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1997年3月31日

環境保全のためのバイオテクノロジ−の活用とその環境影響評価に関する研究
平成3〜7年度

国立環境研究所特別研究報告 SR-21-'97

はじめに

表紙
SR-21-'97 [1.9MB]

 最近のバイオテクノロジーの発展はめざましく、中でも組換えDNA技術をはじめとする遺伝子関連技術は、様々な分野において活用され、人間生活の向上に大きく寄与することが期待されている。これまで、組換えDNA実験やこの技術の利用は、組換え体の生物的および物理的封じ込めという二重の手段を講じた閉鎖系で進められてきたが、技術の進展に伴い、環境保全分野においても、組換えDNA技術を利用した環境指標植物や環境浄化微生物等の作成が進められてきており、これを野外で活用することが期待されている。しかしながら、組換え体の生態系に及ぼす影響に関する研究および手法の開発はこれまでにほとんど行われていない。
 本研究では、環境保全に有用な遺伝子を探索して遺伝子組換え生物を作成するとともに、それら遺伝子組換え生物のモニタリング手法を開発して遺伝子組換え生物およびその遺伝子の環境中における挙動を調ベ、さらにそれらの生態系への影響を検討し、生態系影響評価手法を開発することを目的とした。

研究の概要

[1] 大気保全有用遺伝子の探索ならびに有用植物の作成とその諸性質

 植物の大気汚染耐性や大気浄化能に関与すると思われる遺伝子を探索した結果、以下の4つの酵素の遺伝子がその候補として考えられることがわかり、それらについて、遺伝子の単離から、植物への遺伝子導入、更に作成された組換え植物の評価といった一連の研究を行った。各々の遺伝子について、研究の成果を図1に示すが、要約すると以下のようになる。

(1) 植物の大気浄化能は大気汚染ガスの吸収量と密接な関係があり、また大気汚染ガスの多くは葉の表面にある気孔を通して吸収されるため、その吸収量は気孔の開度に依存する。プロトンATPアーゼ(H+-ATPase)は細胞膜上にあり、気孔を開かせる原動力となる膜電位の形成に関与していると考えられており、したがって植物の大気汚染ガス吸収能に関与している可能性がある。そこでその遺伝子をソラマメの孔辺細胞から単離しようと試み、2種類のcDNAクローンを得た。
(2) 植物が大気汚染ガスと接触すると、老化ホルモンであるエチレンが発生し、このホルモンの作用により植物の障害が促進される。この大気汚染ガスによるエチレンの発生は、主としてその生合成のキーエンザイムであるアミノシクロプロパンカルボン酸合成酵素(ACCS)の活性化によってもたらされることが明らかとなった。オゾンと接触させたトマトやポプラの葉からACCSのcDNAを単離し、それを用いてACCSの遺伝子発現を調べたところ、単離されたcDNAに対応する遺伝子の転写がオゾンにより誘導されることが明らかとなった(図2)。現在この酵素の遺伝子を適当に操作することにより、大気汚染耐性植物の作成を試みている。
(3) 大気汚染ガスと接触した植物の葉中で様々な活性酸素分子種が発生し、これらの物質が障害の発生と密接に関わっていると考えられている。一方植物には、活性酸素を解毒する反応系が存在し、スーパーオキシドジスムターゼ(SOD)やグルタチオンレダクターゼ(GR)、アスコルビン酸ペルオキシダーゼ(APX)などの酵素がその反応に関与している。そこでGRやAPXのcDNAを植物から単離し、これらの活性酸素消去系酵素の遺伝子を操作した結果、SODとGRの遺伝子は、植物の二酸化硫黄などに対する耐性を高めるのに有効であること、またそれらの遺伝子を同時に操作することにより、効果が著しく増大することが明らかとなった。一方APX遺伝子を導入した場合には、はっきりとした効果がみられなかった(図3)。

[2] 微生物用有用遺伝子の探索と組換え微生物の諸性質

(1) 微生物用マーカー遺伝子として、塩化第二水銀化合物を金属水銀に還元する塩化第二水銀還元酵素遺伝子(水銀分解遺伝子)に着目し、マーカーとしての有効性について検討した。すなわち、水銀化合物分解酵素遺伝子群merオペロンがコードされている大腸菌由来のプラスミドNR1を単離し、merオペロンを精製し、これを広宿主域ペクター pSUP104 に組み込み作成した組換えプラスミドpSR134を各種の宿主に電気パルス法を用いて導入し、水銀化合物分解能の高い組換え微生物を作成した(図4)。
(2) Pseudomonas putida PRS2000,P. fluorescens LB303,P. aeruginosa PA01,Escherichia coli HB101, Klebsiella oxytoca R16 の各種宿主に水銀マーカーを導入した組換え微生物の水銀およびテトラサイクリン耐性能を調べた結果,いずれの組換え体もこれらの耐性能が高まった(表1)。また、いずれの組換え体においても水銀化合物分解酵素遺伝子が発現し、塩化第二水銀が還元され、金属水銀が生成されていることが確認され、汚染環境の浄化に組換え体が有効であることが示唆された。(図5)。
(3) 水銀マーカーを導入した組換え微生物の検出法として、水銀を含まない寒天平板培地上に重層する軟寒天重層法を開発した。土壌試料において、糸状菌の増殖を抑制するシクロヘキシミドを添加することにより、1グラム土壌中1細胞までの検出が可能となった。

