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排出権取引制度(Emission Trading)

環境問題豆知識

日引 聡

 昨年12月に京都で開催された気候変動枠組条約第3回締約国会議(COP3)において, 導入可能性が示唆された制度に,排出権取引制度がある。今回の豆知識では,排出権取引制度の仕組みとその利点について説明しよう。以下では,国内のCO2(二酸化炭素)排出総数削減のための政策手段として,排出権取引制度を適用した場合を例として説明する。

1.排出権取引制度の仕組み

(1)排出総量の設定と排出権証書の発行

 政府は,科学的知見等に基づいて,環境保全のために,ある一定期間(たとえば,1年間)において許容すべきCO2排出総量の上限を決め,それに相当する枚数の排出権証書を発行する。ここで,排出権とは,当該期間における,一定数量のCO2排出を許可する証書である。ある年1年間のCO2排出量を100トンに抑制したいとき,排出権証書1枚当たり1トンのCO2排出を許可するものと設定すると,100枚発行する。また,1枚当たり1kgの排出を許可するものに設定すると,全部で10万枚の証書を発行することになる。このとき,年間10トンのCO2を排出する企業は,10トン分の証書を保有する必要がある。ただし,この制度の下では,企業などのCO2の排出者は,CO2排出権を保有していない限り,CO2の排出は許されない。

(2)証書の初期配分

 政府は,発行された排出権証書を適当な方法によって,企業などに配分する。このとき,すべての証書を,過去の排出量の実績に応じて企業に配分してもよいし,一切企業に配分せず,すべてを政府が保有してもよい。

(3)排出権の取引

 証書が初期配分された後,自分が排出権を全部使って生産するよりは,その一部を売って売却益を得た方が得な企業は,それを排出権市場で売却することができる。また,保有する証書によって許可される排出量を越えて排出したい企業は,不足分の証書を排出権取引市場で購入することができる。このとき,市場取引において,最終的には,ちょうど需要と供給が一致する価格において取引が成立する。このような取引の形態は,株式市場や外国為替市場における取引に近いものと考えればよいであろう。

2.排出権取引制度の利点

 このように設計された排出権取引制度は,規制的手段や環境税(たとえば,炭素税)などに比べて,次のような利点をもっている。

(1)確実な排出目標の達成

 抑制すべき排出総量に応じた排出権証書の枚数が発行されるので,政府によって決められた排出総量の上限を越えてCO2が排出されることはない。環境税の場合には,排出量抑制のための税率を正確に推計することは困難なため,確実な排出目標の達成は困難である。

(2)経済全体の生産量の落ち込み最小化

 排出権の初期配分の後に,市場での排出権取引を認めることにより,排出権は,エネルギー節約的な生産システムを採用していないような企業から,省エネ投資によってエネルギー効率のよい生産システムを有する企業へ移動する。なぜなら,たとえば,これらの企業が同じ製品を生産している場合で考えると,後者のタイプの企業は,前者のタイプの企業と比較して,製品1台当たりのCO2排出量がより少ないので,1枚の証書で可能な生産量はより多くなる。この結果,前者は,生産量を減らして保有する証書の一部を売った方がより大きな利潤を獲得することができ,後者は証書を買って生産量を増やした方がより大きな利潤を獲得することができるからである。

 このような市場取引を通した排出量の再配分の結果,最終的により少ない排出でより多くの製品を生産できる企業がより多くの排出権を使用するようになるため,経済全体での生産量の落ち込みを最小にしつつ,排出目標を達成することができる。規制的手段では,排出目標を確実に達成できても,経済全体の生産量の落ち込みを最小にすることはできない。

3.期待される排出権取引制度

 COP3以来,排出権取引制度の制度設計などについて盛んに議論されるようになり,各国間における二酸化炭素の排出権取引制度の導入も検討されている。この制度の導入事例として,アメリカにおける二酸化硫黄やBOD(水質汚濁指標)などがあげられるが,この制度は,CO2だけでなく,他の大気汚染物質や水質汚濁物質の排出抑制,あるいは,歴史的な建造物の保全や自然保護などに対しても応用できる。今後,有効な環境保全策として期待される制度である。

(ひびき あきら,社会環境システム部環境経済研究室)