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国立環境研究所が進む道

巻頭言

理事 飯島 孝

 昨年7月,国立環境研究所に赴任してから半年たちました。1974年に国立公害研究所が発足して以来30年近く環境庁,環境省の行政官として研究所とお付き合いしてきましたが,この間,環境行政が公害対策(産業公害対策から生活型公害対策へ),環境ホルモンを始めとする化学物質のリスク対策,地球温暖化など地球環境問題や廃棄物問題への対応というように対象分野が拡がるのと並行して研究所の研究対象も公害問題から地域,地球の環境問題に拡がってきました。

 私自身の行政経験に即してみれば,環境庁に入庁した72年から3年間大気汚染に係る環境基準の設定作業に携わりました。四日市裁判の判決を受けて,硫黄酸化物の環境基準の見直し,浮遊粒子状物質の環境基準の設定等が行われましたが,中でも二酸化窒素の環境基準の設定に当たっては,それまでの動物実験,限られた疫学調査の結果を踏まえて「望ましい行政目標」として世界で最も厳しい基準が設定されました。その後,対策に困窮する産業界から強く見直しの要請があり,健康影響や測定方法に係る科学的知見の充実が図られ,基準の改定が行われました。このような経験から,環境行政は予防的措置が重要であるとともに科学に根ざした行政でなければならないことを痛感したものです。二酸化窒素の環境基準は結果的に2~3倍緩和されましたが,それでも世界で最も厳しいレベルにあり,その達成のため,固定発生源に対する排出規制とともに世界で最も厳しい自動車排出ガス規制が実施され,それが対策技術の開発を促進させた結果,我が国が世界に誇る産業部門の省エネや自動車産業の発展につながったことは周知の通りです。

 私が最も密度高く研究所とかかわったのは,90年に国立環境研究所として大幅な組織改正が行われた時に,環境庁に新たに発足した地球環境部の研究調査室長を務め,地球環境研究総合推進費の実施と衛星によるオゾン層観測センサーの開発に携わった時代です。地球環境研究の課題発掘,研究計画のヒアリング,研究企画委員会の運営,大蔵省との折衝等々,忙しくも充実した仕事でしたが,国立環境研究所を中核に研究体制を作り上げることができました。当時議論を戦わした研究者の方々が,現在研究所の要職を務めておられ,また,推進費で立ち上げたプロジェクトが10年を経て別の大型財源を獲得して発展しているのを見ると,成長した我が子を見るようで感慨無量です。

 2001年の中央省庁統合で環境省に廃棄物・リサイクル対策部ができるのと同時に環境研に廃棄物・循環関係の研究部門ができました。当時の廃棄物対策課長,廃棄物・リサイクル対策部長として,循環型社会形成推進・廃棄物研究センターには特別の思い入れがあります。おかげで2003年春の循環型社会形成推進基本計画の策定に当たっては,環境研の研究成果を用いて資源生産性等の具体的な物質フロー目標を設定することができました。

 国立環境研究所のこれまでの30年の経験と研究所に対する国民の期待に鑑みれば,よく言われるように,国立環境研究所は「環境研究の総本山」となることを目指して進むべきと考えます。そして「環境研究の総本山」となるためには,広範な環境研究や様々な環境問題に幅広く高いレベルで対応できるよう,研究・社会ニーズに応じて研究対象を重点化し,科学の最先端をリードすることが求められます。2006年度から始まる次期中期計画に関する検討も基本的にこうした考えに沿って進められています。しかしながら限られた人的資源,財源のもとで,もちろん必要な人員,予算を確保するための努力は必要ですが,すべての環境問題に対応した完全な環境研究の体制を作ることは不可能です。そこで,将来問題となるであろう環境問題を予測することも含めて,研究対象をどのように重点化していくかが重要な課題になります。

 国立環境研究所はこれまで環境問題の現象解明,将来予測,対応戦略の策定とその効果予測などについては各分野で成果をあげてきていますが,例えば環境問題解決のための対策技術の開発はこれまでの国立環境研究所が得意とするところではありませんでした。しかし今後は,環境省におけるエネルギー特別会計の予算計上に見られるように,地球温暖化対策,廃棄物対策の中でエネルギー関係の技術開発がますます重要になってきます。国立環境研究所がエネルギー関係の技術開発に今後どのようなスタンスで取り組んでいくかは,環境研究の総本山を名乗る以上避けては通れない問題だと思います。もちろん,こうした技術開発は一つの研究所,一つの企業だけの努力で十分な成果を上げることは困難です。国立環境研究所としては,技術開発能力の高い他の研究機関・民間企業と協力して,様々な技術のシーズを発掘し,それらを統合する技術開発シナリオを示すとともに,総合的な技術評価・環境影響評価の判断基準を提供できるようにしていくことが期待されると考えています。

(いいじま たかし)

執筆者プロフィール:

環境研の30年の歴史は私の環境行政経験と良く符合しています。研究所勤務はわずか半年ですが,研究者の方々と議論するたびに昔と変わらない進取の意気込みに触れ,過去の経験を懐しく思うと同時に環境研究の新しい息吹を感じる毎日です。