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自動車から排出される粒子状物質の排出特性と大気中における動態の解析

シリーズ重点特別研究プロジェクト:「大気中微小粒子状物質(PM2.5DEP)・ディーゼル排気粒子等の大気中粒子状物質の動態解明と影響評価」から

小林 伸治

 大都市における粒子状物質(Particulate Matter, PM)による大気汚染は,自動車等に対する度重なる排出規制にもかかわらず,未だ深刻な状況が続いています。特に,PM2.5と呼ばれる粒子の直径(粒径)が2.5μm(マイクロメートル,ミクロン)以下のPMは,肺の深部に侵入,沈着する割合が大きく,米国を中心とした疫学研究により,呼吸器・循環器系疾患による死亡や発症と環境濃度との間に有意な関係が認められるなど,微小な粒子への関心が世界的に高まっています。

 とりわけ,ディーゼル車から排出されるPM(Diesel Exhaust Particles, DEP)は,粒径が1μm以下の粒子から構成されており,PM2.5に対する寄与が大きいと考えられています。また,排気ガス中に含まれる窒素酸化物や炭化水素,二酸化硫黄等のガス状物質は,大気中における光化学反応により微小な二次粒子を生成します(粒子状物質の炭素成分については環境問題基礎知識に詳しい説明があります)。

 このような微小粒子の特性は,それを測定することが極めて難しいため,DEPの粒径分布や粒径ごとの化学組成,大気中に放出された後の挙動に関する知見は十分ではありません。

 そこで交通公害防止研究チームでは,自動車から排出されるPMの特性や大気中における挙動を,自動車排出ガス試験施設を用いた排出ガス試験や道路沿道におけるフィールド調査により測定し,大気環境に対する影響を解析しています。

 自動車排出ガス試験施設は,図1に示すように,広範囲に温度湿度を制御できる環境実験室,路上の走行状態を室内で再現できるシャシーダイナモメータ,自動車排出ガスを採取・分析する排出ガス計測装置から構成された施設で,自動車の性能を実際の使用条件の下で正しく評価することを目的として設計・建設された実験施設です。

施設概要の図
図1 自動車排出ガス試験施設の概要

 これまで自動車の排出ガスデータは,ほとんどが標準的な環境条件下(室温≒25℃,湿度≒50%)で計測されたものでした。この施設では,温度や湿度を変化させ,汚染物質の排出量への影響を評価することができます。

 自動車から排出されるPMの排出重量は,排気ガスの温度を下げ,かつ排気ガス中に含まれる水分の凝縮を防ぐため,希釈トンネルを用いて清浄な空気で排気ガスを希釈した後,フィルターに捕集し,精密天秤により重量を測定することで求めます。

 一方,PMの粒径分布は,1ミクロン以下の微小粒子の粒径分布を測定できる走査型モビリティ粒径分析装置(Scanning Mobility Particle Sizer, SMPS)などの測定装置を使用して計測します。図2は,比較的新しいディーゼル車の定常走行時におけるDEPの粒径分布(数濃度)をSMPSによって計測した結果です。粒径が0.1μm以下の微小な粒子が数多く排出されていることを示しています。

分布のグラフ
図2 定常走行時におけるDEPの粒径分布

 このような高濃度の微小な粒子は,排気管内や大気中に排出された後,互いに凝集して,粒径が刻々変化します。また,排気ガス中に含まれる高沸点の炭化水素や硫黄化合物は,大気との混合により温度が低下する際,粒子化したり,DEPの表面に凝縮したりして,不安定な挙動を示すため,大気中におけるDEPの特性はまだ十分把握されていません。

 フィールド調査では,連続分析装置によるガス状物質やPM等のモニタリングに加え,粒径ごとに分けて試料を採取する低圧インパクターによるPM試料の採取,SMPSによる粒径分布の計測,風向・風速等の気象データの収集を実施しています。フィルターに採取された試料は,秤量された後,各種分析装置により,無機炭素,有機炭素,イオン成分,金属成分などが分析され,自動車排気ガス中のDEP成分の分析結果と比較することにより,ディーゼル車の影響の解析に利用されます。さらに,汚染物質の排出量に関する指標を得るため,ビデオを使用した交通量の測定も行っています。

 図3は,交通量に対してディーゼル車の占める比率の高い道路沿道において観測された1日の浮遊粒子状物質(SPM:粒径が10ミクロン以下のPM)の変化を,図4は同時に測定された1μm以下のPMの粒径分布を示したものです。交通量が増加し始める明け方からSPMの濃度が上昇するとともに,0.05μm以下の極めて微小な粒子の数濃度が増加することが観測されています。

濃度変化のグラフ
図3 道路沿道におけるSPM濃度の変化(平日)
粒径の分布のグラフ
図4 沿道大気中におけるPMの粒径分布(平日)

 このような粒子の存在は,重量としては極めて微量なため,これまでの重量をベースにした計測法では,十分把握されていませんでした。しかしながら,粒子の数としては大きな割合を占めるため,その挙動や健康影響に対する関心が高まっています。また,道路沿道では,粒径が 0.02~0.03μm付近の粒子が多いのに対し,図2に示すようにディーゼル排気中における粒径は,0.06μm付近のものが多い結果となっており,異なる分布を示しています。大気中における微小粒子の粒径は,車種,運転条件,気象条件など複雑な要因の影響を受けていると考えられており,その挙動解明は,今後の研究課題となっています。

 本プロジェクトでは,ここに紹介した研究をさらに発展させ,大気環境中の微小粒子に対する自動車排気ガスの影響やその動態を明らかにすべく研究を進めています。

PM2.5の名称や定義等については,国立環境研究所ニュース第20巻第5号の環境問題基礎知識「SPM, PM2.5, PM10, ・・・, さまざまな粒子状物質」に解説があるので,それを参照いただきたい。

(こばやし しんじ,PM2.5・DEP研究プロジェクト)

執筆者プロフィール

昨年,新設された低公害車試験設備(自動車の排出ガス試験設備)の住人です。これまでは,ディーゼルエンジンの燃焼研究や自動車排ガスの大気環境影響の研究をしてきました。最近は,自動車から排出されるPMを求めて,道路沿道をさまよっております。