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中杉 修身

 標記の課題で執筆依頼を受けたが,3月一杯で定年退官してから20日あまりしか経過しておらず,後始末に追われる毎日で外から環境研を眺める余裕がほとんどない状態である。このような状況であるので,環境研で30年間過ごしてきた中で感じたことを,私の反省も含めて述べさせていただくことでお許し願いたい。

 30年前に開所と同時に環境研に入所したが,当時と今のギャップの大きさに信じられない思いがする。年を取るに従い,立場が変わったことにあるが,世の中の生活自体が大きく変化したことを改めて感じさせられる。最も大きく変化したと感じるのはスピードである。特に,情報伝達のスピードアップが世の中の動きを一変させる要因となったと考えられる。この30年間で環境問題は複雑化,多様化しており,1つの問題が片づかないうちに,新たな問題が発生するため,国環研がカバーすべき問題領域も大幅に拡大している。霞ヶ浦の富栄養化は環境研が設立当初からプロジェクト研究として取り組んできた課題であるが,いまだに問題の根本的な解決ができていない。その一方で,地球環境問題や化学物質汚染など,新たにプロジェクト研究が必要な課題が次々と生まれてきている。

 このような状況の中で国環研は30年間にわたり,社会に対してどのような貢献ができたかを振り返ってみると,印象に残るような出来事を思い出すことができない。確かに,学術的には評価される論文は数多く出され,新聞記事をにぎわした話題もないわけではない。しかし,この環境問題の解決には環境研の成果が中心的な役割を果たしたと社会的に認められるものは,故森田恒幸領域長が中心になって開発したAIMモデル(23巻1号参照)など,限られているように思われる。研究者が属人的に環境問題の解決に貢献している点では,私もいくらかお手伝いはできたと思うし,それなりの評価を得られているものとは思うが,国環研の研究成果として社会に貢献できているのは少ないように思われる。

 独立行政法人化によって,環境研も今後はその存在価値を社会に認められることがこれまで以上に重要になってくると考えられる。社会に存在価値を認められるには,様々なやり方があると考えられる。学問的な研究成果で社会に認められるのが,研究機関としては最も望ましい姿であると考えられる。しかし,限られた研究スタッフで多くの研究課題に取り組まざるを得ない現状からは,なかなか難しいと思われる。研究機関としてこの方向での努力を放棄することは許されないが,これ以外にも社会に存在意義を認めてもらう方策を検討する必要があると考えられる。住民意識調査の結果を見ると,社会は環境問題に対する安心を得るのに研究者のお墨付きを求めているように思われる。

 環境研はこれまで所としてこのようなお墨付きを出したことはほとんど記憶にない。明確な判断を求められる場面では沈黙を守るのが研究者の習性であり,ましてや明確な結論が出せない問題に対して所としての見解を出すことにためらいが残ることは十分に理解できる。しかし,明確な結論を出すには時間がかかり,その時期には社会も環境研に見解を求めることもないと考えられる。現在まで判明していることから類推すればこうであり,ここが未解明で分からず,そこが仮にこうであればこうなるというような解説を出すことが,社会的に環境研の存在を認めさせる上で,一つの方法になると考えられる。

 所としての考えを出すには,当然,関係者が議論して見解をまとめていく必要がある。このような作業が加わることが研究の推進を妨げる懸念がないわけではない。しかし,このような議論が,個人的な興味から発した研究課題が独りよがりのものに陥るのを防ぎ,社会的に意味のある研究課題の設定に大きな働きを示すと期待される。

 環境研を離れて間もなく,まだ半分は研究所に身を置いているような気分の中で,また自分が在籍中にどのように努力していたかには触れずに,手前勝手な議論を展開したが,お許しいただきたい。環境研が今後も発展し続けて欲しいと願っているのは創設メンバーである私自身の強い願いである。独立行政法人化にあたり,名称に「国立」の文字を残して欲しいと要望したが,「国立」という名前がなくとも,社会から存在を強く意識してもらえる研究所として,残った皆さんで環境研を盛り上げていっていただきたい。

(なかすぎ おさみ,横浜国立大学共同研究推進センター 客員教授)

執筆者プロフィール:

研究所を3月に退職してから,横浜国立大学を始めとして,いくつかの非常勤の職を兼任しながら,国や地方自治体の環境行政のお手伝いに精を出しています。少しはひまができ,好きなスポーツ観戦や旅行に時間がとれるかと期待をしていたのですが,以前とほとんど変わらぬ,毎日を送っています。リスクセンターを中心として環境研とも様々な場面でおつきあいする機会も多くなると予想され,いやがられない範囲でお手伝いできればと考えています。