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サンゴ礁の白化現象をリモートセンシングでとらえる── 検出,回復過程監視,そして予測に向けた試み ──

研究ノート

山野 博哉

 リモートセンシングは非破壊で定期的に広範囲で生態系を観測できるため,環境変動に対する生態系の応答を評価するために非常に有効な手段と言える。地球温暖化は環境変動のうち最も大きな問題の一つで,植物の開花時期の変化や昆虫の分布域の変化などさまざまなところに影響を与えていることが盛んに報告されている。本稿では,リモートセンシングを行う対象としてサンゴ礁をとりあげ,地球温暖化がサンゴ礁に与える影響として最も顕著な「白化現象」に対するリモートセンシングの取り組みを紹介する。

 サンゴ礁は熱帯・亜熱帯の海岸を縁取り,南緯31度40分から北緯33度50分までの広い範囲に分布している。また,2億年前から続く生態系でもある。

 そのサンゴ礁に最近異変が起きている。1997年から1998年にかけて,全世界的な規模で白化現象が起き,多くのサンゴが死んでしまった。2001年には沖縄周辺で再び白化現象が起こった。サンゴ礁を形成する造礁サンゴは褐虫藻と呼ばれる藻類を体内に共生させ,その光合成生産物に依存して生きている。ストレスにより褐虫藻が光合成回路に異常を来たすとサンゴが褐虫藻を放出し,サンゴの骨格の白い色が目立つようになる。この現象が「白化現象」である(図1)。白化現象が長く続くと,サンゴは死んでしまい,サンゴ礁は衰退する。この白化現象の最も大きな要因は水温の上昇であるとされている。1997~1998年はエルニーニョ現象により水温が上昇した年であった。近年,白化現象の起こる頻度は全世界的に急激に増加しており,地球温暖化によって水温上昇が続くと毎年白化現象が起こってサンゴ礁が滅亡してしまうと懸念されている。

白化のメカニズムの図
図1 白化現象に関わるサンゴ礁の一連の変化
白化の進行にともない、褐色藻の密度が低下し、サンゴは白色になる。(白化したサンゴの写真は安元三教氏提供)

 白化現象に対して,リモートセンシングは水温監視以外にほとんど活用されていないのが現状である。水温に関しては,米国海洋気象局(NOAA)がNOAA衛星を用いて定期的に観測を行っており(7ページからの記事参照),水温の異常な上昇が見られると,ウェブやメーリングリストを通じて全世界に警告を発するシステムを整えている。それに対し,肝心の白化現象の観測は,主に目視による現場観察によってなされている。広域で白化現象を検出する手法が必要であろう。さらに,白化現象の検出だけでなく,白化後の回復状況の監視や,白化現象の予測が重要なテーマであると考えている。

 白化現象のリモートセンシングが進んでこなかったのは,サンゴ礁のリモートセンシングの制約が非常に大きいからだと考えられる。まず第一に,海水が存在し,近赤外から赤外域の波長帯の光が吸収されてしまうため,海上からでは可視域の光の情報しか使うことができない。この点は近赤外域の光の情報が大きく活用されている陸域の植生のリモートセンシングと比べると決定的に異なる。第二に,褐虫藻が共生しているため,サンゴが海草や大型藻類と似た反射スペクトルを示すことが挙げられる(図2)。これは波長分解能が数10nmのマルチスペクトルセンサでは両者の区別が困難であることを意味する。従来型の衛星はマルチスペクトルセンサを搭載しているため,サンゴ礁の生物分布を正確に把握するには不十分である。第三に,サンゴ礁が空間的に複雑な構造を持っていることが挙げられる。空間分解能の悪いセンサでは,1画素内で混合が起こってスペクトル情報が混ざってしまい,誤分類の原因となる。

観測データのグラフ
図2.サンゴ礁生物の反射スペクトルとマルチスペクトルセンサ搭載の衛星(Landsat)の観測バンド
サンゴに特徴的な蛍光色素によるピーク位置を矢印で示す。マルチスペクトルセンサではスペクトル情報が少なくなってしまい,サンゴに特有なピークを識別することが困難であることがわかる。

