても解析・議論を進める。

外部との連携

北海道大学、京都大学、水産研究所、長崎大学、タスマニア大学(豪州)

課題代表者

高尾 信太郎

  • 地球システム領域
    大気・海洋モニタリング推進室
  • 主任研究員
  • 博士(環境科学)
  • 生物学,物理学
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