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磁気共鳴断層撮像法(MRI)

環境問題基礎知識

三森 文行

 磁気共鳴断層撮像法(以下,MRIと略する)は,ご案内のとおり,医療診断の現場において体内の疾患や傷害の診断に威力を発揮している。我々は,環境ホルモンのヒトの健康への影響解明にこの手法を利用すべく手法の開発を進めている)。ここでは,この方法の概要を紹介し,なぜ,環境科学の研究において本法が使えるのか,また,しばしば聞かれる質問,「なんでNMRで画像が得られるのか」に対してお答えしたいと思う。

 第一点目のMRIの方法について,その装置構成から紹介したい。装置の中心をなすのは,人が横になって入れる口径92.5cm,長さ2m余の空間に均一な磁場を発生する超伝導磁石である(表紙写真参照)。これは,小学校の理科の時間に誰もがやったエナメル線を空心に巻いて電磁石を作るのとまったく同じ原理で作られている。ただ,エナメル線の代りに-269℃(4K)で電気抵抗がゼロになる超伝導線が巻かれている。超伝導状態を維持するため,コイルは液体ヘリウムを満たした魔法瓶の中に沈められている。この磁石の中心の直径50cmの球状の領域では磁場は4.7Teslaを中心として±0.00001Teslaの範囲に納まるようきわめて均一な強度に保たれている。Tesla(テスラと読み,Tと略する)とは磁場の大きさを表す単位で,つくば近辺での地磁気の大きさはおよそ0.00005Teslaといわれる。さて,この均一な磁場の中に横たわって体内の画像やスペクトルを測定するわけであるが,MRIは体内を透視するために,X線などの放射線は一切用いていない。そのかわりに,体内に存在している水分子の2つの陽子が磁場の中で分極し,磁気共鳴を起こす現象を利用する。分極のエネルギーは非常に弱いので,分光分析やリモコンなどで用いられる赤外線に比べてもおよそ100万分の1の量子エネルギーしか持たない高周波ラジオ波磁場を用いる。これは有機分子やたんぱく質の分析に用いるNMRそのものであるが,ここに,昨年のノーベル医学生理学賞の受賞者であるLauterbur博士の考案による磁場勾配という仕掛けを用いると体内の画像が得られることになる。

 画像化の原理は次の3つに要約できる。(1)スライス選択:磁気共鳴が起きる周波数は磁場の強度と比例関係にあり(共鳴周波数=γ・磁場強度),その比例定数γはおよそ42.58MHz/Teslaである。磁石の中に頭をいれ,体軸方向(z方向とする)に直線磁場勾配をかけて置くと,体軸に沿って共鳴周波数は直線的に変化する。このときある一部の共鳴周波数成分だけを有するラジオ波磁場をかけると,ちょうど共鳴条件が満たされる磁場強度にある部分のみが選択され,この部分からだけ信号が得られる(図1a)。これで頭の輪切り状の部分,スライスが選択される。

(2)周波数エンコード:次に,選択されたスライス面内の一方向の位置の識別を考える。今度は信号を取り込む際にスライス面内のある方向(x方向とする)に勾配磁場をかけると,この磁場に沿った方向で異なる位置にある陽子A,Bは異なる共鳴周波数を示す(図1b)。頭のスライス面ではこの方向の信号が重ねあわされて投影図のように一次元の位置識別ができることになる。

(3)位相エンコード:この項を説明する前に,MRIでは波長が数メートルのラジオ波を観測に使うのになぜ1mm以下の位置が識別できるのかという良く聞かれる質問に答えておきたい。その理由を一言で言えば,MRI(NMR)が位相のそろったラジオ波を用いる分光法だからということができる。通常の光はその波の位相がそろっていないのに対し,レーザー光はすべての光量子の位相がそろっている。MRIで観測するラジオ波信号もレーザー光と同じように位相がそろっており,位相が乱れると信号も消滅する。この位相の違いを利用することで,波長よりはるかに短い距離を識別できるのである。ついでながら,このように位相がそろっている状態を英語ではコヒーレント(coherent)であると称する。この信号の位相は周波数と同様に磁場の強さに比例して変化する。

 さて,位相エンコードに話を戻そう。測定中,信号が生成しているある時期に(2)の周波数エンコードと直交する方向(y方向とする)に勾配磁場をかけてやる。図1cの勾配磁場がゼロの点では元の磁場のままなので,勾配を加えないときと比べて位相の変化はない。A,C点ではある程度の勾配磁場が付け加えられるので位相変化をする(C点の位相変化はA点より大きい)。位相変化用の勾配の大きさを順次,段階的に増やしながら測定を繰り返すと,先の投影図の位相が順次,段階的に変化した2次元のデータセットが得られることになる。このデータセットの位相エンコードの方向(ここではy方向)の位相の変化を見てみる。勾配磁場の原点では勾配がゼロなので位相変化はない。少し離れた位置では小さな勾配がかかるので小さな位相変化,遠く離れた位置では大きな勾配に応じた大きな位相変化が起きる。このように場所ごとに位相変化した信号はy方向にすべて重ね合わせられたものとなっていることがわかる。y方向(繰り返しになるが,位相エンコードのために勾配磁場を段階的に変えた方向である)にフーリエ変換を行うとこの位相変化の大きさが周波数ごとに弁別される。これはA,C点由来の信号がその存在部位に対応して識別されることを意味する。これで周波数エンコード法と合わせて,スライス面内の任意のA,B,C点は識別可能となるので,2次元画像が再構成されることとなる。なぜ,NMR信号で画像が得られるのか明解になったであろうか。

 最後に,環境科学,特に環境因子がヒトの健康に及ぼす影響の研究における本法の利点について述べておきたい。まずなんといっても,生きて活動している状態で体内の構造や,代謝にかかわる情報が得られるという点があげられよう。これまで記してきたとおり,測定にかかるエネルギーがきわめて小さく,生体反応を乱す恐れが小さいというのが,その理由である。これは,測定の安全性に深く寄与する問題でもある。これまで,磁場や高周波磁場が健康に何らかの影響を与えるという知見は得られていない。MRIが実用化されて以来2億回を超える測定が行われているそうであるが,磁場や高周波磁場に起因する悪影響は一例も報告されていない。高周波磁場というと,不安を感ずる向きもあるかと思われるが,私たちが昨年来開始したボランティアでの測定で試算してみると,1時間半程度の測定で実際に高周波磁場が用いられている時間は総計で13秒程度に過ぎない。他のほとんどの時間は信号の取り込みや,系が熱平衡状態に戻るのを待つ待ち時間となっている。

 本法の第2の利点は,得られる情報が分子レベルに根ざすもので,多彩だという点があげられよう。「疲れ」や「活きの良さ」といったこれまで定量化が困難であった概念をエネルギー代謝や乳酸生成等の物質レベルで評価することもできる。また,これまで,緩衝溶液の中でしか測ることのできなかった酵素や信号伝達系活性のin vivoでの評価も可能である。難点といえば,測定感度の低さであるが,これも,測定エネルギーが小さいという安全性と表裏一体の関係にあるのであまり文句を言うことはできない。

(みつもり ふみゆき,環境ホルモン・ダイオキシン研究プロジェクト総合研究官)