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エルニーニョ

環境問題豆知識

高薮 縁

 数年(2〜7年)に一度の周期で東太平洋ペルー沖の海面水温(SST)が平年値より高い状態が数ヵ月〜1年程度続くことがある。これがエルニーニョである。気象庁では,エルニーニョ監視海域(図)のSST 5ヵ月移動平均値の平年偏差が0.5℃以上の月が6ヵ月程度継続した場合を「エルニーニョ現象」, 同様で−0.5℃以下の場合を「ラニーニャ現象」と定義している。

 平年値では,東太平洋赤道域は東風が吹き海洋表層は西向きの流れになっている。この流れは地球の回転の効果で赤道上に冷たい下層水の湧昇を伴う。その結果,熱帯西太平洋には30℃にも達する暖水が溜り,東太平洋は22℃〜27℃と冷たく,著しい東西コントラストを示している。

 ところが,数年に一度,東風が弱まりこの東西コントラストの「つっかい棒」がはずれて暖水域が東進を始める。このとき,同時に対流活動域が東偏すると,東風の弱い状態に好都合となり,大気−海洋が相互作用して暖水域の東偏は長期化し,エルニーニョの状態となる。

 熱帯太平洋の積雲対流に伴う降水活動は,通常,西太平洋暖水域で激しく,東太平洋では抑制されている。エルニーニョの状態になると,暖水域の移動とともに対流活動の中心が中部〜東太平洋に移り,西太平洋では大気の下降流域となって降水量が減る。西太平洋の島々では干ばつとなり,インドネシアの山火事が深刻化する等の影響を及ぼす。

 エルニーニョは,全球規模の気候にも影響する。エルニーニョ年にインドモンスーンが弱いことや,1988年の北米の大干ばつはラニーニャの影響であったことはよく知られている。海面気圧が日付変更線付近を軸に数年周期の東西シーソーをする現象(南方振動(SO))は,南半球熱帯域を中心とした全球的規模をもつ。実はこれはエルニーニョ(EN)と一体の現象であり,まとめてエルニーニョ南方振動(ENSO)と呼ばれる。

 さて,図に見られるように,エルニーニョ監視海域の SST は1997年初めから上昇を続け,11月には1982/83を凌いで今半世紀最大に達した。実はこれに先立ち,1995年8月〜1997年1月頃にかけ,西太平洋赤道域の SST が平年より0.5℃程度高い状態が継続した。このような状況は今半世紀初めてのことであった。そして,1996年末と1997年3月の2回に及ぶ西太平洋での西風強化をきっかけに,海洋の内部波動が伝播して暖水域が東進し,太平洋中部以東に暖水偏差をもたらした。これが1997年のエルニーニョの開始である。

 今回のエルニーニョの進行状況は,1980年代から太平洋赤道域に格子点状に整備されてきた TOGA-TAO定置ブイによる連続観測や,TOPEX/POSEIDON衛星による海面高度観測等の海洋データの充実により,明瞭にモニターされている。その成果もあって,開始初期から米国海洋大気庁(NOAA)が長期予報に成功した。

 現在エルニーニョ予報に用いられている最も複雑なモデルは,大気と海洋の大循環モデルを結合させたものである。予報の改善には,モデル自体の改良とともに,充実した観測データを利用して良い初期値を作ることが必要である。今回のエルニーニョについて予報が成功したとは言え,未解決の問題は多く残されている。すなわち,2〜7年という周期の不規則性をもたらすものは何か,北半球春季を初期条件として予報を行うと予報能力が落ちるのはなぜか,エルニーニョはいかにして終わるか,さらに,10年以上の長周期変動との関係等について,今後の研究が待たれる。

グラフ
図1 エルニーニョ監視海域の月平均海面水温平年偏差の推移 (単位℃)
 折線は月平均値,滑らかな太線は5ヵ月間移動平均値を示し,正の値は平年(1961〜90年の30年平均値)より高いことを示す。エルニーニョ現象の発生期間には陰影を施してある。 (気象庁エルニーニョ監視予報センター提供)

(たかやぶ ゆかり,大気圏環境部大気物理研究室)