環境のパターン計測,23年
東京大学生産技術研究所教授 安岡 善文
昭和50年4月:朝7時に東京町田市の家を出て,上野駅で昼食のための駅弁を買って常磐線に乗り,荒川沖駅で研究所のマイクロバスに乗り換え10時前に研究所着。夕方は,6時30分研究所発のマイクロバスで帰途に。入所当時は,つくばにまだ独身寮ができておらず,研究所の食堂も完成していなかったため,このような日課で東京の自宅から往復5時間かけて研究所に通勤しました。
平成10年4月:23年間お世話になった研究所を離れ,東京大学生産技術研究所に勤務することになりました。つくばの自宅から東京六本木にある職場まで往復4時間かけて通勤しています。
画像処理やパターン認識といった新しい情報処理手法を,公害・環境研究の分野で応用したい,ということで当時の国立公害研究所に入所しました。結果的には,このテーマが23年間続いたことになります。勿論,環境問題の変遷につれ対象とするデータも変わってきました。主だったものだけを挙げても,公害問題が中心であった時期の顕微鏡画像,快適な環境の創造が中心であった時期の景観画像,そして地球環境問題が中心となった近年では人工衛星等からのリモートセンシング画像。ミクロなものからマクロなものまでを対象としてきたことになります。これらの画像データから環境の計測,評価に役立つ情報をいかに引き出すか,これが研究テーマでした。
環境分野での利用を考え,独自の処理手法,処理システムを作ることを心がけてきましたが,特に印象に残っているのは,景観シミュレーションとリモートセンシングです。景観シミュレーションはコンピュータで景観を変える技術ですが,地方自治体の方々と実際の街づくりに応用するなど,研究室というより現場での緊張感を楽しませてもらいました。リモートセンシングの研究でも,霞ヶ浦の水質計測からタイの熱帯林減少計測まで,国内はもとより東南アジアの方々との共同研究を持つことができました。リモートセンシングは地域レベルから地球レベルまでの環境を様々なスケールでシームレスに観測できるように技術が進歩してきており,地域と地球をつなぐという点で環境計測の中心技術の一つとなると思います。大学院でも「リモートセンシングと地理情報システム」の講義を分担しますし,勿論,研究としても続けます。
さて,振り返ってみると「やりたい研究」を自由にやらせてもらった23年といえるでしょう。昭和50年の公害研は,発足して間もないころであり,また,公害研が環境問題を扱う初めての研究所であったということもあり,当時は,何をすべきかから考える時間があったと思います。朝,研究所についてから,さて今日は何をしようか,と考える時間がありました。今から考えると,これは大変重要でかつ贅沢な時間だったと思います。やはり,研究では,なにをすべきかじっくり考えるという習慣を身につける訓練がいるように思います。
一方で,「やりたい研究」と「やらなければならない研究」を,個々の研究者として,組織としてどう調整するのか難しい時代になったとも思います。昨今の環境問題は往々にして,それが我々の前に姿を現した時には既に,それを解決するための研究が「やっても良い研究」,「やった方が良い研究」というより「やらなければならない研究」という性格を持つようになっているのではないでしょうか。地球環境問題も環境ホルモン問題も,我々のみならず子孫の生存のためにともかく解決しなければならない,というものです。となると問題解決に向けての研究戦略は,「やっても良い研究」を進めるのとは違ってきます。医学において,目の前の患者を直すための実学と,基礎医学がうまく組み合わされなければならないのと同じように,環境学においても,実学と基礎学をうまく組み合わせる仕組みを考える必要がありそうです。
大学院出たての27歳から,国立公害研究所環境情報部を振り出しに,総合解析部,社会環境システム部,地球環境研究センターの3部,1センターでお世話になりました。研究者として公害研・環境研で育てられた,心からそう思います。これからも「やらなければならない研究」をどう進めていけばよいのか,一緒に考えたいと思います。