 しかし,最近では技術の進展にともない,波長分解能が数nmから10nmに向上されたハイパースペクトルセンサを搭載した衛星や航空機の運用,高空間分解能センサを搭載した衛星の運用が行われているほか,水中で使用できる防水型のセンサが実用化されている。こうした新しいリモートセンシング技術を含め,リモートセンシングの活用法とその限界を明らかにすることは重要な課題であると考えている。

 白化現象の検出に関しては,白化したサンゴは健全なサンゴより全波長域で高い反射率を示すため,衛星からでも検出できる可能性がある。シミュレーションと実際の衛星データの解析により,大気の影響や水深の違いの影響を取り除くことで,水深の浅いサンゴ礁では1画素内に白化サンゴが20%程度以上を占めると検出できることが明らかになった。空間分解能が向上すれば,より小規模の白化現象が検出できるであろう。高空間分解能衛星は最近運用が開始され,さらに近い将来打ち上げが予定されているため,これらの活用が考えられる。

 白化現象が起こった後は,環境が改善されて褐虫藻が戻ってきて回復する場合と,サンゴが死んでしまってその後,藻類が覆ってしまう場合がある。サンゴと海草・海藻類は似た反射率を持つと述べたが,サンゴは動物体の中に蛍光色素を持つため,一部に藻類とは異なった反射率のピークを持つ(図2)。したがって,ハイパースペクトルセンサを用いてこのピークを検出すれば,健全なサンゴと海草・海藻類が識別可能であることが分かる。シミュレーションの結果,このピーク位置を用いた検出手法は,水深3mまで有効であることがわかった。実際に航空機搭載型のハイパースペクトルセンサでデータを取得して解析を行ったところ,良好な分類結果が得られている。

 白化現象の予測はストレスを受けているサンゴを検出することによって実現できる可能性がある。サンゴに共生している褐虫藻はストレスによって変性し,ストレスを受けたサンゴ体内には,縮んだり色素を失ったりした褐虫藻が観察される。この変性が反射スペクトルに影響を与えるのであれば,白化現象が起こる前にストレスを受けたサンゴを検出することが可能となるであろう。そう考えて,サンゴには気の毒であるが,水槽で人為的に健全なサンゴに高水温ストレスを与えて,反射スペクトルの変化と褐虫藻の状態,光合成の能力を測定した。その結果,ストレスを与えられて変性した褐虫藻の割合が増加するとともに光合成能が低下し,さらに反射スペクトルの形状に変化が現れた。この形状の変化は2nm程度のもので,赤から近赤外域の波長帯に現れるので,海上からはおそらく観測できず,水中用のハイパースペクトルセンサが必要であることがわかった。まだ条件をいろいろ変えて検討する必要はあると考えているが,ストレスを受けているサンゴがリモートセンシングで検出できるということが示せたのではないかと思う。

 以上のように,白化現象に関わるサンゴとサンゴ礁の変化に対して,さまざまなリモートセンシングを用いた検出の可能性と限界を明らかにしつつある。将来的に,センサの性能はますます向上するであろう。衛星や航空機を用いた定期的なサンゴ礁の観測が行えるよう研究を進めていきたい。

 (本稿の内容は,国立環境研究所の他,宇宙開発事業団,琉球大学,亜熱帯総合研究所と共同で行っている研究をまとめたものである)。

(やまの ひろや,社会環境システム研究領域)

執筆者プロフィール

卒論時よりサンゴ礁どっぷりの生活を送り10年。どちらかというとフィールドからものを考えるたちだと思う。本研究所に就職してから陸域の草原にも対象を広げつつある。テーマとして草原を選んだときには気付かなかったが,後にそういえばサンゴ礁の前に北海道の牧場に何度も通っていたことを思い出した。単純なものである。