温暖化:ヨシの髄から科学技術の次を妄想する
巻頭言
理事 西岡 秀三
来るか,炭素半減社会
日本ではあまり知られてないが,英,仏,独など欧州諸国では,半世紀後2050年に温室効果ガス排出を今から50~80%も削減する,という計画を打ち出している。京都議定書での日本の約束は,2010年までの20年間に6%削減,それも一時的な吸収分やよその国へ頼る分を差し引けば,ほぼ現状維持である。これですら先送りしようとして,一部には目標設定反対の大合唱もある。欧州のいっていることも,どうせどこかの政府の計画と同じで,打ち上げだけは派手だね,今の半分のエネルギーで楽しい生活なんかできっこない,そんな手品みたいな技術がどこにある。とても本気とは思えない。
そこで英国大使館へ乗り込んで話しを聞いてきた。曰く,トニーはその気である。2003年白書で打ち出した2050年60%削減計画は,貿易産業省が先導し,環境・食料・国土省など関係省庁がまったく意見を一致させ臨んでいる政策である。その証拠に,すでに2千8百万ポンド(55億円程度)で,長期の政策を進めるための省庁横断研究組織を4月に新設した。あんなに不確実といわれている温暖化説をトニーはまともに信じているのか?イエス。この政策は英国科学者の示すところにすっかり基盤を置いている。何たる科学への信頼。
フランスの政策は,大気中二酸化炭素濃度450ppm*以下での安定化を念頭に2050年までに二酸化炭素排出75%削減である。一人あたりの排出量を将来は世界各国等しくし,途上国の発展を助けつつ世界が生き延びるために,自由平等博愛のフランス国民は,率先して今の年間一人あたり排出量1.8トン**を0.5トンに下げる。これは大統領と首相の指令である。もちろん得意の原子力がベースにあり,熱利用を進めるが,今の情勢では増設は困難。それより自然エネルギーを徹底的に利用するための技術,蓄積のための電池が重要。移動すなわち交通増加が最大の問題である。IT化を徹底的に進めて,人や物が動かないですむ社会ができないか?省エネ,リサイクルは言うまでもない。
ドイツも450ppmを前提に,2050年45~60% 削減を政府科学専門家チームが提案。中間目標は目の前の2020年20%削減である。スウェーデンなど北欧諸国がこれらに歩調を合わせる。
意地悪な質問を大使館員にする。何かほかに国際政治的意図はないのか?勿論ある。英国は来るべき低炭素社会を先取りし,政治・技術でのリーダーシップをとるのだ。科学の知見と,技術の方向付けがこれからの国の勝敗の分け目だ。
次期科学技術基本計画に織り込むこと
大使館を出て八重桜の千鳥ヶ淵を歩きながら,科学技術の面からこれはいったい何なのだと,目先の京都議定書論議から視点をずうっと引いて考える。好きものの世界,科学の知見の集積が,国の将来を方向付けている。科学者には金をやって好きなことをさせておけば,なにかいいこと見つけてくれる,政策はそのアガリをいただけばいいや,ではすまなくなっている。政策決定者は,科学者に一体何がわかっていて何がまだわからないのか,国を左右する決定に対して厳しく問いかけねばならない。当然そのことを確実にするための資源(人と金)を用意しなければならないが。一方科学者も,私の研究からこんな結果が出ました,そのほかのことは分かりませんと淡々としているだけではすまなくなって,謹厳実直な科学者の枠を踏み出し,その結果こんなリスクがあるかも知れませんと予想屋への危うい一線を越えねばならない。
今の半分の温室効果ガス排出生活を国民に押し付けるのならば,どうやってそれを納得させるのか?政策担当者はきっと,それは彼らが言ってることです,彼らに聞いてください,と科学者を世間の矢面に立たせるだろう。覚悟はできているものの,後ろからしっかり支えてくださいね,パブリックアクセプタンス(社会的受容性)やリスクコミュニケーション(リスク情報伝達)をやる研究者の仕事をちゃんと大切な職能と認めてくださり,体制を作ってくださいね,というお願いがいる。社会を動かしているのは技術の需要者であり,市民,市場,経済なのだから,自然科学者や技術者だけに責任をおっかぶせないで,社会科学の人たちもがんばってもらわなくては。
技術の舵取りが重要になる。今の技術体系は本当に社会をよくしようという旗印の下に進められてきただろうか。目先のアイデアを積み重ね積み重ね,気がついてみたら人々を技術中毒の自縄自縛に陥れて,社会の柔軟性を失わせてしまったのではなかろうか?大陸ベースのガソリンがぶ飲みアメリカ大陸型ローカル技術でグローバル化するのでなく,日本の狭い国土から生まれる環境型ローカル技術の出番ではないのか?一人あたり排出量0.5トンをめざすフランスに倣って,もし半世紀あとの世界と日本が今の5分の1排出の社会ならば,今こそ技術と社会の体系全体を持続可能な社会実現に向けて総動員するときではないのか?バブル型技術奨励に使われてきた資源を,思い切って持続型社会への貢献へ選択投資すべきではないのか。いったいその旗を掲げる日本の司令塔はだれなのだ?
もちろん温室効果ガス削減だけがすべてではない。われわれの上位の目標は,世界の人が安心して暮らせる社会を作るところにある。この温暖化論議で科学技術の将来が見えてきた。対策は,急ぎすぎては今の人たち,遅れすぎては後の世代,いろいろ迷惑がかかる。しかし今が思い切り時か。世界の,国の,政策の中核となった科学。それ行けドンドンを過去にして,熟慮した舵取りが求められる技術。環境立国でリーダーシップをとるのなら,よくよく先を見た政策を自ら率先実行し,アジア諸国を納得させる。社会を変えるエンジンとしての役目を担い,科学者は書を持って街にでなければならないし,技術者は宇宙船地球号の建造に挑戦しなければならない。次期科学技術基本計画はその宣言となるのだろうか。
*産業化以前280ppm,現在380ppm。このところ年1.5ppm,昨年は3ppm増加。おおむね450-550ppmあたりまでが危険でないレベルとの相場感があるが,さらに論議がいる。
**二酸化炭素排出量の炭素換算値。おおむね,世界平均1トン,日本2.7トン,米国6.0トン。
執筆者プロフィール:
独法化からの中期計画,そろそろ第3コーナーに差し掛かり,正面を駆け抜けるときになりました。うしろを振り返る暇はないのですが,これまでの温暖化研究の経験から前方の馬場を予想してみました。「われわれはあくまで理性に従うほどの力は持っていない」けれども,何かしたいものです。