添付図1

[3] 環境中における組換え微生物の挙動と挙動に及ぼす環境因子の影響

(1) 各種組換え体PRS2000、LB303、PAO1、HB101Rl6を栄養培地で増殖させ、組換えプラスミドの安定性を調べた結果、安定性は宿主により異なったが組換えプラスミド pSR134は比較的安定性の高いものであることが判明した。また本組換えプラスミド単独での伝達性は認められなかったが、伝達性プラスミドの共存下での伝達が確認された。
(2) 組換え微生物の水環境中における挙動に及ぼす環境因子について調べた結果、手賀沼水、桜川河川水、筑波山湧水いずれの環境水中においても、環境水をあらかじめメンブランフィルターで処理して生物を除いた濾過水中では,組換え体と非組換え体はいずれも実験開始後14日目まではほとんど減少が認められなかったが、無処理水では5日目までに急激な減少が認められた。組換え体の減少の要因として、原生動物の捕食作用が重要と考えられた。減少速度は、組換え体と非組換え体とで大きな差は認められなかった(図6)。
(3) 組換え微生物の土壌中における生残性は、土壌水分含量により大きな影響を受け、最大容水量の40〜60%で高く、20%で著しく低下した。また生残性は、土壌の種類、土壌pHにより影響を受けることが判明した(図7)。

[4] 遺伝子組換え生物の生態系への影響評価

(1) 水銀化合物分解組換え体(PpY101/pSR134)、非組換え体(PpY101)およびBHC分解菌(SS86)をライシメータ土壌表層10cm中に約107匹/g・乾土散布し、土壌中の一般細菌、グラム陰性菌、糸状菌及びβ‐グルコシダーゼ等の土壌酵素活性への影響を調べたところ、組換え体、非組換え体、BHC分解菌いずれも土壌微生物および酵素活性への影響は認められなかった(図8)。
(2) 生産者としての緑藻類、糸状藍藻類、補食者としての繊毛虫類、輪虫類、貧毛類、分解者としての細菌から構成されるモデル水圏微生物生態系を構築した。本生態系は高い再現性と安定性を有しており、100日後でも維持された(図9)。本マイクロコズムに微生物を添加し、導入微生物および構成微生物の消長パタ−ン分類を行なった(図10)。

添付図2

今後の検討課題

 遺伝子操作により植物の大気汚染耐性を高めることが可能であることが示唆されたが、これはあくまである限られた条件下での話であり、このような技術を実用化するにはまだ多くの研究が必要である。微生物に関しては、水銀還元酵素遺伝子が良いマーカーとなること、また本遺伝子を導入したいずれの組換え微生物も水銀浄化能を獲得し、環境浄化への活用が期待できることが示唆された。いずれの組換え体も、親株と比較し生残・増殖性、環境影響にはほとんど差は認められなかったが、組換え体の安全性および遺伝子の挙動、さらに生態影響評価法についてさらなる研究が必要と考えられる。

〔担当者連絡先〕

国立環境研究所

地域環境研究グル−プ新生生物評価研究チ−ム
矢木修身(微生物)
電話 0298-50-2542

生物圏環境部分子生物学研究室
佐治 光 (植物)
電話 0298-50-2445

用語説明

  • 膜電位
    膜によって隔てられた2種類の電解質溶液間の電位差。生理的には、細胞膜によって隔てられた細胞の内外液間に生ずる電位差をいう。膜電位の大きさは、主に細胞内外液のイオン組成とイオンの膜透過性(膜を通り抜けやすいかどうか)によって決定される。
  • キーエンザイム
    物質の生合成や代謝の過程では、もとになる物質(アミノ酸など)から最終産物(エチレンなど)が出来るまでに、いくつかの酵素反応がある。キーエンザイムとは、その過程中の律速となっている反応を触媒する酵素である。キーエンザイムにより、過程中の反応全体の速度が制御されている。
  • 活性酸素分子種
    空気中に存在する酸素分子は通常安定であるが、これに対し、反応性に富む状態の酸素を活性酸素という。その分子種には、一重項分子状酸素(1O2)、過酸化水素(H2O2)、ヒドロキシルラジカル(OH・)、スーパーオキシドラジカル(O2-・)等があり、生体内の脂質やタンパク質などを酸化し、細胞に障害を与える。
  • マーカー遺伝子
    生物を検出するための指標となる遺伝子。一般には抗生物質耐性遺伝子が用いられるが、環境中においても抗生物質耐性遺伝子を持つ生物が生息していることから、対象となる生物のみが持つ特異的な遺伝子、例えば有害化学物質分解遺伝子がマーカー遺伝子として活用される。
  • オペロン
    遺伝子発現において同じ調節を受けている一連の遺伝子群。同一オペロンに属する遺伝子群は機能的にお互いに関連している場合が多い。merオペロンでは、細胞内への水銀の輸送タンパク、水銀の還元酵素等の遺伝子から構成されている。
  • プラスミド
    主に細菌細胞内で染色体とは別個に複製され、安定に保持される遺伝因子の総称。細菌の生存には必須ではないが、薬剤耐性等の性質を細菌に付与する。プラスミドは染色体と比べて小さく、分離精製等の扱いが容易であるため、遺伝子操作実験に頻繁に用いられている。

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