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人工衛星から地球表面の温度を測る

環境問題基礎知識

松永 恒雄

 地球のまわりにはいろいろな人工衛星が回っていますが,地球観測衛星と言われる衛星にはその名の通り地球を観測するための様々な機器が搭載されています。その中でも必須の機器と呼べるのが「赤外カメラ」です。

 物質はその温度に応じた光を放射しています。常温~数百℃の物質から放射される光は波長1~10μm(1μm=0.001mm,可視光は0.5μm程度)くらいですので,肉眼でその光を見ることはできませんが,特殊な「赤外カメラ」を用いて画像化することができます。またその赤外線の強度から対象物の温度を計算することができるので,地球大気を透過する赤外線を使って遠く離れた地球観測衛星から地球表面の温度を広域に渡って推定することが実際に行われています。また太陽光を必要としないため,夜間の観測も可能です。ただし赤外線は雲を透過しないため,雲の下の地球表面温度は分かりません。

 今までに日本が開発した地球観測機器には,様々な種類の赤外カメラがあります。1977年から継続的に打ち上げ/運用が行われている静止気象衛星GMS(ひまわり)シリーズに搭載されたVISSR,1987/90年に打ち上げられた地球観測衛星MOS-1/1b(もも)に搭載されたVTIR,1996年に打ち上げられたADEOS(みどり)に搭載されたOCTS,1999年に打ち上げられた米国NASAの地球観測衛星Terraに搭載された国産の地球観測機器ASTER,そして2002年に打ち上げられたADEOS-II(みどりII)に搭載されたGLI等です。ひまわりのGMS/VISSRでは1~数時間に1回の頻度で日本を含む地球のほぼ半分の領域を5km程度の空間分解能で観測するのに対し,もものVTIR,みどりのOCTS,みどりIIのGLIでは全球を3日間程度の期間で1kmの空間分解能で,TerraのASTERは特定領域(数十km四方程度)を16日に1回の頻度で90mの空間分解能で観測しています。このように観測対象と目的に応じて様々な機器が使い分けられています。

 写真1はASTERの熱赤外観測による東京湾内外の海面温度画像(2000年11月8日)です(陸域には可視近赤外画像をはめ込み合成しています。)。湾奥の荒川等の河川から冷たい水が東京湾に流入する一方,千葉県側には工業地帯からの温排水と見られる高温水が広がっていることが分かります。また三浦半島の先端付近では湾内からの冷たい水と太平洋の暖かい水が複雑な混ざり方をしている様子が現れています。このような数十kmに渡る広域の温度分布及び水の動きに関する情報は衛星観測ならではのものです。

観測画像
写真1 東京湾の海面温度画像(ASTER,2000年11月)

 一方衛星は数百~数万kmの高度から観測しており,その間の大気の影響を正確に見積もらないと得られた温度分布図も不正確になりがちです。そのため国立環境研究所では宇宙関係機関や各地方自治体の環境研究所と協力して東京湾等の現場水温データを収集し,海水面温度推定精度の向上に必要な技術開発を進めています。現在ではASTERデータと現場水温データを組み合わせることにより1℃より高い精度での広域水温の地図化が可能となっています。

 写真2は沖縄県の石垣島周辺の海面温度画像です。この画像は国立環境研究所で受信/処理している米国NOAA衛星のAVHRRセンサーのデータから作成しました(1kmメッシュ。複数の画像を用いて雲のない画像を合成。)。この海域は良く発達した美しいサンゴ礁で有名ですが,1998年以降白化現象が数回起きています。

石垣島周辺の観測画像
写真2 石垣島周辺の海面温度画像(AVHRR,2001年8月)
白→薄紫→黄→オレンジ→赤で温度差はおよそ5℃。

 2001年夏にも沖縄県でサンゴ白化現象が見られましたが,この写真よりこの頃宮古島・石垣島・西表島周辺,特に大規模なサンゴ礁で知られる石西礁湖(石垣島と西表島の間の海域)内部で北西部の外洋より水温が1~3℃高かったことが分かります。このサンゴ白化現象は,その場所の水温が平年より高い期間がどのくらい続いたかを調べることによりその発生範囲・時期をある程度知ることが可能です。国立環境研究所ではこのような衛星観測水温データと各種気象データを利用したサンゴ白化現象の予測の試みも行われています(5ページからの記事参照)。

 このように地球観測衛星によって得られた地球表面温度のデータは既に様々な環境問題の把握と予測に用いられています。一方,その精度や空間分解能の改善,さらには得られた温度データと具体的な環境問題の関連の定量化等,課題がまだ多く残されているのも事実であり,今後のさらなる研究が待たれています。

(まつなが つねお,社会環境システム研究領域)

執筆者プロフィール

国環研に入所して1年半ですが,つくば生活は2度目で通算8年目。最初の年は一人暮らしだったのですが,今では4人に家族が増えました。再来年のつくばエキスプレスの開通が待ち遠しいです。