実験用ウズラを通して絶滅に瀕する鳥類の救済策を探る −近交退化現象の研究−
研究ノート
清水 明
野生生物の絶滅は以下のようなプロセスで起こるものと考えられている。すなわち,環境の悪化による緩慢な個体数の減少に始まり,ある程度以下の小集団になると,血縁の近い個体同志の交配が繰り返されるようになる。これによる繁殖能力の低下(近交退化現象)によってさらに個体数の減少が加速される。しかしながら,これまで近交退化現象を研究するための良いモデルとなる実験動物が開発されなかったため,その具体的なメカニズムは解明されておらず,野生生物を人為的に増殖させたり,救済しようとする際の大きな障害となっている。中でも鳥類は,哺乳類と比較して近交化に伴う繁殖能力の低下が著しく,集団の大きさが一定以下になると急速に絶滅する傾向があるといわれている。
そこで,国環研の動物実験施設で系統維持されてきたニホンウズラを,近交退化のモデルとして使うことを検討した。当初これらは,ウィルス性の伝染病であるニューカッスル病に強いウズラ(H2系)とそうでないウズラ(L2系)とに分離することを目的として選抜されてきた。ウズラは世代交代のサイクルが早く,比較的育種の実験に適しているものの,この選抜実験に着手(0世代)してから現在(50世代)まで,すでに25年程の期間が経過している。その間,小さな集団内で交配が繰り返されており強度の近交系となっている。そのため,かなり繁殖能力が低下し,途中に幾度か危機的な状況に陥りながらも何とかこれを切り抜けてきている。これらのことから,その経過について詳細な分析を試みることにより,鳥類の近交退化の具体的な事例研究が可能であると考えられた。さらに,これら2系統のウズラは現存しているので,近交退化の克服のために有効と考えられる対策を実施して,その反応を観察するような実験を行うことも可能である。
最初にこれらの25年に及ぶ実験記録のデータベース化を行った。記録は大きく分けると,交配記録と繁殖記録に分けられる。図1は交配記録の一部であるが,これはすべての個体について母親と父親の情報が記録され,親子の連鎖関係をイモズル式にさかのぼり検索することができる。繁殖記録は,交配した雌雄を単位(ファミリー)として,その産卵数や受精した割合,その卵が実際にかえった数(孵化数)等が記録されている。
図2にH2系,L2系それぞれの繁殖記録をまとめたものを示す。まず,孵化率が世代の進展に伴って減少する傾向が認められる。また,H2系では産卵率も低下し雌が次第に卵を生めなくなってきており,これらはともに近交退化現象であると考えられる。ただし注目されるのは,H2系の孵化率は世代とともに単調に低下しているのに対し,L2系は43世代以降回復に転じていることである。これは,幾つかの致死遺伝子が除かれたのが原因ではないかといわれており,おそらくは幸運な交配によって生じた現象である。はじめに述べたように,近交が進むと繁殖能力が低下し,放置すれば絶滅に向かうのが一般的である。ところが,1雌2雄の交配から出発(1975年)して,現在まで維持されている静岡県立大学の実験ウズラや,一時期絶滅したとまでいわれながらも回復した釧路湿原のタンチョウヅル等,極端に近交化しながらも存続している例が報告されており,これは近交が進んだ系においても交配の仕方によっては繁殖能力が回復し,絶滅しない道筋がたどれることを示している。その意味で,ここに現れたL2系の回復現象はこれらのメカニズムを探る材料としてまたとない例で,交配経過と繁殖記録をつき合わせて詳細に分析することで,繁殖能力の低下をくい止め,回復に転じさせるための重要な手がかりが得られるものと期待している。
ところで,両系とも受精率には世代の進展に伴う一定の傾向は認められず,雄の受精能力が低下していないように見える点は興味深い。
なお,9世代と38世代に見られる顕著な落ち込みは,一貫して選抜育種を行ってきた共同研究者が異動した時期に一致しており,このウズラが近交退化が進んだ脆弱な系であるために大きな影響が出たものと考えている。
さて,ここに紹介したのは,人工的に統御された環境下で飼育されている実験動物から得られた結果であり,特に近交退化の研究において重要な正確な近交の度合いは,過去どのように交配してきたかについて図1のような交配記録をもとに計算しなければならない。当然,実際の野生鳥類ではそのようなことは不可能である。しかしながら,電気泳動によるタンパク多型の分析により同様な結果が得られることが分かってきている。この手法が確立されれば,野生鳥類のサンプリング調査から,近交の度合を推定することが可能となるであろう。勿論そのためには,両手法から得られる結果の対応関係を十分に検証する必要がある。
このように,従来の研究から近親交配による繁殖能力の低下を押さえ,回復させるための知見を得るとともに,さらに新たな手法を加えて実験動物と野生鳥類から得られるデータの隔たりを埋めていく努力をしていけば,野生鳥類の小集団の絶滅の危険を的確に察知し,その破局を遅延したりくい止めるための有効な手段を実験動物の側から提供できるようになるであろう。そのような観点から,ここで述べた実験ウズラの研究を土台に,今後は野生ウズラを調査し,さらに一般鳥類にまで視野を広げていこうと考えている。
適切なファミリーの雌雄を組み合わせて次世代をつくる際,育種上の配慮(免疫応答能力,繁殖能力,相性等)により特定のファミリーからの供給が集中する場合がある。
執筆者プロフィール:
新潟生まれ,東京育ちの茨城県人。
<趣味>オーディオ,マイコン関連の小物を手作りする。個別部品を組み合わせ,通電すると生き生きと機能し動き出す(そうでない場合も多い)のが面白い。