廃棄物埋立処分地における化学物質の挙動
研究プロジェクトの紹介(平成10年度開始特別研究)
安原 昭夫
私たちの生活はますます便利になってきたが,これを支えるもののひとつが化学物質をはじめとする様々の物質や材料である。近年は使用される物質の量・種類とも増加の一途をたどっている。主要な化学物質でみると,生産量全体では過去は年当たり数百万トン以上の増加であったが,ここ数年は不況のため増加量は年当たり数百万トン以下となっている。また,工業的に生産・使用される化学品の種類は毎年数百物質が増え続けている。これらは使用された後は廃棄物となり,一部はリサイクルに回されるが,残りのうちで可燃性のものは焼却処分で約3分の1量まで減量化された後に不燃物とともに埋立処分される。埋立処分される廃棄物からの有害物質の溶出がチェックされ,溶出した場合の水処理方法などが正しく実行されていれば問題ないのであるが,もしそのようなシステムが不備であると,有害化学物質が埋立処分地から環境中に出てきて,重大な環境汚染を引き起こすことは容易に想像できる。
では,実際に埋立処分地からはどのような化学物質が出ているのであろうか。この点については米国での詳細な研究が発表されているのみで,我が国での調査研究はされていなかった。平成6年度から平成9年度に行われた廃棄物に関する特別研究の中で,我が国での現状が明らかにされた。多くの廃棄物埋立処分地での浸出水を集めて,地方自治体研究者の協力のもとに化学分析を行った。検出頻度,中央濃度値の観点から結果を調べた結果,埋立処分地から溶出してくる化学物質の全体像が明らかとなり,米国の状況とは違っていることが判明した。脂肪酸類,フェノール類は日米両国での分析結果に大きな差が見られないのに対して,米国ではケトン類,アルコール類,ジクロロメタンなどが主要な成分であり,一方我が国ではジオキサン,有機リン酸エステル類が主要な成分であった。我が国での溶出有機成分の測定結果をいくつか表に示した。ほとんどの物質がプラスチックなどの添加物類であり,廃プラスチックを埋立処分する場合の環境影響についてさらに詳しい研究が必要とされている。また,多くの無機成分も浸出水中に含まれているが,日本の浸出水中からしばしば高濃度のホウ素が検出された。
浸出水中に高濃度あるいは高頻度で検出される物質はどこからきたのであろうか。ホウ素は排水基準の指針値を越えて溶出されることが多く,何人かの研究者が焼却灰が起源であると述べているが,十分な研究がされていない。また,埋立廃棄物中に含まれるアンチモンなどについても,詳細なデータは発表されていない。平成10年度から始まる特別研究で,無機成分ではホウ素などの起源および挙動を明らかにしたいと考えている。ホウ素の起源が巷で言われているように,焼却灰が主なのか,あるいは別の起源もあるのか,という点から解明していく。焼却灰ならば,さらにどのような可燃物が原因なのか,という点も明らかにしたい。
有機成分についてはふたとおりの経路で浸出水にでてきたと考えられる。ひとつは廃棄物中にもともと含まれていた化学物質が時間とともに浸出水中にでてくる経路である。現在までの研究ではリン酸エステル類がこの経路で溶出していると考えられる。他の物質については,ほとんどわかっていない。もうひとつの経路は化学物質が埋立処分地内で化学的あるいは生物的変化を受けて,新しい化学物質が誕生する経路である。これらの経路については埋め立てられる廃棄物中にどのような化学物質が含まれているか,という研究がほとんどない上に,適切な分析法もまだ発表されていないために,現時点ではほとんどが推測の域を出ない。世界的にもこのような観点からの研究はまだ発表されていない。
以上のような観点から,廃棄物埋立処分地における化学物質の挙動に関する特別研究が新しく始まる。この特別研究は,3つのサブテーマに分かれている。サブテーマ1は,埋立廃棄物中の有害化学物質の簡易スクリーニング法の開発であり,主に有機成分を対象に研究を進める。有機成分は標的となる物質だけでも数百種類に上り,高精度分析法で正確な分析値を求める方法では多大の時間と労力を要するために実用的ではない。半定量的ではあるが,迅速・簡便に同定・定量を行う新スクリーニング法の開発を目指す。廃棄物試料中に含まれる化学物質の含有量分析法の開発を行う。
サブテーマ2では,廃棄物埋立処分地での有害化学物質の生成ならびに排出挙動を明らかにする。無機系化学物質では上述のホウ素を中心に,ヒ素やアンチモンなどに的を絞って,それらの起源を明らかにするとともに,排出・溶出挙動を調べる。有機系化学物質では,リン酸エステルやフタル酸エステル等のプラスチック添加物,1,4-ジオキサン,ブチルフェノールやビスフェノールAなどのフェノール類を中心に,起源・生成機構・溶出挙動を明らかにする。実験は廃プラスチック類と焼却灰を実際の埋立地のようにガラス円筒に充填し,間欠的な撒水による種々の化学成分の溶出挙動を調べる方法を中心に行い,結果を実際の埋立処分地で確認する予定である。
サブテーマ3では,埋立処分に起因する有害化学物質の生体影響を評価する手法を開発する。廃棄物埋立処分地からの浸出水から高濃度・高頻度で検出されたアルキルフェノールやビスフェノールAなどは内分泌かく乱作用を有することが指摘されており,埋立処分地周辺の生態系構成生物への影響が危惧されている。これらの生物への影響を早期に検出する手法として,本来メスにのみ存在し,オスには見られない卵黄前駆タンパク質(卵黄のもとになる物質)を対象に,ごく微量でも高感度に検出できる手法を,抗原抗体反応を応用した免疫化学的手法と種々の生物学的手法を用いて開発する。また,モデル地区を設定して実際の処分地周辺での調査を行い,処分地に起因する有害化学物質の水,底質,生物中の濃度を測定し,空間的分布と環境中での挙動を明らかにするとともに,上述の高感度検出法で生体影響の有無を明らかにする。
廃棄物の埋立処分に関して研究すべき課題は山積しているが,3年間という限られた期間内で,限られた研究スタッフで研究を遂行するためには,研究内容を絞り込む必要があり,また所外の研究者との共同研究が不可欠である。
(やすはら あきお,地域環境研究グループ 有害廃棄物対策研究チーム総合研究官)
執筆者プロフィール
大阪大学大学院理学研究科修了,理学博士。大学で専攻した構造有機化学に限りない郷愁を覚えながら,泥沼のような廃棄物の研究に取り組んでいます。
〈趣味〉サイクリング,海外ミステリーを読むこと。