海藻がもたらす環境問題−グリーンタイドの発生と構成種の特徴−
【研究ノート】
石井 裕一
東京湾や瀬戸内海などの閉鎖的な海域では、植物プランクトンが異常増殖し海面が赤褐色に見える「赤潮」や、貧酸素水(溶存酸素濃度の低い水)の発生に起因し生成された硫黄化合物によって水域が乳青色に変色する「青潮(地域によっては苦潮(にがしお))」が環境問題となっています。
最近になって「赤潮」や「青潮」の他に新たに「緑潮」が加わり、沿岸各地で新たな環境問題を引き起こしています。この「緑」の環境問題は「グリーンタイド」と呼ばれるもので、海藻アオサ属(Ulva spp.)が異常増殖し海岸線に堆積する現象を指します(図1)。グリーンタイドは世界各地で発生が報告されており、アメリカのチェサピーク湾やフランスのブルターニュ地方、北京オリンピックのボートレース会場となった中国のチンタオなどでの発生事例が有名です。日本国内では1990年代以降、東京湾や瀬戸内海、九州各地の沿岸浅海域などで発生が確認されています。グリーンタイドの発生によって、沿岸域の景観の悪化、海藻の腐敗に伴う悪臭、アサリなどの貝類の死滅、など様々な悪影響が懸念されています。各自治体が年間に数千万円もの費用を投じてグリーンタイドの除去・廃棄を行っていますが、毎年発生するグリーンタイドに対して有効な対策がないのが現状です。
グリーンタイドの発生原因の1つとして海域の富栄養化が指摘されていますが、はっきりとした因果関係は未だ解明されていません。実際に東京湾の奥部に位置する谷津干潟では、1990年代以降、水質が改善していく過程でグリーンタイドが発生するようになってきており、その規模や発生期間も年々拡大していく傾向にあることが明らかになりました。つまり谷津干潟を含む東京湾に関しては、他の海域で考えられている富栄養化がグリーンタイド発生の引き金ではない可能性があります。グリーンタイドを形成するアオサは主に浮遊性のアオサです。日本国内では在来種(その地域にもともと定着している種)であるアナアオサ(Ulva pertusa)やリボンアオサ(Ulva fasciata)などがグリーンタイド形成種とされていますが、最近になって、新たなグリーンタイド形成種として南方系の新種ミナミアオサ(Ulva ohnoi)の生息も報告されています。そこで私達の研究グループでは、東京湾で発生するグリーンタイドの特徴を捉えるため、海藻アオサ属の現存量と構成種の季節変動を調査しました。
調査は、グリーンタイドの発生状況や地形学的な特徴が異なる東京湾内の7ヵ所の浅海域(図2:野島公園、東扇島東公園、三番瀬、谷津干潟、千葉ポートパーク、盤州干潟、富津干潟)で、2009年10月から秋、冬、春、夏、と季節ごとに実施し、アオサの現存量と種構成比の季節変化を調べました。種構成比については、アオサは形態による分類が困難であることから、遺伝子解析によって種の同定を行いました。
図3に、毎回の調査で得られたアオサ現存量の季節変化を示します。各調査地点でのアオサの現存量をみてみると、調査を開始した秋季(10月)には、全ての調査地点でアオサが高密度(343~2,589 g/m2)に堆積し、グリーンタイドが発生していることが確認されました。その後、多くの調査地点ではグリーンタイドは消失し、現存量も少なくなり(0~110g/m2)、冬季(1月)、春季(4月)、夏季(7月)はアオサの小さな断片が点在しているだけでした。しかしながら谷津干潟に関しては、他の調査地点とまったく挙動が異なっていることがわかりました。秋季に発生していたグリーンタイドは冬季以降も消失することはなく、年間を通じて干潟内でグリーンタイドが発生していました。これは谷津干潟の極端に閉鎖的な地形の影響と考えられます。アオサの現存量をみると、冬季に最大値(1809 g/m2)、夏季に最小値(879 g/m2)が観測され、季節変動パターンも他の地点と異なっていました。谷津干潟でみられた夏季にアオサの現存量が減少する変動パターンは、東京湾では特異的なものでしたが、実は“summer decline(サマーディクライン)”と呼ばれる現象で、世界的には多く観測されている変動パターンのようです。
続いて、図4にグリーンタイド未発生時と発生時でのアオサ種構成比を示します。未発生時には各調査地点で点在する小さなアオサ断片を12個体拾い集め、その種を調べました。また谷津干潟については常にグリーンタイドが発生していたため未発生時のグラフからは省略しています。アオサの現存量が少ないグリーンタイド未発生時をみると、全ての調査地点で在来種のアナアオサやリボンアオサ、新種のミナミアオサが混在していることがわかり、ミナミアオサが東京湾内に広く分布していることが確認されました。アオサの現存量が多くなるグリーンタイド発生時には、全ての調査地点でミナミアオサが占める割合が最も多くなり優占種となっていました。いくつかの調査地点では、アナアオサやリボンアオサの存在も確認されましたが、ミナミアオサに比べ遥かに小さい比率となっていました。これらの調査結果から、東京湾では環境問題となっているグリーンタイドを形成する種はミナミアオサのみであることが明らかになりました。このミナミアオサは現在のところ東京湾では侵入種(元々その地域に存在しない種が他の地域から加入したもの)と考えられています。つまり東京湾では、環境問題であるグリーンタイドは、他水域で指摘されている海域の富栄養化ではなく、従来生息していなかったミナミアオサの侵入が発生の原因となっている可能性が示されました。東京湾ではチチュウカイミドリガニやホンビノスガイなど多くの侵入種の定着が確認されています。ミナミアオサについてもその侵入経路の解明は今後の課題となっています。
現段階では、グリーンタイドの発生原因について、まだ1つの可能性を示したにすぎません。今後も注意深く現象を観測し、在来種と侵入種の相違点や他水域のグリーンタイドとの比較などからグリーンタイド発生原因の解明に取組みたいと考えています。
生態遺伝研究室)
執筆者プロフィール
神奈川県の小さな港町の出身。高頻度でフィールドワークに出かけているせいか、一年中真っ黒に日焼けしています。先日、子供たち(姉5才・弟2才)が1本の白髪を見つけてくれました。初めて出会った“白い自分”を未だ受け入れられずにいます。