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生態系機能と生態系サービス

環境問題基礎知識

竹中 明夫

 生物は環境と相互作用しながら生きています。周囲とまったく無関係に生きている生物はいません。生態系のなかでは,生物と環境との間でさまざまな相互作用が営まれています。植物は太陽からの光を受け,空気中の二酸化炭素を吸収して有機物を作り,土のなかの水や栄養を吸い上げ,多くの水を大気に返し,枯葉や枯れ枝を落として土壌を作ります。動物はほかの動物や植物を食べ,排泄物を出します。微生物は動物の遺体や排泄物,植物の枯葉や枯れ枝などの有機物を分解します。個々の生き物の作用は小さくても,それがまとまれば環境に大きな影響を与えます。生態系の中での生物と環境との相互作用をまとめて,生態系の働きとしてとらえることができます。これを生態系機能と呼びます。

川の写真
写真 森林の中を流れる川
森林は貯えた雨水を徐々に放出し、川の流量の極端な増減を緩和する機能を果たしている。

 ところで,人類は地球上の自然環境のなかで進化してきましたし,そのなかで社会を発達させてきました。現在の自然環境が突然なくなってしまったり,大きく変化してしまったら,たいへん困ったことになります。人間が現在の生活を維持していくために,生態系が果たしているさまざまな機能はなくてはならないものです。生態系の機能のうち,とくに人間がその恩恵に浴しているものを生態系サービスと呼びます。
 
 生態系サービスの“サービス”は経済学用語を借りたものです。経済学では,お金を払って得ることができるもののうち,形がなくて保存したり運んだりできないものを“サービス”と呼びます。ただし,生態系サービスというときには,海の漁業資源や森林の植物資源(木材や薬用植物など)といった,物質的な実体があるものも含めて呼ぶことが多いようです。

 生態系のサービスは,お金を払って得ているものではありませんが,それが失われてしまうと人間にとって大きな損失となります。山の木を伐採してしまったら洪水が起きて様々な被害が発生した,というのは分かりやすい例です。森林が持っている雨水を保ち,徐々に放出するという機能が失われることで,洪水を防ぐというサービスが提供されなくなり,人間が大きな損失をこうむることになります。このほかにも,人間はさまざまな生態系の機能の恩恵を受けています。生態系サービスの整理の一例を表に示しました。

具体例の表
表1 生態系サービスの種類とその例 コスタンザ(1997)より改変

 生態学の分野では,生態系の機能にはどのようなものがあるのかを改めて整理すること,その機能が発揮される仕組みはどうなっているのかを調べること,どのような要因が生態系の機能に影響を与えるのかを明らかにすることなどが課題となっています。本号の3ページに掲載されている「湖・池・沼の生物多様性の保全に必要な環境とは?」では,ため池という生態系を対象にした研究が紹介されていますが,このような研究の背景には,生態系のなかで暮らす生物の多様性と,生態系の機能との関係を明らかにしたいという問題意識があります。

 ところで,これまでの自然破壊の背景には環境はただだという思いこみもあったに違いありません。生態系が人間にもたらす恩恵をなんらかの形で金額に換算することができれば,自然を破壊するという行為が招いている損失をきちんと評価するにも,さらには環境アセスメントや政治的な判断などを行うためにもとても便利です。生態系が提供するサービスの価値を経済的に評価する手法については,環境経済学という分野を中心に研究が進められています。

(たけなか あきお,生物多様性研究プロジェクト総合研究官)

執筆者プロフィール

好きなもの・ことは,ほぼすべての飲食物,計算機プログラミング,外国語,南の島,本・本屋,体を動かすこと,畑仕事,森の中にたたずむこと。嫌いなもの・ことは,虚礼・儀礼,いつ終わるとも知れぬ会議,へりくだられること。